日本の文学賞

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超越と実存 「無常」をめぐる仏教史

小林秀雄賞

超越と実存 「無常」をめぐる仏教史

南直哉

仏教の中心概念である無常を、超越と実存という視点から読み直す思想的な論考。歴史的な仏教理解と、現代を生きる人間の苦悩が交差する。

仏教史無常実存思想

作品情報

無常をめぐる仏教史から、現代の生の根を問い直す。

禅僧である著者が、仏教思想を抽象概念としてではなく、生きることの切実さに関わる問題として論じる一冊。小林秀雄賞受賞作として評価された。

レビュー要約

  • 受賞作としての着想や題材の明確さが評価されている。流通情報が限られる作品では、選評や書誌情報を中心に確認できる。

書籍情報

出版社
新潮社
発売日
2018-01-26
ページ数
256ページ
言語
日本語
サイズ
13.7 x 2.3 x 19.9 cm
ISBN-13
9784103021322
ISBN-10
4103021322
価格
2420 JPY
カテゴリ
本/人文・思想/宗教/仏教/仏教史

私とは何か。死とは何か。仏教とは何か――。 全身全霊の問いから始まった仏教探求の旅。ブッダから道元までの思想的変遷を読み解く、仏教史の哲学。 「諸行無常(=すべての〝実存〟は無常である」。そうブッダが説き始まった仏教は、インドから中国、そして日本へと伝わる過程で、「仏性」「唯識」「浄土」などの「超越的理念」と結びつき、大きく変化していった――。 「私がねらうのは、ゴータマ・ブッダに淵源する、私が最もユニークだと思う考え方が、その後の言説においてどのように扱われ、意味づけられ、あるいは変質したかを見通すことである。(中略)無常という言葉の衝撃から道元禅師の『正法眼蔵』に出会い、果てに出家した自分の思想的遍歴を総括しようとするものである」(序章「問いの在りか」より) 「恐山の禅僧」が、ブッダから道元までの思想的変遷を「超越と実存の関係」から読み解く、かつてない仏教史の哲学。 【目次より】 プロローグ――私の問題 序章 問いの在りか 第一部 インド――無常の実存、超越の浸透 第一章 ゴータマ・ブッダ 第二章 アビダルマ、般若経典、華厳経典の思想 第三章 法華経、浄土経典、密教経典の思想 第四章 竜樹と無着・世親の思想 第二部 中国――超越論思想としての中国仏教 第五章 中国仏教、智顗と法蔵の思想 第六章 中国浄土教と禅の思想 第三部 日本――「ありのまま」から「観無常」へ 第七章 空海以前と空海の思想 第八章 天台本覚思想と法然の革命 第九章 親鸞と道元の挑戦 エピローグ――私の無常

南直哉(みなみ・じきさい) 禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。著書に『語る禅僧』(ちくま文庫)、『日常生活のなかの禅』「正法眼蔵」を読む』(以上、講談社選書メチエ)、『老師と少年』『『なぜこんなに生きにくいのか』(以上、新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』(新潮新書)、『善の根拠』(講談社現代新書)、『禅僧が教える心がラクになる生き方』(アスコム)など。

レビュー

  • 溌溂たる美しき野蛮

    (1) 本書はKindle版なのでキーワード「私」でデジタル検索した。232件の検索結果がでた。一人称の内容だ。「独断(と/かつ)偏見」では3件。「串刺し」で3件。このほか「強引」「独りよがり」「野蛮な試み」などが散見される。こうした表現から垣間見られるのは、言語表現上は一見謙遜されつつも、「独断か独創の危うい均衡の綱渡り」を「私(≒没我)」を主体として仏教圏における思索史観を果敢に総括されている。 (2)私達ふつうの読者一般は、その関わり度合は別にしても、どうしても仏教書を読まざるを得ない。膨大な数の仏教書がある。仏教密林に踏み込んで自らの足で歩むのでは往々にして路に迷う。本書の内容を観念地図として携えておればかなり見通しが効くようになるはずだ。 (3)仏教哲学史観ともいうべき見事な哲学書だ。著者に深く敬意を表するとともに、こうした良書に恵まれる読書の有難さにあらためて感謝する。 <了>

  • 仏教史?

    面白かったけど仏教史かと言われると?

  • 良い

    良かったです。

  • 仏教に詳しくないと厳しい

    面白かったが、途中でどうでもよくなってきた。

  • バッサリ感がスゴイ! 爽快な切り口に感動!

