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砂の上の植物群 (新潮文庫)

新潮社文学賞

砂の上の植物群 (新潮文庫)

吉行淳之介

父の死と、父に似た青年への意識をめぐって、血縁、性愛、記憶が乾いた緊張の中で絡み合う長篇小説。都市的で抑制された筆致が、登場人物の屈折した感情を浮かび上がらせる。

父と子性愛都市記憶

作品情報

砂の上に根を張ろうとする植物のように、登場人物たちは不安定な関係の中で生を探る。

『砂の上の植物群』は、吉行淳之介らしい洗練された語りで、家族関係と性の意識を交差させる作品である。父の記憶、青年への奇妙な執着、乾いた都市の気配が重なり、登場人物の心の均衡が少しずつ崩れていく。新潮文庫版で単行本相当の書誌識別子を確認できる。

レビュー要約

  • 心理の揺れを直接説明しすぎず、会話や視線のずれから読ませる点が支持されている。乾いた文体の奥にある不穏さを魅力と見る読者が多い。

書籍情報

出版社
新潮社
発売日
1966-04-27
ページ数
259ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784101143033
ISBN-10
410114303X
価格
737 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

常識を越えることによって獲得される人間の性の充足! 性全体の様態を豊かに描いて、現代人の孤独感と、生命の充実感をさぐる。

レビュー

  • 心中の賊に勝つ

    自分にとっては畏れるばかりの天才だと思っていた死対頭が夭逝し,しかもそれは自分の父親であり,なおかつ正面から戦いを挑んで「勝ったといえる」と勝利宣言できるに至る. 正にこれ一場,鏖戦の時をへて,滅ぼすに至らず勝ちを得る. 人間に深く在りつつもかくのごとくなせるは,誠にもって人のわざとはとうてい思えないほどである. (上の文最後の行,誠は真のあやまりです)

  • 懐かしい。

    高校時代に何故か吉行文学に触れ、不思議な魅力を感じました。未知の世界、感覚。印象に残った作品がいくつかあり、また拝読できたことに感謝。 自分も年齢を経て、また異なる印象を受けました。いつ読んでも新鮮。繊細な氏の感性、表現力は、永遠に私の心の琴線に触れるかと思います。

  • いわゆる「純文学」

    いい意味でも悪い意味でも、ごく最近までの日本文学に影響を与えた作家であり、その代表的作品でしょう。 吉行淳之介氏は長いこと主だった文学賞の選考委員を務めていたので、氏のこうした作品の傾向が90年代まで 広く受け継がれたのだと思う。読了後そんなことを感じ、改めて必読の小説ではあったと感じた。 性表現は道徳的タブーに踏み込んではいるが、現代の価値観においては決して破廉恥さは強烈ではない。 不可解な行動や行為を平然とこなすが、過去の出来事や人格形成、現在の置かれている立場や情景との整合が 取られており、タブーを超越する表現手法として見事と感じた。 ただしリアリティーを感じるかというと疑問。感傷的な場面ばかりで、平時(仕事をしている時など)の自分は 描かないずるさがある。 「トラウマ」とか「血筋(DNA)」とか「性向(癖)」とか、フラッシュバックする記憶と平行して物語が進行する 現代ではよくあるスタイルの走りと思われる。 また、欧米作品風に主人公とは別の「作者」を登場させ、作品の「深さ」を演出できており、これも作品の品を 保つのに貢献している。 一方、主人公のみ思索が深く、周囲の人間は無神経な単なる動物のような描き方は、純文学の悪しきスタイルを そのまま継承しており、物足りなさは否めない。

  • 学校コンクール向けエロ小説

    20頁で一旦放り出したのを思い直して読み通してみたら、なかなかどうして、悪くないポルノだった。ポルノ部分だけなら星4つとしてもいい。 なのに深刻ぶったクレー談義を取ってつけたようにからめたりしているのは、ブリッ子読者と狎れ合いもたれあいの取り繕いにすぎないだろうが、結果、自己陶酔中学生の学校コンクール向けエロ小説みたいなことになってしまった。いかにもこの著者らしい。 意味ありげな父親の影めいたものも、親父はいけ好かないオッサンだったという単にそれ以外に何があろうか。 廃品小説ネタを生でリサイクル利用しているのにもちと呆れる。 いわば楽屋裏小説的な、手法と言えば手法だが、下肥を発酵もさせず排泄物のまま畑にぶちまけるがごときまねは上質な作家のすることではない。 文章は小体裁よくまとめられている。この点可もなし不可もなしだが、今日的には、くどくてテンポが遅すぎる。 随筆的解説の内容もまた表現同様いたずらにくどいばかりだ。これというものとてない。 好意的に言うならば、ポルノ部分以外は本心から書きたいことではなかったがゆえのお粗末で、余計なところに気取ったエネルギーを費やさず色噺まっこう勝負していれば倍の力も、もしあるなら、発揮できただろうし、よほ爽やかでもあったに違いない。

