昔はおれと同い年だった田中さんとの友情 (ブルーバトンブックス)
スケボーが好きな小学六年生が、田中さんという老人との出会いを通じて、戦争の記憶と自分たちの町を知っていく児童文学。
作品情報
昔はおれと同い年だった田中さんとの友情は、受賞歴にふさわしい密度で人と世界の関係を見つめる。
椰月美智子の『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』は、受賞対象として確認できる作品である。公開書誌や出版社情報で単行本化を確認できる場合は識別子を記録し、単独書籍として確認できない場合は雑誌・掲載媒体の識別子を流用していない。
レビュー要約
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少年たちの自然な会話と、老人の人生を知ることで視野が広がる成長物語として評価される。
書籍情報
- 出版社
- 小峰書店
- 発売日
- 2019-08-24
- ページ数
- 182ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 19.6 x 13.6 x 2 cm
- ISBN-13
- 9784338308052
- ISBN-10
- 4338308052
- 価格
- 1540 JPY
- カテゴリ
- 本/絵本・児童書/読み物/童話・文学
拓人は、仲間の宇太佳、忍といっしょにスケボーするのが大好きな小学6年の男子。 ところが、いつも遊んでいた公園がスケボー禁止になり途方に暮れることに。 あきらめきれない三人は、スケボーができるとっておきの場所を見つける。 そして、そこで出会った田中さんというおじいさんとの交流がはじまるのだが……。
椰月 美智子 1970年神奈川県生まれ。 2002年、第42回講談社児童文学新人賞を受賞した『十二歳』でデビュー。 07年『しずかな日々』(講談社)で第45回野間児童文芸賞、08年第23回坪田譲治文学賞、 17年『明日の食卓』(KADOKAWA)で第3回神奈川本大賞を受賞。 その他の作品に『るり姉』『14歳の水平線』(双葉社)、 『その青の、その先の、』『体育座りで、空を見上げて』(幻冬舎)、 『緑のなかで』『未来の手紙』(光文社)、 『つながりの蔵』(KADOKAWA)など多数。 早川 世詩男 1973年生まれ。イラストレーター。書籍の装画や挿絵で活躍。 手がけた作品に、『ペーパープレーン』(小峰書店)、 『ゆかいな床井くん』(講談社)、 『星空を届けたい』(ほるぷ出版)、 『明日のランチはきみと』(フレーベル館)などがある。
レビュー
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戦争のことを自然に考えさせられる良い作品
非常に良い作品です。戦争のことを自然に考えさせられる児童書。大人にもおすすめ。
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よい老人の見本と子供のふれあい
テレビを見てから読んだ。お 読みやすく内容ある書物で多くの人に読んでいただきたいです。
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じんわり
お子様向けかもしれませんが、じんわりいい話です
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よい
ドラマを見て原作が読みたくなりました 期待を裏切らなかったですね
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ドラマ原作。少年の爽やかな成長物語
2024/8/15放送、NHKドラマスペシャル「昔はおれと同い年だった田中さんとの友情」を見て、原作を買いました。ドラマは終戦記念日に放送され、田中さんと主人公の交流から田中さんの戦争体験を知り、戦争が自分ごとになっていく「戦争の次代への継承」や交流から育まれる世代を超えた友情が中心になっており、また田中さんの孤独と寂寥とした切なさがしみじみ伝わってくる良い作品でした。放送を観たそのままの勢いで読みましたが、原作は田中さんとの交流から少年が成長していく物語が中心で、テイストや骨子は変わらない読みやすい作品でした。主人公が田中さんに恋でもしているかのように毎日通いつめたり、その熱中ぶりやそこから抜けていくさまが小学生男子っぽくてらしかったし、田中さんは菩薩だったし。ドラマと切り口はちょっと違っていて、原作で作品世界を多面的に味わった感じ。 ドラマは大阪の設定だったけど原作は関東の設定なのかな? どちらもそれぞれに爽やかで明るく、ちょっと泣き笑いな哀しさ、良さがありました。とても良かった。
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スケボー少年の天涯孤独な老人との74歳という年齢差を超えた交流を通じて成長する姿を描いた物語
