日本の文学賞

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金閣を焼かなければならぬ

大佛次郎賞

金閣を焼かなければならぬ

内海健

金閣寺放火事件の実行者・林養賢に焦点を当て、三島由紀夫の『金閣寺』も参照しながら、事件の背景を精神病理学の視点で再構成するノンフィクション。

林養賢三島由紀夫精神病理狂気ノンフィクション

作品情報

動機では割り切れない狂気の輪郭を追う。

河出書房新社から刊行された内海健の著作。気鋭の精神病理学者が、林養賢の内面と三島由紀夫の文学を往還しながら、金閣放火事件を多面的に分析する。

レビュー要約

  • 臨床医ならではの視線で、語りにくい狂気の背景へ迫る書評として受け止められている。

書籍情報

出版社
河出書房新社
発売日
2020-06-20
ページ数
228ページ
言語
日本語
サイズ
13.6 x 2.1 x 19.4 cm
ISBN-13
9784309254135
ISBN-10
4309254136
価格
2640 JPY
カテゴリ
本/人文・思想/心理学

金閣寺の放火僧・林養賢。当時、その動機を「美への嫉妬」などと語ったが、そういうことなのではない。三島の『金閣寺』も援用しながら、分裂病発症直前の、動機を超えた人間の実存を追う。

1955年、東京都生まれ。精神科医、精神病理学者。東大医学部卒。東京藝大保健管理センター教授。著書に、『「分裂病」の消滅』『うつ病の心理』『さまよえる自己ーポストモダンの精神病理』など。

レビュー

  • とてもキレイな状態の本です。

    ありがとうございます。 ちゃんと、届いてます。

  • 読み応えがあるというよりも...むずかしい本でした。

    学生時代、三島の作品を読み漁った時期がありました。 この本を手にして、思い出してみると、私の読み取り方の浅さはもちろんのこと、 三島の作品の中の登場人物を勘違いしていたり、そのイメージがちがったりしていました。 この本での解釈ということもありますが、私自身も変わっているのだろうと思います。 たしか...学生時代に、"三島は、コウロギの鳴き声は聞いたことはなかったが、その鳴き声を 聞いた時に、「人」がどのようなことを感じるはわかっていた”というような文章に出会うこと がありました。これを超人的な才能と受け取っていましたが、"離隔"を背景に持つ特異な能力(?) だったことを知りました。読み応えがあるというよりも、むずかしい本でした。 自分の青春時代を思い出しながら、統合失調症発症前の状態像と"超越的な他者"の存在の意味 を知ることができました。

  • 名著です

    著者は精神病理の第一人者である。 その著者が、精神科人生で、多大な影響を受けたであろう、2人の人生を辿る。 林養賢のパートは、著者の今までの分裂病(あえて著者が統合失調症と使わなかったため、分裂病と記載)論が綺麗にまとめられている。古典的な分裂病に関する分類や変遷も多く記載されており、今までの知識を整理するのに、大変有益である。特に臨床医が分裂病患者に出会う時は復路であるという著者の言葉は、全ての精神科医が初心に戻って、再度認識すべきであろう。 三島由紀夫は分裂病の対極にいる存在であると、著者は論破する。カナーがASDと分裂病の自閉の違いを孤立と退却で表現した事を想起させる。 三島由紀夫がASDであると明言していないが、三島由紀夫の自我が目覚めていく部分が書かれており、その辺りが理由なのかもしれない。 人生では、全く交わった事のない三者が、本の中で、交錯し始める様子は、非常に圧巻で、読んでいて退屈する事がない。 非業な最期を遂げた2人であるが、最後にニヒリズムへの、著者なりの回答を示す事によって、救済を感じた。 この本は間違いなく、名著である。

