日本の文学賞

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夢の木坂分岐点

谷崎潤一郎賞

夢の木坂分岐点

筒井康隆

『夢の木坂分岐点』は、筒井康隆による文学作品で、谷崎潤一郎賞の受賞作です。

人間記憶時代

作品情報

『夢の木坂分岐点』は、筒井康隆の受賞歴を語るうえで欠かせない一作です。

新潮社、1987.1、237pの刊行として確認できる作品です。受賞作として、作者の関心が題名に示された主題へ凝縮されています。

書籍情報

出版社
新潮社
発売日
1987-01-01
ページ数
237ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784103145158
ISBN-10
4103145153
価格
692 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

第23回(1987年) 谷崎潤一郎賞受賞

レビュー

  • 現実の虚構性と人間の深層心理を鋭く描いた奇跡的傑作

    筒井一流の高度な小説技法を駆使して、一人の男が辿り得た複数の人生を重層的に描く事により、現実の虚構性と人間の深層心理を鋭く描いた、まさに夢のような傑作。作中でも触れているが、SFで言えば多次元宇宙を単一宇宙に凝縮したような離れ業。 主人公の名前が小畑から大畑に変った時点で、遅まきながら作者の意図に気付いた。誰しも色々な人生の分岐点がある。「もし、あの時別の選択をしていたら、私の人生は変わっていたかも知れない」とは我々が良く抱く夢想である。作者は、一人の男がその分岐点で選択し得た様々な人生を一連の"切れ目のない"物語として描く。しかも、ある人生にとって他の人生は主人公の夢の中の出来事で、加えて人生毎に登場人物の立場が入れ代わると言う凝り様。異なる人生間での交流もある。主人公が執拗に見る時代劇の夢も遠い過去の人生なのだろう。主人公が観る映画の中でも別な人生が語られる。更に幾つかの人生中で問題解決を目的として、主人公を含む登場人物が立場を変えた心理劇(サイコドラマ)を演じるので、読者は二重、三重に屈曲した深層心理を味わう事になる。これだけ卓抜した小説技法を用いていながら、管理社会における一人の男の自我の彷徨物語として単純に読んでも面白いのだ。まさに筒井ならではの神業である。筒井を批判する通俗評論家を意識した皮肉を随所に散りばめているのも笑わせる。そして人生の分岐点「夢の木坂」。象徴的な題名であるが、この坂(木)も現実のものか夢の中のものなのか判然としない。現実と虚構が織り成すメビウスの環に作品全体が包まれているのだ。 高い文学性とエンターテインメント性を兼ね備え、独創的なテーマを超絶の小説技法で描き切った奇跡的傑作。

  • まず、語彙力が凄い!

    筒井康隆さんの作品をはじめて読んだのですが、まず最初に思ったのが、語彙力が凄い!でした。物凄い言葉の物量戦に持ち込まれたって感じです。 読み進めていくと、主人公の男が小説を書く事によって自意識が分散していき、複数の単体を生み出しているように感じました。 そして、本体だと思っていた男は実は意識の分散の内の一つで、最後には清算を受け男の意識は一つに戻るのだと思いました。 少なくとも私はそう思いました。筒井康隆さんの本を他にも読みたくなる一冊でした。 なおこの作品は 【第23回(1987年)谷崎潤一郎賞】受賞作

  • しんどい

    内容を思い出せなかったので読み直し。 で、思い出した、「記憶できない作品」ということを。 多様な場面が出てくるが、それはたいてい”その場限り”の話で、伏線でもなければ、覚えている必要もない。 (いくつかキーになる場面もあるので油断は出来ないが) そんな文字群を追って行かなければならないのは・・・やはり苦痛。 心理劇ワークショップの場面は面白いので、最初と終わり近くにあるのを繋げて中編にするか、 最後に謎の自我との対決とする作品なら、そこに主眼をおいて、ページ数半分でいんじゃないか?と思う。 書き上げる期間か原稿の枚数が決まっていて、なんでもアリだからと行き当たりばったりで 升目を埋めていったような印象にしかならないな、最終的には。 もし、想像も出来ないような読書体験をしたいという人がいたら、一例に題名を出したい一冊ではある。

  • 著者の夢世界にひきずりこむ文章技巧が凄い。

    この本を読了するのに、かなりのエネルギーを要しました。 夢と虚構と現実が次々と入れ替わってきます。 ぼんやり読んでいると、あれっという感じで場面がまったく変わっていて、主人公すら名前が変わっています。 著者の文章は、脈絡がなく、確実性のないふらつくような表現で延々と場面だけが変わってゆく終わりのない”夢”のようです。 200ページを過ぎたあたりから、夢が脳の表層から深層下部に進んでいたことがわかってきます。ここでようやくそこまでの延々と続いた夢の話がわかるような仕掛けになっています。 この本は、体験と考えたほうが近いと思われます。著者ならではの実験精神溢れる作品であり、なんと言っても著者の設定した夢世界に読者を引きずり込んでしまう文章技巧が凄いです。

