作品情報
八十日ぶりの太陽が、探検家の世界を変える。
角幡唯介によるノンフィクション。極夜という過酷な環境での単独行を通じ、身体感覚、信仰の原初的な形、自然との関係を考察する。
レビュー要約
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読者からは、題材への切り込み方と人物の感情をすくう筆致が評価されている。一方で、静かな展開をじっくり読む作品として受け止められている。
書籍情報
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 2018-02-09
- ページ数
- 333ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.7 x 2.6 x 19.5 cm
- ISBN-13
- 9784163907987
- ISBN-10
- 416390798X
- 価格
- 1925 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/エッセー・随筆/日本のエッセー・随筆
ノンフィクション界のトップランナーによる最高傑作が誕生! 探検家にとっていまや、世界中どこを探しても”未知の空間“を見つけることは難しい。大学時代から、様々な未知の空間を追い求めて旅をしてきた角幡唯介は、この数年冬になると北極に出かけていた。そこには、極夜という暗闇に閉ざされた未知の空間があるからだ。極夜――「それは太陽が地平線の下に沈んで姿を見せない、長い、長い漆黒の夜である。そして、その漆黒の夜は場所によっては3カ月から4カ月、極端な場所では半年も続くところもある」(本文より)。彼は、そこに行って、太陽を見ない数カ月を過ごした時、自分が何を思い、どのように変化するのかを知りたかった。その行為はまだ誰も成し遂げていない”未知“の探検といってよかった。 シオラパルクという世界最北の小さな村に暮らす人々と交流し、力を貸してもらい、氷が張るとひとりで数十キロの橇を引いて探検に出た。相棒となる犬を一匹連れて。本番の「極夜の探検」をするには周到な準備が必要だった。それに3年を費やした。この文明の時代に、GPSを持たないと決めた探検家は、六分儀という天測により自分の位置を計る道具を用いたため、その実験や犬と自分の食料をあらかじめ数カ所に運んでおくデポ作業など、一年ずつ準備を積み上げていく必要があった。そしていよいよ迎えた本番。2016年~2017年の冬。ひたすら暗闇の中、ブリザードと戦い、食料が不足し、迷子になり……、アクシデントは続いた。果たして4カ月後、極夜が明けた時、彼はひとり太陽を目にして何を感じたのか。足かけ4年にわたるプロジェクトはどういう結末を迎えたのか。 読む者も暗闇世界に引き込まれ、太陽を渇望するような不思議な体験ができるのは、ノンフィクション界のトップランナーである筆者だからこそのなせる業である。
レビュー
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フィクションよりもフィクションしてるノンフィクション
何故こんな事に挑戦しているのか、0から100まで理解できなかった。どのページを読んでいても、いやそもそも何でこんなことを? と我に返りながら読み進めた。自分にとってはイヌイットとかグリーンランドとか狩猟とか、それだけでも想像し難い非現実であるのに、さらに単独?犬と?3ヶ月弱の旅?しかも北極で真っ暗?? と、ひたすら想像できない文章が続いた。どの程度暗いのかも、ツンドラ大地も氷床もよく分からない。こんなに想像できない本というのも珍しいと思う。多分どの瞬間も、自分が想像で描いた陳腐な光景とはかけ離れているのだろうと感じた。 本の利点として挙げられる経験の追体験や知識みたいな事でいうと、この本ほど、知らない世界がある事を知れた本は無い。まず、こんな北極圏に20年以上?住む日本人がいるという事実に驚くし、よく分からないが凄そうな助っ人が来てしかもカヤックで荷物を運ぶ??というのも終始疑問符だった。イヌが人糞を食らうというのも全く知らなかったし、2016年当時でイヌイットの人達が割と文明的(スマホを息子にプレゼント)なのにも驚いた。こんなに(人によっては)知らない事が載ってある本は珍しい。 また、冒険というと未踏査地域を思い浮かべるが、それは現代ではほとんど無く(地球外や深海ぐらいにしか無さそう)、ではこれからの冒険とは?という事で、こういった極端な限界経験が冒険になるというのは、確かにそうだなと思った。 光とは未来であり希望だ、という言葉に凄まじい説得力があった。確かに光が無いと自分を認識できないし、物理的な未来を予測できない(見えないので)。説明されると直ちに理解はできるが、その説明にゼロからたどり着くのは難しいだろうなと感じた。赤ん坊の比喩は少しこじつけ感があったが面白かった。 2026年現在では、AIが大活躍する時代になっているが、やはり一人の人間が書いたその人の経験と癖が現れる文章は抜群に面白いなと感じた。小説などより寧ろこういった人間が体験するノンフィクションの方が、AIの文章が溢れかえる今後の世界でも通用するんだろうなと思った。
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凄い冒険。