  • 融通無碍で美しい文章を味わう。

    《ひどい目にあわせてほしいの。あたしの知っている人に、ひどい目にあわせてもらいたいの。そのことをあたしに教えて》 主人公の化粧品セールスマン・伊木一郎は、ある日の夕暮れ時、津上明子という少女に出会う。セーラー服と、不似合いな濃い口紅に魅せられた一郎は、明子から奇妙な依頼を受ける。それは、明子の姉・京子を誘惑してほしいというものだった……。 中年への変貌や、亡き父親の呪縛から逃れるように、一郎は京子の肉体に溺れてゆく。退廃の果てに歓びはあるのか。性の充実は生の充実か。そうしたなまなましいテーマを、知的で緻密な文体で描いている。 繰り返し用いられる「夕暮」のモチーフが、性的な興奮、生命力の充実をあらわしつつ、時に絶望や破滅の予兆としても作用する。その融通無碍さが見所の一つである。 物語のなかで繰り広げられるSM趣味なセックスには、もはやショッキングな点はない。しかし、女性の身体を立体的に描きとる吉行の文章は、やはり今でも一読の価値がある。丹念に色を重ね重ねて、新しい色彩を見いだすような、そんな美しい文章を味わってほしい。

  • 永遠のテーマのひとつを扱った作品ではなかろうか

    主人公に大きく影を落とす父親の存在が物語に奥行きを与えている。 吉行氏にとっては父親の存在はかなり大きいらしく、他の作品でも父親の行動に引きずられる息子を描いた作品がある。 息子にとって父親は「大人になるためには越えなければならない壁であり、またいつまでも越えられない壁なのだ」とは良く言われる事だ。しかし主人公のように父親が今の自分よりも若いときに死んでしまっているのでは「どうやって父親を越えたことを父親に知らしめることができようか」という嘆きも聞こえてきそうだ。 愛人と性的な関係に滑り落ちていくことに、主人公はあまり抵抗を示さない。迷い、ためらいながらも結局関係を深めていってしまう。これはどこかで「派手な生活をしていた父親」を越えることができる!かもしれないと言う、父親に対するライバル心の現れだったのではなかったのだろうか。 性的な表現に抵抗があるかもしれないが、上記のような背景を考えると主人公を単純に性的充足を求める輩と規定するわけにはいかないと思う。父子関係という永遠のテーマのひとつを扱った作品と言えるのではないだろうか。 表題作の原形となった作品が併録されており、対比すると物語の膨らませ方も楽しめる作品集だ。

  • 純文学かポルノか?

    一般的には吉行淳之介の代表作とされている。文学的評価も高い。しかし、今の若者(特に女性)が読むと戸惑うのではないだろうか?登場人物のオッサンたちは、酒場で痴漢を高らかに肯定し、伊木なる主人公は、ロリコン(処女の女子校生)、コスプレ(大人の女にセーラー服)、腋フェチ(やたらと裸の女性に万歳させる)、3P(姉妹と)、SM(緊縛&青あざ)、近親相姦(未遂)と、変態性欲行為のオンパレードである。詰め込むだけ詰め込んだ感じだが、このAV全盛の時代に読むと驚くほど興奮しない(笑)。ということは、ポルノ小説して駄作である(笑)。吉行センセイは、実生活ではそのハンサムなマスクとやさしい物腰で、めちゃくちゃ女性にモテたひとなのだが、作品だけよむと、まったくそれが感じられないのが不思議。出てくる女性が、いつも男の妄想としか言いようのない都合のいいキャラクターで、個人的にはリアリティーがないと感じるのだが、吉行の女性遍歴に裏打ちされたものだろうから、そうでもないのかと思ったり、戸惑わされる。

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