日本の文学賞

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YES・YES・YES (河出文庫 ひ 1-1 BUNGEI Collection)

文藝賞

YES・YES・YES (河出文庫 ひ 1-1 BUNGEI Collection)

結城真子

仕事上の成功とアルコール依存を抱える女性の一日を、アップビートなテンポで描く。都会の焦燥感が強く残る文藝賞受賞作。

女性都会依存一日焦燥

作品情報

都会の焦燥感と、ひとりの女性のぎりぎりの一日。

第26回文藝賞受賞作。河出書房新社の単行本として刊行され、のちに文庫版でも読める。

書籍情報

出版社
河出書房新社
発売日
1992-07-01
ページ数
248ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784309403403
ISBN-10
4309403409
価格
2251 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

第26回(1989年) 文藝賞受賞

レビュー

  • う~ん・・・

    う~ん・・・う~ん・・・何を言いたいだか?どう受け取れば良いんだか?

  • これはお薦めだ。素晴らしい。

    久し振りにすごく素晴らしい小説に出会うことができた。 これはすごい。お薦めだ。 一回読んで、あー面白かった、おしまい、というタイプの小説ではない。 何度も何度も何度も読み返したい。 麻薬のような不思議な魅力がある。 発売当時はたいへんな人気だったと今知ったが、当時は全く知らなかった。 遅まきながら今からはまる。 同じ作者の他の本も読んでみたいと思う。 なぜいいのかは分からない。 多分裏表紙に出ていた作者の顔があまりにも綺麗だったからというのもあるだろう。 この人がこんなのを書いていたのか…と思うと、ゾクゾクする感じだ。

  • 文章が好きだ

    初めて比留間氏の小説を読んだが、文章の雰囲気というか言い回しが心地良い。語彙が多く文学的な繊細さを感じるが、難しい言葉は使わず、くどい言い回しも使わないのでとても読みやすい。簡単に言うと、ポップなのに読み応えがある。こういう書き方があったのかと感心した。ライトノベルのような読みやすさがあるのに表現は巧み。他の作品も読んでみたくなった。 内容については好み次第だと思う。斬新さはないが、男相手の男娼という立場の主人公はそう多くは描かれていないから興味深く読めた。テーマの割に表現が際どくないので抵抗なく読めると思う。

  • 淡々とした物語

    どんな内容か予備知識なしで読み始めたから、主人公が男娼だったのでちょっと驚きました。ですが、硬質な感じのする潔癖さがある文章なので、いやらしい感じはしません。 話の雰囲気やテーマは、石田衣良さんの『娼年』とよく似ていると思います。(『娼年』は客が女性ですが)『娼年』がとてもドライなのに対して、こちらはウェットな感じがします。 主人公の周りを取り巻く人たちも個性的で少し悲しくて、人間味に溢れていて良かった。 一章ずつが、短編のように一人の客や男娼仲間について書かれているので読みやすいです。 感受性が鋭い十代の頃に読んでいたら、もっと多くの事を得られたんじゃないか、と思える作品でした。

  • 売り専のうらの悲哀意を描き

    これほど、リアルに感じたことはない。このような風俗もあるかと思い知らされた。 しかし、そこに生きる若い人は何か悲しい。そんな悲しさの中での青春がここにある。 今まで見向きもされない青春を書いている。ある種の平和な時代の産物か??

