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母音梯形

短歌研究新人賞

母音梯形

小川真理子

遠くに揺れる逃げ水の像を手がかりに、若い世代の不安、戦争への意識、生活の手触りを詠む短歌作品。のちの歌集『母音梯形 トゥラペーズ』へつながる出発点である。

短歌青春平和生活不安

作品情報

『逃げ水のこゑ』は、小川真理子の作風が凝縮された受賞作。

遠くに揺れる逃げ水の像を手がかりに、若い世代の不安、戦争への意識、生活の手触りを詠む短歌作品。のちの歌集『母音梯形 トゥラペーズ』へつながる出発点である。

書籍情報

出版社
河出書房新社
発売日
2002-12-01
ページ数
224ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784309015095
ISBN-10
4309015093
価格
1232 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

Amazon.co.jp: 母音梯形 : 小川 真理子: 本

レビュー

  • 言語への漸進的な接近が生み出す抒情。

    作者によれば、本書のタイトルとなっている「母音梯形〔トゥラペーズ〕」とは《ある言語の母音を発音する際に、口をどのように開き舌をどこに置くかなどということを、一つの梯形で図示したもの》のことだと云う。正式名称は「トゥラペーズ・ヴォキャリック」。 「母音梯形」と題された連作(ただし、この章題にルビは付されていない)ではこれを、美しい星座のイメージになぞらえている。 新しき黒板に映え如月の星座のやうな母音梯形 君とゐて日本語の星空となるわが口蓋のプラネタリウム この歌集には作者自身のフランス在住体験を反映した歌が多く収録されているが、そこでは文化と言語、或いは言語と身体をめぐる作者の問いが――時としてベンヤミンの「翻訳者の使命」の問題圏を想起させもする営みを通じて――、そこかしこに否応なく表出している。言語への漸進的な接近を「短歌」という日本語特有の定型詩形に仮託しつつ行なうこの歌人の歩みを纏めた本書は、野心的な試みの指標として記憶されるべき歌集であるように思える。 「イロシマハ、ナツノキゴカ」と問ふサラに冬には詠まぬ我を恥じたり (イロシマ) 彼女の友人――余談ではあるが、「書物に住まう人」=ユダヤ人のエクリヴァンであったエドモン・ジャベスの物語(レシ)の登場人物の一人もまた、「サラ」という名の女性だった――の何気ない問いかけに、「広島」という特定の地名が、すべてを灼き尽くすかのような「あの」盛夏(の鎮魂)の代理=表象といつの間にか同一化していることに気づかされた作者の含羞、フランス語では発音されないh(アッシュ)故に「イロシマ」と表記するより他ないのであろう音の連なりの新鮮さ。 初めてこの歌に接した時、被爆都市=特異点として自明視され、それ故に「現在」がどこまでも横滑りしてしまうことに無自覚な「ヒロシマ」への私たちの怠惰な意識を、こうした「他者」の目を通すことで一瞬にして鮮やかに相対化し、別の視角へと導く言葉のありように思わず目を瞠った。 抒情性を排することなく、しかしそれに凭れかかるのでもなしに、繊細な観察眼をつねに輻輳させることで言語の通底路を開くこと。 この歌人の作品の真骨頂は、そのように獲得された彼女自身の方法論によって表出される言葉の豊饒さにあるだろう。

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