超面白い。 凄い。 けど、最終ラインは犬を食べて生還するところまで。 それ以下が視野に入ったら、現代通信で連絡をとれる。 救出も有り得る? これ、最初に言ってくれないだろうか。 後で出てきて、言われた時、ガックシきました。 なんだあ。 最初から、いつでも連絡とれるよ、 ってあったのね。 いつでも連絡とれるよ。 でも、やれるとこまでやってみる。 という冒険と冒険譚。 いつ死ぬかもしれない、という極限自然環境の凄まじさ、 というのは本当だと思いますし、 凄いと思うし、凄いノンフィクション作品だと思います。
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動物たち
途中ダレる部分もあったが読み応えはあります。同じ極地探検系ではアグルーカの行方の方がぐいぐい読めた。 やってることはすごいの一言に尽きるのですが、そこで生活し生きるイヌイットの方々なわけでもないのに、現地の動物を殺生することにちょいちょいモヤモヤしました。絶体絶命!危機一髪!みたいな描写があっても、この方がそこに行かなければ死なずにすんだ動物たち…とふと考えてしまう。アグルーカのときもそれは思ったが、極地探検記の2冊目ともなると「まーたやってるよこの人!」と思わずにいられないのです(それでも読んでしまう作家としての力量はすごいと思います)。ただ今回は同行者に犬ぞりの犬がいます。イヌイットと生活をともにし共生するという位置づけの犬ですが、日本からわざわざやってきたキテレツ探検家の道楽につきあわされ命の危機に陥らされるのはどうも納得いかない、と最後まで思い続けながら読みました。
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暗闇の探検
未踏の地というものがなくなってまった時代の探検家が、日の上らない極夜を旅することで新しい時代の冒険を示した。 私なんかは最初のブリザードのところで死への恐怖と疲労で挫けてしまうと思うが、著者は全然平気そうである。そんな人が極夜で感じる本当の恐怖とはどんなものであろうか。 心情を飾らない表現で赤裸々に語っていて、感情移入できる。究極の冒険を追体験させてもらった。
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透徹とした探検哲学
当たり前のように日が昇り、好きなときに人工的な光を享受できる現代人にとって、日の昇ることのない世界に何ヶ月も身を置くということは、地理的にはそうでないにしても「未知の世界」だと思います。 この極限の世界への興味も尽きないのですが、個人的には、実際に「そこ」へ身を置いた角幡さんがどう感じたのかという自身に対する気付き・考察が特に興味深かったです。もしかすると、探検というのはその地、その環境を探ることだけでなく、その環境に身を置いて差し迫るリスクに対峙して頭を回転させ、体を動かすことを通じて、自分自身を深く探るということなのかなと思いました。 「探検」って危ないことをするというのが一般的なイメージですが、リスクが主体の行動ならそれは「冒険」であり、やはり字の通り、探ることこそが「探検」の本懐なんだろうと思いました。私自身、すごい山ではないものの単独行が好きなのもあってか、スッと入ってくる話が多く、楽しく読ませていただきました。ご自身の感情について良いところも、読む人によっては眉を顰めるかもしれない悪いところもあけすけに書かれていて、私としては人間らしさを感じて好印象でした。 探検記というよりも、探検を通じて得た角幡さんの哲学だと思います。言ってしまうと、内面描写の比率が多いということで「とにかく状況描写やハラハラするような話だけ読みたい」という方には向かないかもしれません。
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ピンチと闘う極地の冒険紀行
極地においてはちょっとした運の差で命が脅かされるということをひしひしと感じさせれる本。 自分からピンチになりに行っているような行動はちょっとどうかなと思う。 ただ、これは創作ではなくノンフィクションであるということを加味すると、それをこれだけの作品にまとめあげた作者の労力には敬意を称したい。
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お勧めしたい本です
引き込まれて、あっという間に読み切りました。
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充分な経験があってこそ冒険は成功する
現在、冒険という名に値する未踏峰や人跡未踏の地は殆ど無いと思います。 成功のために天秤の反対側に自身の命を掛けたような冒険は嫌いです。非常に広い意味では誰でもが冒険者といえると思います、ただ初めてのことを行えばよいのですから。極夜行はそんな限られた中で自身の信念をもって断行された冒険です。ちょっと雑念も入ってますが、素直なところは好感がもてます。とやかく言ってみても書いてくれる人がいなければ誰にもわからないのですからその点感謝します。
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