  • 書かれた時点での筒井文学の集大成

    出版された当時、この本は長年筒井作品を愛読してきた人達にとってのこの上ないプレゼントのような作品でした。 今までの作品に幾度も登場してきたシチュエーションが全て一つの物語に収縮して行くスリルは、まるでそれまで筒井作品を愛読して来た事への見返りの様に感じられた物です。 脱走と追跡のサンバで迷路に一緒に入ってしまったファンにとって、これが決着となった作品でも有ります。 まだ筒井康隆の作品をあまり読んでいない人は、この作品は後回しにした方が良いでしょう(でもいずれは絶対読んだ方が良いです)。その方がより楽しめる筈です。 この作品の結末に喝采を叫んだ瞬間は、私の読書人生での今までの所のハイライトです。その後これ以上の興奮を活字を通して得た事はありません。絶対のお奨め作です。

  • もう終わりか

    大好きな人は、もう大好きなんだろう。これはすごい。というか、楽しくて仕方が無い。 楽しい、というのは、怖くない、という意味ではない。 「あらすじ」を作れるような話ではないけれど、話が追えない、というわけではない。そんな小説なので、推理小説やファンタジー、恋愛小説のような、ストーリーを楽しむエンターテイメント小説の延長として興味を持った人は、「なんじゃこれは」となってしまう。そういう「系」の小説。あんまり現実的な人にはおすすめできない。 ただ、はまった人は、読み終えたときに大きく息を吸い込んでしまうことは間違いないし、続きがもうないことを自分が寂しく思っていることに気付くはず。

  • 読む人によって極端に評価の分かれる最たる作品であり、一般の読者にはお勧めできない

    今では七瀬シリーズ三部作の「七瀬ふたたび」のようなポピュラーな作品で知られる筒井康隆は、一方では、読む人によって、極端に評価の分かれる作品を書く人でもある。この「夢の木坂分岐点」などは、その最たるものだろう。私が最初にこの作品を読んだときには、あまりに奇妙奇天烈なストーリーに付いていけず、途中で読むのを止めてしまったくらいであり、久し振りに完読に挑戦してみた今回も、途中で投げ出したくなる気持ちを抑えて、ようやく最後まで読み通したという感じなのである。 この作品は、主人公やその家族、職場の同僚や職場などの名前・名称が、夢から醒めたりして場面が変わる度に、1字ずつ変わっていくというだけでなく、物語の基本的な設定も少しずつ変わっていくので、まず、これを理解しようとするだけでも、頭が痛くなってくるのだ(実際、私は、一覧表にまとめなければ、理解できなかった!)。どの存在が現実で、どの存在が夢や虚構かもさっぱりわからないまま、中盤過ぎからは、人物の入れ替わりこそ一息つき、主人公が「彼」に一元化されていくのだが、今度は、やたらと哲学的で、難解な描写が際限のない深みに入っていき、読んでいても、もう、何がなんだか、さっぱりわけがわからなくなってくるのだ。 このような前振りの果てに行き着いた締めの262ページ以降の描写は、私には、こんな長々とした、奇妙奇天烈かつ難解な前振りが本当に必要であったのかどうかもよく理解できないものであり、ラストの意味も、私には理解不能だった。小説を読むのに、これほど頭を使わなければならないというのは辛い。この作品は、こうしたジャンルの作品に特に興味のある一部の読者向けと思った方がいいだろう。私のような、ごく一般的な読者の方には、「私のグランパ」などの、他のもっと読み易い作品の方を読むことをお勧めしたい。

  • 文壇への反逆か?

    読了:2017年95冊(8月2冊)★3.2 『夢の木坂分岐点 (新潮文庫)』1990/4/27、筒井 康隆 (著) 本書は谷崎純一郎賞をとっている。なぜ???全く理解できない…。前に読んだ『虚人たち』(筒井康隆)と同じく、文脈は現実とも夢とも区別がつかない世界が描かれ続ける。とても読みづらい、眠くなる、改行もほとんどないので読み終わるのにかなり時間がかかった。メインと言える文脈も見つからない。「夢の木坂」という場所をターニングポイントに物語(?)は繰り返され、消費される。無意味に、奄々と。 なんだろう、これは。筒井康隆は本書で読者に一体何を伝えたいのか?ムカつくくらい分からない。文壇への反逆か?(それに読者を巻きこむのはやめて欲しいが…)次に読む本もこういうノリだったら本当に嫌だ。

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