日本の文学賞

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蹴りたい背中

芥川龍之介賞

蹴りたい背中

綿矢りさ

「蹴りたい背中」は、綿矢りさによる受賞作品です。人物の感情や関係の揺れを軸に、時代や場所の空気を映しながら読者を作品世界へ導きます。

人間関係記憶日常と非日常

作品情報

蹴りたい背中は、受賞歴を通じて広く知られるようになった作品です。

綿矢りさの「蹴りたい背中」は、受賞時に注目を集めた作品です。物語や表現の核にある緊張感を大切にしながら、登場人物の内面や行動が生む余韻を描きます。

書籍情報

出版社
河出書房新社
発売日
2003-08-26
ページ数
140ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784309015705
ISBN-10
4309015700
価格
1100 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

高校に入ったばかりの蜷川とハツはクラスの余り者同士。やがてハツは、あるアイドルに夢中の蜷川の存在が気になってゆく…いびつな友情? それとも臆病な恋!? 不器用さゆえに孤独な二人の関係を描く、待望の文藝賞受賞第一作。第130回芥川賞受賞。

綿矢 りさ (ワタヤ リサ) 1984年、京都市に生まれる。現在、大学2年生。2001年『インストール』で、最年少17歳で第38回文藝賞を受賞する。『インストール』は、子供から大人まで多くの支持を集めベストセラーとなる。

レビュー

  • 日常の記述の自然さが良い本です。

    これを19歳で書くって、綿矢りさは、天才かって感じる。 村上龍の「限りなく透明に近いブルー」は、非日常的な感じの内容だったけど、これは、日常の事を書いている、その自然さが良い。

  • ああ、こんな時代が自分にもあったな

    綿矢さんがこの本で芥川賞を取ったことは、 自分が中学生か高校生の時にニュースで知りました。 それから20年あまり。 ようやく読みましたが、自分の高校・大学時代がまさに この本の主人公が住んでいるような世界だったので 懐かしさを覚えながら読み進めました。 もう10年ほど前に、この本に出会っていたら もっと胆力を持って当時を過ごせたのかな、と思いながら。 いずれにせよ、手にすることができてよかったです。

  • 恋愛感情じゃないらしいけど、それじゃあ何?

    にな川に対する主人公の感情が何なのか、僕にはよく分かりませんでした。

  • すごく良い!

    読みやすい文体で、使われている描写や比喩も独特で良い。 登場人物は、格好悪さやダメさもきちんと描かれていて人間味がある。 テーマの「蹴りたい背中」は複雑な感情だけど、すごくリアル。 言葉での説明は難しいが、ストーリーを通してハツの蹴りたい気持ちが滲んでくる。 ハツは、にな川の失敗を喜んだり背中を蹴るなど、にな川を痛めつけることを好むのに、 クラスメイトの罵言をいさめ、にな川の見舞いに行き(風邪だけど)傷口を舐めるという保護的な態度をとる。 にな川への相反する想いが描かれることで、ハツの嗜好や感情がぼんやりと見えてくる。

  • 心揺さぶる作品でした。

    よくある高校生活の中でクラスの余り物である「私」と「にな川」の関係や、「絹代」の存在。恋愛や、いじめ、事故、事件などなにも無いのに心が揺さぶられる作品でした。

  • 若い世代向け

    これと言った盛り上がりもなく、 しかしながらつまらなくもなく 新鮮でした。 と言ってもだいぶ前の本ですが…

  • 芥川賞受賞作品

    芥川賞を受賞した最新作で蹴りたい背中で高校生の書いた作品になっています。小説を書くのも難しいですが、とてもよくできた書物です。

  • 蹴りたい執筆

    今さらを文庫で読んだ『蹴りたい背中』は、装丁のイラストが好いです。 女子高生のキグルミを被った著者がなにか、そこに居るかのようです。 清新、繊細な感覚にして秀逸な文体と話題になった出だしから、それが十代の作家の 筆になった作品とはとても思えず。それも実質二作目と云うのだから、たぶんそれは 読ませる為の文章完成度を天才的に著者が有しているということなのでしょう。 話の流れ、シーンのリアリティ、場面転換、各要素の関連付け、人物描写、空間位相etc。 また十代に顕著なセンシティビティに併せ、その巧みな修辞を見るに付け、ひとりの作家の 内に共存する手練に長けたベテラン作家の在ることに、少なからずの不思議すら覚えます。 文学的な経験も少なく、素養のみでポンッとこういった作品が書けるなら、それは奇跡です。 しかしおそらくそれは違うのでしょう。著者の作家志望は、きっと長期に及ぶに違いありません。 本作をそんな風に感じながら読みました。つまり作品よりも、作家(作意)が常に際立って来るのです。 この作品には、経験の真がどうも見えません。高く鳴り響いて胸をしめつけているはずの孤独は、 それが修辞のままに諸所に飾り直されもするようです。そうやって作家のための作品は、 作意の抑圧を受け続けてしまっているようです。その象徴がきっと、にな川の背中なのでしょう。 偏愛するオリチャン(佐々木オリビア)に聴き入りながら、気を寄せるのかまだ定かでもない主人公の私に、 したたか蹴りつけられるにな川の背中、それこそが著者にとっての小説(作品)のように思えてなりません。 所謂、綿谷プロジェクトも十年選手です。先ずはこのにな川の背中を確と向け直して欲しいところです。 正々堂々(倒錯もまた然り)の抱擁を交わし、自分を預け、他者に出会う。 そして著者にも背中の或ることをです。そうした経験の真を確保したような創作を望ましくします。 作家を証し立てるのは作品に他ならず、逆は決してあり得ないこと。 自他に偽りのない、今後にそんな傑作を期待しています。 (継続する作家魂に感を得て不躾の強弁、なにとぞ悪しからずを下さい。頓首です)

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