    仏教は宗教なのか? そんなことを思うことがある。一つの宗教というにはあまりに多様に見える。「仏に遭えば、仏を殺せ。始祖に遭えば、始祖を殺せ」といった過激な言葉を持つ。開祖や始祖を闇雲に信じるなという。これは宗教なのだろうか。 であるから、仏教の話は、人それぞれ宗派によって、あまりに異なっているようだ。通常は、悟りを目指すのが禅であり、仏教修行だと考える。しかし、すでに誰もが仏であるといった考えもあれば、この世を去って後に、阿弥陀如来に救われるとする考えもある。基本となるところが何もないと言えるほど、バラバラだ。 あまりに考え方が異なっていながらも、それらが漠然と空気のように入り乱れて共存しているのが日本の仏教なのかもしれない。 上座部では輪廻転生しないことを目指すという。それが苦からの解放である。輪廻や転生は仏教ではどの宗派も信じのかといえば、これも違う。輪廻するとも、しないとも、あの世の存在すら否定することもある。 仏教は一つの宗教とはとても思えないほどに、バラバラになっていて、もしかするとそれが仏教のいちばんの魅力かと思うほどに多様だ。 だから、仏教書を読んでいても、もし仮に一つの統一した見解があるものだと思って読んだとすれば、たちどころに混乱してしまう。至るところ、矛盾だらけなのだ。 そんな仏教の世界を「超越」と「実存」という鋭利な切り口でバッサリとやってくれたのが本書だ。一つのテーマでこれだけ広範に仏教をぶった切った本には出会えない。 もちろんだからこそ、一面的に過ぎないといった批判があるのかもしれないけれど、実に楽しく、気持ちよく読めた。 曹洞宗の僧侶でありながら、こんなことまで書いても許されるのかと思うほど、筆の鋭さにドキドキする。このバッサリ感がスゴイ! 仏教の豊かさと広がり、そして日本仏教のユニークさへの見識はとても面白かった。南直哉氏の著作にはいつも新鮮な発見がある。

  • 簡単にしか触れられないが道元と親鸞の思想の根幹がよく分かった

    私の実家は浄土真宗の寺院の檀家である。 これまで、仏教に何の興味も関心も知識もなかった。 昨年、母が亡くなり、喪主として、葬儀を主宰し、先祖供養の責任を持つこととなった。僧侶と打ち合わせ的なことをすることも多くなった。しかし、僧侶の話は「母は阿弥陀さんがお迎えに来られて、極楽であんじょう暮らしている」「母は身をもって家族の大切さを教えてくれた」の2点のみ。あとはみんなでお経を読む。意味も分からず。 いったいこれは何なのか? お坊さんよ、幼稚園じゃないんだよ、もうちょっと中身はないのかよ。 その後、お笑い芸人や漫画家が書いたものなどを含め、結構な数の本に当たったが、魚川裕司氏の「仏教思想のゼロポイント」と本書で1年に及んだ思想的小旅行はゴールのようなところに着いた気がする。 最後の道元の章はほぼ丸々、蛍光マーカーを引きました。 素晴らしい本です。

  • 宗教人として日夜取り組んでいる人が、自分の課題の実存主義、超越主義を身近なテーマとして捉える。

    非常に難解な本であるが、頭で考えた思想ではなく体を張って、体で感じ、考えた骨のある思想・哲学であり、その熱血的な取り組みが伝わってくる。鈍った精神を叱咤激励される思いになる。

  • 道元の把握こそが抜群!道元は「正伝の仏法(原始仏教)無常、縁起生、無我」「無記」に回帰した

    この著作は、道元の把握こそが抜群である!そして、 ここでの「インド・中国・日本、三国仏教の通史」を用いた説明は、 全て「道元の教え」が、釈尊の仏教に、回帰している事実を、証明している。 「正伝の仏法(原始仏教)=無常、縁起生、無我」そして「無記」が重要! しかし、 これでは、日本人を救う事ができない。 実際、この道元の教えは、「日本の仏教」に何も影響を与えず、埋もれた。 そして、 本当に日本人を救ってきたのが、総持寺の「太祖・瑩山禅師」である。 現在の日本曹洞宗は「瑩山」禅師の「日本天台宗、達磨派」の法孫である。 だから、 最澄の始めた日本天台・密教の「梵我一如のお悟りの禅」となっている。 具体的には 「天地いっぱいのいのち」「大地いっぱいのお働き」という教えとなる。 道元は、「生死の巻」を『正法眼蔵』に、含めない! これは「正伝の仏法」「原始仏教」ではないからである。 しかし、これが、「瑩山禅師の教え」の核心である。 21世紀に、入ったのだから、文献学の研究が精緻になっているのだから、 道元和尚と瑩山禅師の教えが、別の宗教であることを、学問的には、認めるべきである。 そして、両方共が、正統であり、そして、「正しい宗教」である。 瑩山禅師は、「高祖」に如浄禅師を据えて「五老峰の仏塔、ストーパ」を築いた。 この目的は、「道元は如浄禅師の教えをそのままそっくり伝えたという神学」の可視化である。 結果として、「道元独自の教え」は封印され、それを学ぶ必要はなくなった。 瑩山禅師は「日本天台宗、達磨派」初祖「大日能忍」「覚晏・懐鑒・義介」五祖「瑩山」自身と嗣法した。 最澄の始めた日本天台宗を完成させた。 白山天台のルートを用いて、白山の修験道も、白山神社も、取り込み、 それまでの天台宗の古寺を曹洞宗に復興しつつ、日本列島全体に布教した。 その結果、江戸時代の初期には、1万7千ヶ寺の大教団に発展した。 「お彼岸とお盆」は 「義介」禅師「瑩山」禅師のお働きで、日本人全体の宗教になった。 所謂「ご先祖様信仰」「葬式仏教」・・・ これこそが、「日本人古来の宗教心」である。 ここでは「教義が不要」だから、「他の宗派」も、そっくりまねた。 「瑩山」禅師こそが、日本仏教の最大の改革者である。 最澄が始めた「日本天台宗」の最終的な完成者である。

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