書籍情報
- 出版社
- 筑摩書房
- 発売日
- 2014-11-10
- ページ数
- 169ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.8 x 1.7 x 19.5 cm
- ISBN-13
- 9784480804532
- ISBN-10
- 4480804536
- 価格
- 700 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
18歳の娘コン、異国で騙し騙され、恋に落ちる――。軽妙、濃密な文体で語られる、めくるめく幻想恋愛冒険譚! 第30回太宰治賞受賞。短編「蟹牢のはなし」併録。
レビュー
-
独特な文体を受け入れられれば。 ※ネタバレあり
第30回太宰治賞受賞作品。 物凄く独特な文体。一人称小説……というか口語小説。かといってラノベ風でもなく。 この独特な文体についていけなければ即挫折。そんな本。 異国情緒(アジア系?)溢れるドキドキファンタジー! だと思う。ボーイミーツガール、ではあるし。最後の怒涛の展開も、ある意味シンデレラストーリー的な王道とも言えなくも……ない。やっぱり言えないか。なんとなく『これは王国のかぎ』を思い出した。 コンと一緒にアンジに恋をした。というかコンが恋に落ちる時の描写がいい。少女小説みたいにぎとぎと装飾のくどい表現じゃなくて、あんな一文で恋に落ちる瞬間を素敵に描写できるのはすごい。 純文学っぽい視点で考察すると。 まず冒頭から出てきてなんども繰り返される「おっぱい」、「ぼくパヨん」になった主人公……というキーワードから、自我は自分の認識に強く影響される、ということが描かれているようになる。アンジが女装していたり主人公が男の子になったり、性について描かれているのだけれど、それよりも自我が描かれているように感じた。夜になるとおっぱいを開放してホッとできる主人公。同収録の「蟹牢のはなし」から引用すると生きる上での擬態をしている話のように思える。 それから母国と母語について。最近読んだ『さよならオレンジ』にも同じキーワードがあって考えさせられたが、この作品はまた違う視点からこれを書いている。特に自分は本当に相手の言っている意味を思い込みじゃなく理解しているのか? たくさんの〈かもしれない〉の上に成り立っているんじゃないのか? そして〈かもしれない〉は母語同士で会話したとしてなくならないんじゃないか? いやむしろ、母語の方が強烈な主観が入り込む余地があるんじゃないか? そういうこと。 主人公と同じ母語を話すミスター・ロウ(笑)の言い方が癪に障った時、もしこれがここの不慣れな言語で話されていたのなら、自分はなんて訳したんだろうと考えて、結果ロウが随分な紳士的キャラに変化したところなんて面白い。 あと、異国の登場人物の会話は全部(日常会話に毛が生えた程度の言語能力の)主人公が訳した日本語で書かれているという設定なので、主人公の心理状態や状況でカタイ言葉に訳されたりする。(例:こっちは耳も頭も硬直してきて、入ってくるアンジの言葉まで硬直してくる)これも斬新な試みで面白い。 全体的にはおかしみのあるファンタジー小説って感じ。捧抱腹絶倒、という感じではないけどにやにやできる。 アンジは嘘つき。コンはアンジが嘘つきだって知ってた。でもアンジの嘘に意味がないわけじゃなかった。アンジの嘘を受け入れて、騙されているふりをして、だから一緒にいられた。 純文学とエンタメの違いって何だろう。またわからなくなった。
関連する文学賞
- 太宰治賞 第30回(2014年) ・受賞