日本の文学賞

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ノヴァーリスの引用

野間文芸新人賞

ノヴァーリスの引用

奥泉光

『ノヴァーリスの引用』は、奥泉光による新潮社から刊行された作品で、野間文芸新人賞で評価された。題名が示す対象を軸に、著者の関心と時代背景を読ませる一作である。

受賞作野間文芸新人日本文学

作品情報

『ノヴァーリスの引用』は、野間文芸新人賞で選ばれた奥泉光の作品である。

『ノヴァーリスの引用』は、奥泉光の仕事の中で野間文芸新人賞の対象となった作品である。1993年に新潮社から刊行された一冊として、作品名に掲げられた主題を中心に、人物、社会、歴史、記憶などを読み解く内容を持つ。

書籍情報

出版社
新潮社
発売日
1993-03-01
ページ数
164ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784103912019
ISBN-10
4103912014
価格
513 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

第15回(1993年) 野間文芸新人賞受賞

レビュー

  • 普通のミステリではなくミステリ寄りの純文学で、固い哲学書を読むのが面白いような変人向き

    商売っ気のないタイトルで、中身も哲学的。ミステリの体裁はとっているけど、結局謎は謎のまま解かれることはない。学生時代に議論を戦わせた仲間が、教授の葬式で中年になって再開し、昔の仲間の不審死について再び議論するのだけれど、文学好きのミステリーサークルみたいだと思った。わかったかどうか不明の固い哲学的議論が続くので、少し読んでみて難し過ぎると思ったら避けた方が賢明。個人的には嫌いではないけれど。 本書のクライマックスで、事故の現場に酒を持ち込んで集まった時、酔っぱらった主人公が幻想を見るシーンが生々しくて素晴らしかった。特に気分が悪くなって嘔吐し、フラフラになりながら上階の仲間のもとへ酒を運ぼうとする主人公の醜態が目に見えるように、同様の経験が豊富な私には感じられた。きっと作者の実体験が生きてるんだろうと思うが、どうか。 普通のミステリではなくミステリ寄りの純文学で、固い哲学書を読むのが面白いような変人に向くと思う。と、そうゆう変人が締め括ってレビューを終わりたい。

  • 読めてよかったです。

    お蔭様でタイミング良く読むことが出来ました。ご縁があれば、また、宜しくお願い申し上げます。本当にありがとうございます。

  • 「死」を主なテーマとしたミステリ仕立ての哲学書

    作者の作品としては「「吾輩は猫である」殺人事件」の様なメタ・ミステリを先に読んでいたのだが、本作はそれに先立つミステリ仕立ての哲学書と言う印象を受けた。一応、多重解決メタ・ミステリ風の趣きもあるのだが、それよりは「死」を主なテーマとして考察した書との感が強い。ミステリの限界に対する諦観の念も感じられる。 マルクス主義、実存主義、観念論、キリスト教(信仰)、ロマン派芸術、左翼(革命)活動の挫折、国毎の文化の違いと言った思想・社会的状況を背景として、青春の思い出というやや通俗的な衣を纏っているが、読んでいて常に浮かぶのは「死」のイメージである。それは、逆に言えば生きている事の意味への問い掛けである。人間の意識が外界を内包しているか(出来るか)という問い掛けでもある。 青臭くなりそうなテーマだが、作者の作品に既に馴染んでいたせいか、読んでいてかなり惹き込まれた。「メビウスの環」的な物語の構成が後の作品に通じているのである。作者の立ち位置も良く理解出来た。これ以降の作者のメタ・ミステリの原点となった指標的作品と言って良いのではないか。

  • どなたかネタばれお願いします

    担当教授の葬儀で数年ぶりに出会った同窓生たち。彼らは経済史の文献を読む研究会に参加し、まじめな討論もはめをはずしたバカ騒ぎも共に分かち合った仲間だった。葬儀の後に飲もうということになりしばし思い出話に花を咲かせるが、その後「石塚は自殺ではなく、殺害されたのではあるまいか」と、当時図書館の屋上から転落死した同窓生の死因について、謎解き遊びのような討論が始まった・・・という出だしです。 結論から言うと、何が言いたかったのかいまひとつよくわかりませんでした。奥泉氏の小説は「グランド・ミステリー」と「雪の階」が読み終わりたくないくらいその世界に入り込んでしまったのに対して、「”吾輩は猫である”殺人事件」は途中で退屈になって放り出し、「石の来歴」「神器 軍艦”橿原”殺人事件」はその迫力にあてられて読後茫然としてしまったもののやはり理解できず・・という今までの読書歴です。 まず雰囲気がものすごく好きなので読み続けているのですが、何が心に響いて何が響かないかは自分でもよくわかっていません。 石塚が死んだ当夜に主人公が時間を遡って居合わせるあたりまでは、いわゆるまっとうなミステリに見え引き込まれました。が、実際には時を遡れるはずはないので、この時点で”ああ、「石の来歴」と同じパターンだな”と。他のレビューアさんも書いていらっしゃいましたが「また話をずらして終わるのか」という感、確かにありです。 そういえばどの作品も、時が前後し、過去が現在に繋がり・・という話が多いですよね。著者はこうして時と人間と生死を描くことで何を訴えたいのか、そのあたりがいまひとつよくわかりません。 結局、主人公は酔っぱらって夢を見ていたのか?それは主人公が心の奥底に抱えていた罪悪感が元になっているのだろうか。 それとも迫真に満ちたその夢に、石塚の死のなんらかの真実があるのか?結局、実際に何が起きたのかは曖昧なままで終わります。そして最後の海泡石のパイプの意味は?どなたか理解力のない私にネタばれしてくださいませんか。

