メロウ
『メロウ1983』は、単行本化時に『メロウ』と改題された田口賢司の小説です。断章的な語り、ポップカルチャーの記憶、成就しない愛の感触が混ざり、甘さと残酷さを同時に響かせます。
ポップ文学断章1980年代の記憶愛と喪失
作品情報
断章の連なりが、甘く残酷なラヴソングのように響きます。
雑誌掲載時の『メロウ1983』が新潮社刊『メロウ』として刊行され、第14回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞しました。選評では、J-POPではないPOP文学として評価され、読者レビューでも幻想的な文体と掴みどころのない感触が語られています。
書籍情報
- 出版社
- 新潮社
- 発売日
- 2004-10-21
- ページ数
- 170ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784103969020
- ISBN-10
- 4103969024
- 価格
- 2401 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
第14回(2004年) Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞
レビュー
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退屈なラブソング
春樹の影響を強くうけたであろう作者のクソみたいなラブソング。 退屈である。あまりにもナンセンスである。しかし、だからこそ真実がある。 死とはなにか? それはエルヴィスの二つ目のあごであり、マイケル・ジャクソンであり、私たちがすでに知っている「何か」なのだが、それは本質ではない。 問題はそれを聞いてしまうことだ。 それは鼻くそをほじることと等しい。丸めて小指ではじくことと同じだ。それが前のオヤジのハゲ頭につくことだ。 この小説を読んで得るものは何もないかもしれない。いや、ほとんどの場合そうだろう。 退屈な時間の中、最低のレストランで最低の安物ワインを飲み最低の会話を続ける。ずっとだ。決まりきった顔。冷めた料理。下卑た笑い。 見たくもない三流映画を、身体を縛り付けられたまま目を強引に見開かされ鑑賞しなければならず、死ぬまで決して逃れることができない。 それはきっと人生だ。
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アヴァンポップの破片
読めば、高橋源一郎の偉大さがありありと甦って来る。 決して、この作者の偉大さではない。 でもそれでいいと思う、高橋は絶滅寸前だった。 そして今も絶滅寸前だ。 そんな作品。