  • 精神病理学と純文学の融合

    「金閣を焼かなければならぬ」というタイトルは、人間の動機の所在やその様態に関する著者の見解を暗示したものと言え、精神病理学者としての著者がこれまで積み上げてきた珠玉の論考の成果の全てが込められている。 第1章のタイトルは「動機はあとから造られる」とある。林養賢は金閣を放火した後に精神鑑定を受けることになるが、明確な犯行動機は浮かび上がらなかった。このこと自体、林が病気であることの証左と言えばそれまでだが、著者はさらに林の内面に深く切り込み、そこから人間自体がもつ自我のあやうい在り方を客観的かつ学術的に指摘している。後半の三島由紀夫と小説金閣寺についての論考についても同様で、三島や小説中の溝口には基本的に行動理由や動機が見出せない、としている。しかし、著者は「離隔」こそが唯一の例外で、離隔を埋めようとすることが三島の最大かつ思春期以降一貫した動機であったことを、緻密な筆致で端的に表現している。 社会においてASD(自閉症スペクトラム障害)についての関心が医療機関以外においても高まり、個人個人のライフスタイルや価値観が社会共通の規範や理念よりも重視されつつある現代において、人と人がどのように共感しあっていけるかが難題となりつつある。そのような中、本書には、人間の動機や離隔の実態について明解な示唆があり、現代の人間心理を知的に俯瞰する上で、必読の書と言っても過言でないだろう。 とにかく、圧巻の一冊であった。

  • 林養賢と三島由紀夫の心に寄り添う名著です

    筆者は金閣寺を放火した林養賢の心の内側に肉薄し精緻な分析を行う。 しかし、ここにあるのは鋭利な刃物で対象を切り刻むのではなく、彼の声にならない小さな声を聞き取り彼の心を救おうとする行為である。 筆者は同じように三島由紀夫の心の奥底にも降りて行き、林と三島の心の複雑な有り様を明らかにする事で二人の傷ついた魂を救おうともがき考え、その痛みは読む者の痛みとなるから決して楽な読書にはならない。 しかし、読み終えて、冬の日本海の暗く重たい空に射す微かな光のようなものを感じ取る事が出来るのは間違いない。

  • 二つの離隔

    金閣に火を放った林養賢と小説「金閣寺」を著した三島由紀夫。二人の共通する「離隔」が織りなす人生の物語。しかし二人の離隔は似て非なるものであった。統合失調症(分裂病)がもたらす林養賢のそれは他者の侵入によるものであり、彼は我々の心の因果を超え「金閣を焼かなければならぬ」に到達し、最後の人生の物語を織りなしこの世を去った。 一方、三島由紀夫の離隔はASD(高機能自閉症スペクトラム)がもたらすものである(内海健さんは文中では明文化していない)。それは他人の棲む世界との離隔、実感のない現実感であり、その根源は他者の欠如にある。よって他者の侵入の病である分裂病とは異なり、三島の中に他者の侵入は起こり得ないのだ。彼はこの離隔を言語宇宙の中で言語を使い癒そうと試みたが、それは失意のうちに潰えた。そして彼は筋肉に離隔からの解放を求めるに至ったが、彼の人生の物語は自刃によって幕を閉じることになる。 この世界は超越論的構造によって成立していると言えるだろう。 この不思議な構造は何を意味するのか、人生とはいったい何であろうかという問いがじわじわと深く深く迫ってくる。この書は間違いなく名著である。

  • 買いです。

    寡聞にして林養賢について全く知識を持ち合わせていなかった、どころか考えを致すこともなかったので初めて知ることばかりでした。つまりは「金閣寺」を何度も読んではいても考えも及ばなかった解釈で、蒙を開かれたといいますか、そういった視点を携えて久しぶりに読んでみたくなったといいますか、文字通り知的好奇心をかき立てられた一冊でした。 ただ、精神科医が本業の方であるためか、表現に正確を期すあまりとは思いますが、おそらくこういうことを言いたいのだろうとなんとなくわかるものの、なぜそういう見慣れない言葉をあえて使うのか、使わずには済ませられないのかと眉をひそめる箇所が何度もあり、結果人を選ぶ本になっているのが残念でした。

  • 著者の立ち位置に驚いた

    他者からの外力をそのまま被り統合失調症を発病した林養賢。一方、他者との離隔の中にあって確かな他者を追い求めて生き抜いた三島由紀夫。 著者は、三島由紀夫が林養賢を忠実に描写できたのは離隔が保たれているからであると論じ、三島の表現を「知解」に過ぎないと喝破している。その通りであろう。 異なる世界観の二者を俯瞰し論を巧みに展開する著者の立ち位置は、三島寄りでも林養賢寄りでもない。むしろ著者固有の人間的な視点や感性が終始一貫して展開されている。そこが本著の傑出したところであり、実存とは何かを暗に示しているかのようにも思われる。 美的な構成を保ちつつ、著者のこれまでの論考のエッセンスが散りばめられた記念碑的名著と言えよう。

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