  • 89年の衝撃作だった本作品。

    1989年に文藝賞を受賞した本作は、当時かなり話題になりました。 まだ今ほど、「ホモセクシュアル」の世界を扱った作品は少なかったこともあるかもしれないが。 全くもって、男性の若者たちが同じ男性を相手に「商売」して生きることを描いた作品で、この点では石田衣良氏の『娼年』と異なるところである。(石田氏の作品では、女性客を相手にする男娼が主役である) 比留間氏が本作で描こうとしたことは、「男色家」たちの苦しみあえぐ姿ではなく、夜の街をさまよう少年たちの、一人の人間として「自分を持て余している悲哀」であり、一見「軽め」に描かれた文体からは読み落としてしまいそうになるのだが、主人公が時折、作中で「自虐的」とも受け取れる「笑い」や言動からも見えてくるが、男女の愛が「普通」とされている世界では見えにくい世界に生きる者たちの、居場所を求めて、時に流され、彷徨い続けるしかない悲哀であり、残酷さ、なのである。 発売当時、ハードカバーの帯には「新しい性の文学」と書かれていた。 本書はまさに、そういった「文学」であった。 江戸時代には『陰間』という男娼がいたが、彼らの多くは歌舞伎役者の「女形」を演じる者たちで、「女形」として修業を兼ねていたという。ゆえに全員が、必ずしも「同性愛者」でも「男色家」でもなかった。 この点で、本作は登場する者たちが皆、ホモセクシュアルであるという点で、社会の陰に隠れていた世界を赤裸々に描いた斬新かつ新鮮さすらある「新文学」でもあった。 89年12月に発売された本書は、バカ売れした。 わたしは当時、中学3年で受験生の真っただ中にあり、そんな中でこの本を読みふけっていた思い出がある。 「友達」の中に、主人公と同じ人間がいたことも、本書を読むきっかけになったと思う。 それから30年ほどたったが、彼らは「LGBT(性的少数派)」と呼ばれるようになり、だからといって「市民権を得た」とは言い難い。 「ニューハーフ」という言葉が誕生した80年代末。 21世紀になった現在。 職業としての「オネエマン」だの「男色家」だったら許されるが、一般社会では未だ「変わり者」扱いされ偏見と好奇な目でみられる過酷な世界は変わっていない。 本書を読めば、日常生活の描写で「今」の時代にはないものがあることで、昔の作品とわかるが。 主人公らにあわせて読んでいくと、今のことを書いたようにも受け取れる作品で、それゆえに、彼らが生きる世界は、変わらないのがわかると思われる。 一読の価値がある本なので、文庫版で再発売されたことは良いことである。

  • 再再読本

    著者が文藝賞を受賞して間もなく、すぐに単行本を購入して読みました。 『自分を壊しに、僕はこの街にやってきた…』 その一文が、当時の自分にピタリと当てはまったんです。 著者と自分は一歳違いですが、たぶん、学年は同じではないかと思われ、すでに還暦も目の前という年齢になってしまいました。 あの頃は、今のように日本の社会のシステムが、音を立てて崩れていく時がくるなんてことは夢にも思えないほど、まるでコンクリートで固められたダムのよぅに、世の中の価値基準はガチガチに決まってしまっていたという感じでしたので、体中に鎖を巻かれたかのように、息も詰まるような日々を生きていた自分… この物語が書かれた当時、すでに自分は学生ではなかったのですが、物語に描かれてる時代は、自分も高校生の頃だったはず… はたして筆者の実際の経験を描写したものかは分かりませんが、小心者の自分に、自分を壊したいなどという発想すらなく、ましてや、たとえ、美形の容姿をもっていたとしても、同性の大人に春を売るなんていう行為は、とても想像もできませんでしたが、だからこそ、ティーンを卒業していたとはいえ、おそまきながら、自分と同じような息苦しさを感じていたのではないかと思える仲間を発見したようで、とても、うれしかったように思えました。 内容からいって、はなから毛嫌いする人も多いだろうと思いますが、これ以後、他作家のゲイの世界を描いた作品が多く発表されていくわけですが、この作品は、自分の人生の一時期と重なるように思えることで、他のものとは一線を画すものです。 この作品は、読んでは処分を二度繰り返し、今回で三度目の奇跡的に書店での購入です。 読んで、しばらく時が経つと、また読みたくなる作品。 そういった数少ない作品の一つです。 次々に作品を要求される環境にあったのか、いくつかの作品を表わして後、文学界から姿を消してしまったのは、とても残念です。

  • まだ花の女子校を卒業したばかりに読みました

    なつかしい、高校を卒業したばかりの10代の時に読んだ本です。「ウリセン」という男の子がゲイの男に体を売る=男娼の世界を描いているんで、ものめずらしさと驚愕の世界に驚きました。なにげなく新宿という町に買い物にいったり、映画を見に行ったりしてて、その裏にはこんな現実があるんですよね。母(故人)にこの本の内容を話したら、やはり「え~!」とおどろきました。そんな世界があるの??って感じで・「今は売春防止法があって、そうゆう事はしてはいけないはずなのにね~」「どうなっているんだろう?」私も正直なんで取り締まりの対象にならないのか、摩訶不思議でした。後日、現行の法律は男が女を買うことに対して効力があって、男が男には範疇に入らないとの事です。 江戸時代の「陰間茶屋」がルーツで、実は300年以上の歴史があった事も驚きでした。現在ツイッターでほんとのウリセンの男の子たちと交流していますが、単なるお小遣い稼ぎから、母子家庭・苦学生・震災遺児の子もいたりしてやるせません。 かつて、昭和の初めに大不況と冷害で、東北から女郎屋に売られた若い女性がたくさんいましたが、歴史は繰り返されるのでしょうか・・

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