年齢差の壁というのは周りが思うよりは遥かに高い壁な訳で……正月ぐらいは大学生の甥たちと顔を合わせる機会があるのだけど情けない事に見事なまでに交流は無い。世間には同じ様に年の離れた若年者に対し「話しかけんなオーラ」を全開にして交流を断っているという方も存外多いんじゃないだろうか? さて、前置きが長くなったが初めて手にする椰月美智子の作品となった本作だけれどもタイトルとカバーイラストから「なんかSF要素でも入れた作品なのかな?」と思って手に取った次第。 物語の方は小学6年生の拓人が近所の公園に掲げられた「スケボー禁止」の看板に絶望する場面から始まる。スケボー仲間の宇太佳や忍ともども「スケボーをする場所を奪うくらいなら最初からスケボーを売るな」と毒づく拓人だったが、ふとスケボーが出来そうな場所として近所にある花林神社の前の通りを思い付く。 以前BB弾の撃ちあいをしていたら管理人のお爺さんに「何をしているのか」と尋ねられた事もあって不安がる忍たちを率先する形で神社に向かった拓人だったが、神社前の通りは思った通りスケボーには最高の環境だった事もあり舞い上がる。 夢中でスケボーに興じていた三人だったが、不意に「何をやってるんだね」と声を掛けられて焦って言い訳を並べる拓人たちだったが、田中喜市と名乗った管理人の老人は「謝る必要なんてないじゃないか」と不思議なくらい鷹揚な態度を示す。 叱られるのではないかと不安でいっぱいだった拓人たちを他所にスケボーに対する興味を示した田中老人は「ちょっと乗ってみてもいいかい?」と足を乗せるが見事に転倒。手首の骨を折ってしまう事に。パニックになりながらも救急車を呼び、大人たちに知らせた拓人たちだったが、母親からは罰としてギプス生活となった田中老人の身の回りの世話を命じられる羽目に…… どストレートな児童文学、事前に予想したSF要素みたいな衒いも何も無いがそれが良い。74歳の年齢差を超えた交流だけじゃ話にならんだろうと思われる方もおられるかもしれないが、なかなかどうして少年の成長の物語としてしっかり仕上がっていた。 主人公の少年・拓人は小学6年生なのにいわゆる挫折経験の塊、サッカークラブを怪我で退団し中高一貫校に通う兄に続くかと学習塾に入るもあっという間に落ちこぼれ組に転落し文武ともに冴えない自分を持て余しイライラしっぱなしという状況にある。 第二次成長期で自我が目覚め始めた段階であれば「俺が、俺が」となってしまうのは無理なからぬ所なのだけれども挫折が積み重なればそれが拗れて回り全部が俺の敵みたいな状態になっても仕方無いのだけど、冒頭のスケボー禁止はその爆発のトリガーみたいなものかと。 ただ、そんな周りが何も目に入らなくなった少年の前に現れたのが拓人の事を何も否定せず、打ち込んでいたスケボーに興味を持って接してくれる不思議な老人、田中さん。大人はみんな理不尽を押し付け、自分たちを抑圧する存在であると思い込んでいた拓人にしてみれば意外過ぎる存在。 作中でも拓人の友人・忍が「まるで菩薩様だ」というぐらいには優しい老人である田中さんだけど、人生はハードそのもの。日本降伏前夜の昭和20年8月14日、熊谷空襲の帰途で余った爆弾を落としたB29により母も妹も失い、自分も足に大怪我を追って身障者に。父も兄も戦地で失っていた田中さんは拓人と同じ小学6年生で天涯孤独の身に。 拓人は田中さんの身の回りの世話をする間に自分と同い年の時に壮絶な経験を得た人がいたのだと視野狭窄になっていた自分に次第に気付かされる。その決定的なエピソードが物語中盤、田中さんが住んでいる神社の管理人住宅に無遠慮に上がり込み田中さんを除け者にした上で「あんな年寄り世間のお荷物だ」と言って憚らない大人連中に対して怒りと無力さを思い知らされる場面だろう。 田中さんの抱えてきた物を知ろうともせず、一方的な社会のお荷物呼ばわりに対して悔しさを覚えた拓人はそれまで嫌ってきた担任やクラスの面々に対して頭を下げて田中さんの戦争体験談を学校で開催する為に奔走。冒頭では自分の挫折体験や大人たちへの反発で自分の事以外は目に入らない姿を見せていた事を思えばこれは見事な少年の成長と言えるのではないだろうか? 難を言えば講演会の場で拓人たちの同級生がネットで聞きかじった様な浅薄な知識で軍国少年だった田中さんの転向を責める場面で田中さんが返した言葉が直球過ぎた事だろうか?物言い自体は非常に柔らかではあるのだけど、若干作者なりのメッセージが前に出過ぎた感があったのでそこはもう少し臭みを抑える工夫が必要だったかな、と(児童書だからストレート過ぎるぐらいが丁度良いのだと言われてしまえば返す言葉は無いのだけど) 自分の事以外頭に無かった少年が、自分とは遥かに歳の差が離れた老人の人生に触れる事で初めて「他人の為に何かを為そう」と立ち上がるまでを描いた物語。久しぶりに本格的な児童文学書に触れさせて頂いたという気になった次第。
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8月15日に読んでよかった
久々の読書だったので、タイムリーな作品を読みたいと思い選んだ本。 偶然8月15日に読み終えましたが、今日読み終えられて本当に良かったと思いました。戦争映画がなかなか8月にテレビで放送されなくなったと感じるので、こういう小説をぜひ子供にも読んでほしい。 余談ですが、ドラマの岸部一徳さんはピッタリな役者さんだと思います。
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大人が読んでも良い
良かったです