作品情報
逃避を望む青年が、子の誕生によって自分自身の倫理と向き合わされる。
新潮文庫版は、障害児の誕生をめぐる恐怖と背徳の日々、そして主人公がその現実を引き受けるまでを紹介している。大江文学の転換点を示す作品として広く読まれ、英訳 A Personal Matter も刊行されている。
書籍情報
- 出版社
- 新潮社
- 発売日
- 1981-02-27
- ページ数
- 258ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 1.3 x 0.35 x 10.16 cm
- ISBN-13
- 9784101126104
- ISBN-10
- 4101126100
- 価格
- 825 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
奇形に生れたわが子の死を願う青年の魂の遍歴と、絶望と背徳の日々。狂気の淵に瀕した現代人に再生の希望はあるのか? 力作長編。
レビュー
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手書きの、岩肌を手のひらで撫でるような文体
大江の手書きの、修正が入りすぎて素人にはまったく読めない原稿を思い出す。大江の手書きの文字がの見た目がゴツゴツしていて、その印象に引っ張られて、しかも若い頃の作品ということもあり、火山岩を手のひらで撫でているように読んだ。頭に物理的に異常がある子供が出来た、救いようのない境遇の主人公、バード。彼が大学時代に経験したという、数週間の酩酊が彼の人生を狂わせた、という部分があまりにも衝撃的で、そして他人事にも思えなかったためもあり、ぐんぐんと小説に引き込まれた。私は今41歳で、あと数日で42歳になろうとしている。バードは27歳で、酒によって予備校教師の職も台無しにして、情婦と赤ん坊を殺そうとしている。小説の初めに殴り合うシーンで、読むのをやめなくて良かった。あんな少年ジャンプみたいなのはウンザリだ。あのシーンは伏線にもならなかったようだった。旦那に自殺された火見子とバードとの性描写と、大江の文体が共鳴しているようだった。そういった細部のリアリズムがこの作品をどんどん引っ張っていった。アスタリスク以後はこの作品に不要だった。これだから、最後まで小説を読むべきではないのである。途中でやめて、あとは脳内でいくつもの、火見子も考えていたような、多元的な結末を想像した方がいい。赤ん坊が死ぬ世界の方がリアルに思える。あんな、道徳小説的結末は許せないが、そうしないと出版できないとか、売れないとか懸念したのかもしれない。
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比喩の濁流
洪水のように、さまざまな動物を駆使した比喩が読者を襲います。私は初めこそ面食らいましたが、慣れるとそれも心地よくなってきます。この小説家は穴ぼこという言葉が好きなようですが、まさに深い穴ぼこの底の暗がりのような雰囲気を纏っています。 最後の展開で、私は少し拍子抜けを喰らいました。批判があったと作者はあとがきで行っています。そのシーンを削ってはどうかという提案さえもあったらしいのですが、私は自分からこんな小説を読んでおきながら、救いのない暗い話は嫌いなので、ちょっと救われた思いがしてよかったです。まあ、その限りではないのでしゃうが。
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伏線が多い ネタバレ
伏線がすごく多くて終盤で痛快に回収しまくる。エンディングは批判されたそうだが、まあいいんじゃないかなと思った。欠点としてはやや夢オチっぽい感じに近くなってしまうのがちょっとあれかなとは思うが不良グループの伏線回収は結構いいと思った。とにかく構成の完成度と文体の躍動感が両立された初期終盤の万延元年のフットボールに次ぐ傑作だと思います。
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個人的な体験=自叙伝? 読み進むのが辛い
大江健三郎の小説はいつも読み辛い。 しんどい、辛い、思考がぐるぐるとぐろを巻いているようで、 こっちも呑み込まれて行ってしまいそうで、大変。 障害児の問題は、このご時世、この時代、安易に口にすることができない。 それとも、当事者だから言えること、感じることなのか。 大江健三郎だから、作品にできることなのか。 読みながら、とにかく複雑な気持ちになり、重苦しい気分になる。
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昨日配達
良かった
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人間とは何か、人として生きるとはいかなる事かを鋭く問う問題作
「万延元年のフットボール」とともに、ノーベル文学賞受賞に大きく貢献した〈ノーベル賞受賞作〉の本作には、すでに多くのかたが、きわめて的確なレビューを書かれているので、このうえさらに付け加える言葉も思いつかないほどです。 しかし、しいて私なりの印象を書けば〈人間とは何か、人として生きるとはいかなる事かを鋭く問う問題作〉とでも表現するしかありません。だって、第一子として生まれてきた赤ん坊が、いきなり脳に重度の障害を持つ子ですよ。 300ページあまりの小説ですが、うまく育つかも分からない、うまく育っても正常な知能を備えるかどうかは、なおさら約束できない、まあ良くて植物人間のようなものでしょう、みたいなことを、医師が最初からキッパリ言っているんですよ。 第2章で、問題の子が生まれる前の第1章からすでに、鳥 (バード) というあだ名の主人公は、どちらかというと結婚や育児には向いていそうにない性格の青年として登場します。 しかし、前半に出てくる産婦人科医や大学病院の医師の見解を聞くかぎり、そんな主人公ならずとも、異常児を秘密裏に始末する (衰弱死させる) のも、選択肢としてアリかな、と思ってしまう。それが赤ん坊のためでもあるのではないか、へたに育てて障害ゆえの苦難の人生、あるいは無意味な植物人生を歩ませるよりまだマシだよな、と。 赤ん坊が生まれる前から大酒のみで無頼漢っぽかった鳥 (バード) だっただけに、異常児が生まれたあとの荒れ狂いようは、それこそ尋常一様ではない。それだけ精神的懊悩と葛藤が大きかったと言えばそれまでだけど、そもそも、数日以内には一児のパパになろうかというこの期におよんで、アフリカ旅行を夢見ているほど精神的に未熟な若い男なんです。要するに、作者は、鳥 (バード) をどこにでもいそうなごく普通の若い男として設定している。 深酒のうえでの失敗で予備校講師をクビになり、大学時代の同級生の火見子さんの家に転がり込んでは自堕落な同棲生活を送る鳥 (バード) 。 しかし、鳥 (バード) ともども最高学府 (たぶん東大) を出ながら、鳥 (バード) 以上に無為な独身生活 (注) をおくっているこの火見子がまた個性的なキャラで、彼女の語る哲学的見解や〈多元宇宙〉の話は、読者に一読忘れがたい印象を与えます。異常児の父親となってしまったせいで憔悴しきっている鳥 (バード) に対する、それこそ母性的な献身にも強い印象を受けます。 (注)一度結婚したが夫は早くに自殺してしまう 荒れた生活をしながら、その間ずっと赤ん坊の衰弱死を願い、脳外科医による手術の提案も固辞した鳥 (バード) が、最後の土壇場で、赤ん坊の運命を引き受けるに至るシーンは圧巻ですが、それ以上に、読後考えさせられたのは、冒頭にも書かせていただいた、人間とは何か、人として生きるとはいかなる事かという問題でした。
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難しくてよく分からない
川端康成より難解でした。
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ノーベル賞、さすがです。
たくさん小説読みましたが、一番だと思います。お勧めです。
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