作品情報
忠臣蔵の陰にいた大石りくの生涯を、哀切に描く歴史長編。
『花影の花 大石内蔵助の妻』は、平岩弓枝が大石内蔵助の妻りくを主人公に据えた歴史小説で、吉川英治文学賞を受賞した。赤穂浪士の討ち入り後、遺児とともに生き、遺族のもとを巡るりくの生涯を、武士の妻としての誇りと悲しみを含めて描く。文春文庫新版は2020年刊行、336ページ。
レビュー要約
-
有名な討ち入りの後景に置かれてきた妻の視点を中心に据えた点が読みどころである。夫を支え、遺児を抱えて生きるりくの姿が、忠義の物語に別の陰影を与えている。
書籍情報
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 2020-12-08
- ページ数
- 327ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.6 x 1.3 x 15.2 cm
- ISBN-13
- 9784167916176
- ISBN-10
- 4167916177
- 価格
- 836 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
赤穂浪士・大石内蔵助の妻、りく。 忠臣として語り続けられる大石内蔵助ではなく、その妻にスポットライトを当てた、影の「忠臣蔵」。 討ち入り後、りくは遺児となった大三郎とともに生きるが、その生涯は哀しいものだった。赤穂に嫁ぎ、夫を支え、そして夫亡き後は忠臣たちの遺族のもとをまわるなど、最期まで武士の妻であった。そんなりくの人生を平岩弓枝が鮮やかに描き出した傑作長編。涙なくしては読めません。 吉川英治文学賞受賞作。
レビュー
-
脇役に陽をあてた外伝です。
切り口が内蔵助の妻で女性目線の忠臣蔵で、結構楽しめました。おかる勘平などの創作虚飾なしですから自分は新鮮に感じました。忠臣蔵の周辺部の人々は生きるのに大変でしたと想いを新たにしました。
-
さすがである
平岩弓枝が死去したので、吉川英治文学賞受賞のこれを読んでみた。この賞は、大衆文学系の重鎮が与えられる賞で、必ずしも作品の質を保証しないが、これは予想を裏切っていい小説だった。話は大石内蔵助らが切腹したあとの妻石束りくと不肖の息子・大三郎を中心とし、その中に回想の形で手際よく赤穂事件の概略がはさみこまれている。生き残った息子の大三郎は、忠臣義士の筆頭大石の息子として晴れがましく広島浅野家の家臣に迎えられるが、凡才、ないしはいくらか知能に障害があったらしく、放蕩にのめり込み、妻も二度離縁している。そのことに頭を痛めるりくに、華やかな討ち入りのあとの淋しい現実がうまく描写されていて、飽きない。さすがである。
-
素晴らしい作品。お薦めです。
赤穂浪士の討入は、年末はテレビドラマで毎年放映され、題材にとった小説も多く、歌舞伎でもお馴染みですが、いずれも大石内蔵助を中心として男の物語。妻がおり、5人の子を成しながらも内蔵助の廓通いは有名で、長男の主税は父と共に討入、切腹。一体、内蔵助の妻の大石りくとはどのような女性だったのか、夫の廓通いをどう受け止めていたのか、長男・主税の仇討参加と切腹をどう受け止めたのか、内蔵助と主税の死後、どのような人生を送ったのか、興味のあったりくの生涯がこの本では描かれています。平岩弓枝の作品は面白いのですが時としてエンタメ的になりすぎるところもありますが、本作はエンタメ性を排除し、大石りくという女の一生に焦点をあててしっかりと丁寧にその人生を追っており、読者に深い感動を与える作品になっています。不幸と苦労の連続なのに読んでいて暗い気持ちにならないのは、その毅然とした生き方のせいでしょうか。時として涙なしには読めませんでした。文句なしに星5つ、お薦めの作品です。
-
大内内蔵助の妻・りくの生涯