  • 形式は楽しめますが・・・

    次々に展開される推理とその根拠、背景。 文学的な堅めの文章が好きな人、思想に興味がある人には一気に面白く読める。私もその一人だ。人物も興味深く作りこまれている。死者となった石塚の痛切な告白部分もかなり読ませる。 しかし、奥泉光の他の作品を読んだ者としては、「またか」という感想を抱かざるを得ない。『葦と百合』『吾輩は猫である殺人事件』両作にも見られた、意図的な「ずらし」の構造。正直なところ、「ああ、またこうして話をずらして終わるのか・・・」と思ってしまった。しかし、こうした傾向が顕著であるのは、この作家がこうした「ずらし」について拘りを持っていることの現れであろうし、いずれの作品もその拘りへの試みと考えることができよう。

  • 毒入りジャンル横断小説

    本作はいくつものテクストが下敷きになっていると思われるが、一番はバークリーの『毒入りチョコレート事件』だろう。 これは数名の探偵が「毒入りチョコレート事件」にいくつもの推理を展開する本格ミステリーだが、 奥泉氏の本作では数名の探偵役がそれぞれ「本格推理」「幻想小説」と別の語り口から語る。 四人の語り手が10年前の事件の「死」をそれぞれの語り口で語るのだ。 それは、生きる者と死者との付き合い方でもある。 死者の意味は生きる者と関係性のうちでこそ「意味」を帯びる。 その意味において、死者は何度でも蘇るし、実際この『ノヴァーリスの引用』でも、そうだ。 と堅苦しいことを書いたが、切り口をもう少し浅くすると、 本書は決めるところは決めたり「ノヴァーリスの引用だ」(このセリフの使い方がカッコいい。手に取られた方はそこまでは最低読んでほしい。痺れます)、固い理性的な語り口の中にもユーモアがあり、読みやすい。長さも、コンパクトだ。 著者の著作は何冊か読んでいるが、個人的にはベストスリーに入る良書。 奥泉光の入門書としてはぜひともこれを推したい。

  • 良い意味で期待範囲を裏切る作品

    一見ミステリーであり、ミステリーのディスコースに従って展開するようであるが実はそうではない。謎があれば、それが解明されなければいけないという常識や典型をくつがえす。そうは言っても、伏線をほったらかすわけではなく、きちんと回収していく。ミステリーのそれとは異なるが、ラスト一文には衝撃をおぼえる。感想はすごい!の一言に尽きる。

  • 普通のミステリじゃないけれど、面白かった。

    奥泉光氏の作品は、何冊か読んだことがあるけどどれも最近の本。ちょっと旧作も読んでみたくて読んでみた。ミステリ、探偵小説の形式をとりながら、謎解きがテーマではないメタミステリだ。 読んだのは2003年に文庫化されたもの。もともと単行本は新潮社から1993年に出版され、野間文芸新人賞と瞠目反文学賞を受賞した作品。瞠目反文学賞なんて聞いたことがなかったが、何やら島田雅彦氏が提唱し、1回だけ行われたものらしい。この文庫の解説も島田雅彦氏が書いている。 あらすじとしては、恩師の死をキッカケに学生時代の仲間が集まり、10年前に起きた友人の自殺についての謎を追うというもの。このあらすじを聞くと、まっとうなミステリと思えるけど、内容はかなり異なる。普通のミステリは探偵役が謎を解き明かしていくプロセスとその結末が描かれるのだけれど、こちらは違う。探偵役はいるのだけれど、読んでいくうちに、どんどんと謎が深まるばかりで、結論がもたらせるわけではない。むしろ、幻想小説っぽい感じ。 普通の謎解きをきたしていると、ちょっと期待はずれで、いいミステリを読んだあとのカタルシスは感じられないんだけど、むしろ、著者はそれが狙いで、読者を宙ぶらりんにすることによって、この小説の独自な世界が築かれている。ノヴァーリスやマルクス、シューマンなどの彩りもよく、面白かった。

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