日本の文学賞

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馬たちよ、それでも光は無垢で

大学読書人大賞

馬たちよ、それでも光は無垢で

古川日出男

東日本大震災後、福島県浜通りへ向かう作家の旅と思考を、小説の言葉へと変換した作品。被災地の現実、不可視の放射線、傷ついた馬たち、そして既存作品の人物が交錯し、祈りと想像力の可能性を探る。

震災福島祈り小説の力

作品情報

福島へ向かう作家の旅が、現実と小説をつなぐ祈りの言葉になる。

新潮社刊。版元ドットコム、NDL、楽天ブックスで単行本情報を確認した。英訳は Columbia University Press から Horses, Horses, in the End the Light Remains Pure として刊行されている。

レビュー要約

  • 震災直後の言葉にならない感覚を、批評性と祈りを併せ持つ小説として形にした点が評価されている。現実の記録と虚構の人物が重なる構成に強い印象を受ける読者が多い。

書籍情報

出版社
新潮社
発売日
2011-07-30
ページ数
132ページ
言語
日本語
サイズ
13.7 x 1.8 x 19.8 cm
ISBN-13
9784103060734
ISBN-10
4103060735
価格
1320 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

Amazon.co.jp: 馬たちよ、それでも光は無垢で : 古川 日出男: 本

レビュー

  • これはエッセイか、私小説か、物語か。

    古川日出男が3.11のその日、それ以降の日を彼自身が体験した出来事をまとめた一冊。 エッセイ形式で始まったかと思えば、彼の小説「聖家族」に登場する人物が幻視として現れ、語りかける。 途切れることなく、章の区切りもない、流れるようにエッセイか、私小説か、物語が入り混じっていく。そこには天災によって奪われた生活があり、非現実的にの出来事のように思えるが確かにその日があったと事を思い出される。

  • 福島の小説家としての決意は鬼気迫る。

    「聖家族」のスピンオフらしいと言う知識はあったが、実際に読み始めて、大いに戸惑った。が、東日本大震災からさほど時を経ず、福島の小説家として、書かずにはいられない、と言う状況が見えて来るに連れ、その鬼気迫る作者の思いに、ページをめくる手が止まらなくなった。 夢中になって貪り読んだ「聖家族」を読んでいた方が良いのは確かだが、福島の小説家として書かずにはいられない、と言う作者の決意は十分に伝わる文章だった。この形で本にするのは、作者の本意かどうか不明だが。

  • 長大な詩

    東日本大震災から1カ月も経たない平成23年4月初旬、 作者は出版社のクルーとともに福島第一原発のある福島県浜通りを訪ねた。 この作品はそのときの体験をもとに書かれている。 読み始めて戸惑った。この作品は小説なのか、ルポルタージュなのか、 はたまた長大な独白なのか? わからない者にはわかってもらう必要はないと突き放しているわけではない。 むしろ、読者に理解してもらおうと一生懸命だ。 結局、この作品は長大な詩ではないかと思うようになった。 作品の中に、作者が平成23年4月末に仕事で ニューヨークを訪れたときのことが書かれてある。 仕事仲間とホテルのバーを訪ねたとき、 仲間の一人の俳人が、作者を次のような言葉で写生したという。 うなるだまるどなる祈る汗す この作品の本質を言い当てているようでもあり、 この表現者の本質を言い当てているようでもある。

  • 『聖家族』を先に読むべし?

    東日本大震災から1ヶ月。東北の故郷の街を行く作家(古川日出男)が、小説のチカラをもって、溢るる思いを描写する。 小説とはいえ本作品は物語ではなく、ノンフィクションの趣きだ。なので、物語を期待するとハズしてしまうことになる。 被災地域のリアルを書かねばならぬのは、著者のメガノベル(!)『聖家族』が啓示を与えたからだろうか。広がりをみせながらも微に入り細を穿つスタイルは古川日出男節。 タイトルの”馬”は豊かさの象徴のと読み取ったが、とにかく『聖家族』を読んでからこちらを手にした方が良いようである。

  • やっぱり、都会人だと思う

    作者は福島県出身らしいが、若いときに東京に出てきて作家としての地位を確立された方なのだろう。あの大震災後に福島入りして書いた作品のようであるが、しょせんは都会人が震災後の現状を文学者らしく、格好良くまとめたものとしてしか読めない。同じく震災後を書いているものに、地元、いわき市の素人詩人”わたなべえいこ(ペンネーム)”の「発起人はいないのに」(いわきの総合文藝誌”風舎”)がある。そちらの方が、よほど心にしみる。違いはないか?当事者か、そうでないかである。3.11は言うまでもなくこの世の終わりと感じるほどだが、実は4.11も凄かった。私はいわき市内の職場から北茨城の家に帰るために、クルマに乗って信号待ちの時に経験した。固いはずの道路が水飴のように波打つのを人生で初めて見た。その恐怖感をこの作者に伝えたいくらいだ。作品の評価に戻るが、新潮社の社員と一緒に震災直後の福島にせっかく来たのだから、そのルポルタージュだけでよかったのではないか。途中からご自身の過去の作品である「聖家族」がでてくるが、呼んでいない人には何のことだか解らない。私はこの作者の作品を初めて読む。コアなファンもいるのだろうが、初めての読者にも気を遣って欲しい。後半には私の散歩コースである勿来の関が出てきて、親近感が湧いてきた。だいぶ辛口の評価をしてしまったが、これを機会にこの作者の別の作品を読んでみようと思う。

  • 心が混乱する

    あの震災後に作者が相馬市へ向かう。 この作者はかなり好みが分かれる。ちなみに私は好きです。(私の中では伊坂幸太郎さんは読めません。これは別に伊坂さんが下手とかではなく、どうしても受け付けない文体の方という意味です。)ですが、この本は、新聞で販売されているのを知った時、衝動的に買ってしまった本です。そして、読んでもどうしても消化し切れません。この中で、『推敲』という言葉が最初に出てきます。いつもはきっと私の考える何千倍もの推敲を重ねられる方だと勝手に思っています。ストンと心に入ってくるのです。でもこの本は違います。読めば読むほど、混乱します。心がザワザワ?します。いい言葉が出ずにすみません。でも良いのです。この本に限っては。この段階で出すと決められた経緯は知りませんが出してくれてありがとうございました。

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