『忠臣蔵』、元禄赤穂事件の大まかなストーリーは一応知っていたが、興味が持てず、赤穂事件関連の小説なども読んだことはなかったのだが、大石内蔵助の妻の生涯ならば、読んでみようかと思い、読み始めたところ、非常におもしろく、一気に読んでしまった。 晩年(60歳代)のりくが過去を回想するという体裁。 夫(大石内蔵助)や長男を赤穂事件で亡くした後、広島(広島藩浅野本家領内)に移り、出来の悪い三男・大三郎とその妻の家で、暮らしながら、過去の様々な出来事を順々に回想する。りくの視点で、物語は、静かに淡々と語られていく。 大石内蔵助の妻りく(香林院)は、但馬国豊岡藩(京極家)の筆頭家老・石束毎公(毎好)の長女で、播磨国赤穂藩(浅野家)の筆頭家老・大石内蔵助良雄に嫁いできた。嫁入り時のりくの年齢は18歳。この夫婦の年齢差は10歳ほどあった。 若い頃のりくは、よく笑い、それまで暗かった大石家を明るくしたというエピソードがあったので、周囲を明るくするような、とても可愛らしい華やかな感じのお嬢様だったのであろうと想像した。 大石家には、大石内蔵助の母(りくの姑)と、内蔵助の弟・喜内(三男。すぐ下の弟(次男)は出家していた)も同居していたが、りくにとっての弟である喜内(大石良房)は、りくと年齢が近いこともあり、気が合い、義弟もりくを慕っていたという。喜内の義姉を慕う心は、いつしか恋心になっていたようで、喜内は、良縁と思われる縁談があってもひたすら断り、りくをさらって駆け落ちをしたいと心の内に思うほどだったらしい。 この話が史実なのかどうかはわからないが、喜内は、22歳の若さで、病死してしまった。 りくと内蔵助との夫婦仲は良好で、男3人、女2人の計5人の子をもうけている。 (長男:松之丞・主税、長女:くう、次男:吉之進、次女:るり、三男:大三郎) しかし、内蔵助は、備中松山へ長期間の出張(単身赴任)中、身の回りの世話をしていた女に子を産ませ、その女が赤穂にやってきたときは、平気で同居させるなど、りくの心を傷つけることを平気でしたという。 赤穂藩浅野家はお取り潰しとなったため、浪人となった大石内蔵助は、浅野家復興が不可能であることが確実になると、最早、主君の仇(吉良)を討つしかないと決意。討ち入り前に、夫と長男は、京都に残り作戦を練り、妊娠していた妻のりくは、但馬(豊岡)の実家に戻り、三男・大三郎の出産準備をする。この別居中に、夫が、月極めの娼婦を家に入れていたことや、郭通いを盛んにしていたことが報告されて露見するが、それでも、討ち入り前の夫の当時の精神状態からして、女を求めざるを得なかったのであろうと振り返って、仕方のないことだと夫の不義を許している。 しかしながら、りくは、若い頃、たびたび嫉妬心に苦しんでいたのであろう。 5人の子どもたちのうち、長男は、まだ元服直後であったが、父・内蔵助とともに、討ち入りに参加したため、切腹(享年16)。次男と長女も、若くして病死したため、成人したのは、次女のるりと、三男の大三郎の2人だけであった。 長男も次男も、母を気遣い、弟や妹たちを気遣う心優しい少年で、長男には継嗣として、特に期待をかけていたのに、亡くしてしまう。 どんな事情があったのかは分からないがお殿様(浅野長矩)の短慮によって、それまでの幸せな生活が突如として破られ、夫は主君を失い浪人し、やがては、夫や子どもたちを失った りくの哀しみは、如何ばかりのものだったであろうか。 晩年のりくは、広島で三男・大三郎とその妻の家に、姑として暮らしている。 父親なしで育った三男・大三郎は、長男、次男とは違って、出来が悪く、女遊びにうつつをぬかす放蕩息子で、自分が「忠臣」として名高い大石内蔵助の息子に生まれたことを呪っているような人間であり、りくにも手の付けようがないほどで、もうどうしようもないといった感じ。 最初の妻とはうまく行かず、離縁し、2番目の妻とも不仲で、やがては離縁することになる。 そんなどうしようもない不出来の息子を持て余しているりくが不憫で、気の毒で、哀しくなる。 哀しみばかりの生涯なのだが、なぜか読後感がよく、素晴らしい作品に出会えたことを嬉しく思った。
-
女性の気持ちが痛々しいまでに。
やはり、女性の視点なんでしょう。全編にわたって女性達の気持ちが伝わってくる素晴らしい作品だと思います。
関連する文学賞
- 吉川英治文学賞 第25回(1991年) ・受賞