日本の文学賞

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限界集落

毎日出版文化賞

限界集落

曽根英二

曽根英二が中国山地の集落に長く入り、過疎と高齢化が進む土地の暮らしを記録したノンフィクション。農業、公共交通、医療、教育の衰えを見つめながら、地域を支える人びとの営みと再生への意志を描く。

限界集落過疎地域再生農村の暮らし

作品情報

限界と呼ばれる村の暮らしから、日本社会の過疎を問い直す記録。

岡山・鳥取県境の過疎集落を中心に、限界集落という言葉の背後にある暮らしを追う。厳しい現実と、土地に残って生きる人びとの力を同時に描く。

レビュー要約

  • 現場に根ざした取材と、制度論だけでは見えない生活の細部が評価されている。地域再生の希望を描きつつ、安易な解決に寄りかからない冷静さも読みどころとされる。

書籍情報

出版社
日本経済新聞出版
発売日
2010-04-23
ページ数
358ページ
言語
日本語
サイズ
14 x 2.6 x 19.5 cm
ISBN-13
9784532167394
ISBN-10
4532167396
価格
2090 JPY
カテゴリ
本/社会・政治

瀬戸大橋開通で「置き去り」にされた島への産廃不法投棄報道で菊池寛賞を受賞したテレビディレクターが、平成の大合併で「置き去り」にされた「限界集落」に迫る。地方行政の陰に光を当てる渾身のルポルタージュ。

レビュー

  • 心の過疎だけは避けたい

    再掲 図書館本 産廃の島として有名になった豊島をスクープした曽根さんの長期取材ルポ。 読み始めると胸が締め付けられるような寂しさを感じる。子供の笑い声や、赤ん坊の泣き声がなくなった村。耕作放棄された田畑。ただそこには対面交通が出来るような立派なアスファルトの道路があるだけ。岡山県と鳥取県の県境に近い村の話から始まる。 しかし、わずかなのかも知れないが明るく見える動きもある。それが第二章からの話である。そしてそれらは行政主導では無いのだ。畜産やピオーネ種のぶどう栽培に挑む人々だ。 過疎から限界集落へ、ただ、心の過疎だけは絶対避けなければいけないのだという多くの魂の声が聞こえてくる。 はじめに―過疎を通り越した限界 プロローグ―中国山地の尾根にある村から 第一章 限界集落のくらし 全盲の農民作家のまなざし 第二章 限界集落の苦闘 蔓牛復活に人生を賭ける 第三章 何が限界なのか? 集落を成り立たせるもの 第四章 限界への挑戦 ぶどう栽培を地域の産業に 第五章 豊かな限界の島 ゴミが降る島の10年後 エピローグ―限界を乗り越える意思 おわりに

  • 現実にもこうあってほしい

    実家が限界集落に近い状態で、何とか活性化できないかと購入しました。 参考にはなりました。

  • 日本の現実が

    高度経済成長やバブル時代以降の日本の現実、特に、都市にいては見えない地方の危機的な現実が描かれている。多くの人たちに読んでほしい本。また前著『ゴミが降る島―香川・豊島 産廃との「20年戦争」』(日本経済新聞社, 1999)も名著なので再刊、もしくは増補版で刊行してほしい。

  • 産業のないところに人は住めない

    東京一極集中の一方で、多くの限界集落がある。 「産業のないところに人は住めない。」

  • 限界集落と呼ばれる地域を、内側からの視点で捉えた一冊

    2・3年前から耳に入って来るようになった「限界集落」という言葉。 これが具体的に何を意味するのか?、実際に限界集落と呼ばれている集落の実態はどうなのか?と いう点を、岡山県北西部に位置する新見市のそれを一例として迫った一冊。 (ちなみに限界集落数は中四国が一番多く、その中でも岡山県が最も多い) 足掛け3年に渡る取材により、(対象先の地域性や、そこに住んでいる人々の性格、何よりも著者の 人柄に寄るのだろうが)そこで生きる人々(生きざるを得ない&生きることを選んだ人)と風景を 鮮やかに描いています(対象に対する著者の好意が文脈から感じられます)。 ・おらが地区に住まう夫婦二人 ・国もJAも無視する中、自腹で和牛の基本種となる牛を育てる酪農家 ・限界に立ち向かう或るモデル地域の奮闘 ・ぶどう(ピオーネ)栽培を起爆剤に、就農希望者を呼び寄せる地区 これに加えて著者が長年取り組んできた瀬戸内海に浮かぶ豊島(産廃投棄問題で揺れた島)の 最新動向を加えています。 少子化と同様に静かながらも少しずつ悪化しているこの問題について考える一助となる一冊だと 考えます。

  • せっかくの取材がもったいない!

    都会の「無縁社会」と対をなす農村の「限界集落」、これからの日本を見通すのにぴったりだと思い購入しました。著者がとても時間のかかる取材を、丁寧に行っているのは伝わります。その姿勢には頭が下がります。ただ、素材がそのままの形で紙面に叩きつけられているので、読むと散漫で印象に残りません。内容を整理したり文章を直したり、編集に手間をかければ、何も知らない都会人に強く訴えかける名著となったと思います。とても残念です。

  • 望ましい消滅方法には触れられておらず,定義が不適切かつ間違っているので鼻白む。

    人口が減少(増加)すれば集落が消滅(新規に成立)することがあるのは自明である。 この本には,人の誕生と死亡,流出と流入といった人口の増減要因をある程度コントロールするにしても,コントロールしきれず集落が消滅する場合,どのように消滅することが望ましいかの観点は含まれておらず,集落の消滅を避けるためどのように人口の増減要因をコントロールするかに関して,岡山・鳥取県境の過疎の集落における密着取材を通して例証している。 なお,耳慣れない言葉「限界集落」は,大野晃教授が1991年に提唱した概念だという。 集落はある日突然消滅するわけではなく,概ね存続集落→準限界集落→限界集落→消滅集落の経過をたどって消滅するとの指摘は慧眼であろう。 この本の冒頭p.4においても,大野教授の論文を引用する形で, -集落を「存続集落」「準限界集落」「限界集落」「消滅集落」の4つに区分 -存続集落:55歳未満の人口が50%超 -準限界集落:55歳以上の人口が50%超 -限界集落:65歳以上の人口が50%超 -消滅集落:人口ゼロ との趣旨の概念の説明・定義がある。 定義が不適切かつ間違っているので鼻白む。 (不適切な引用のせいかもしれないが)限界集落に該当すれば準限界集落から除く旨の定義が不足しており不適切。集落を区分するのであるから,区分間は重複しないように定義したはず。 間違いは「集落を4つに区分」したという部分。集落の内,上記の4つの定義のいずれにも該当しないものが存在する以上,上記4区分に加えて「4つのいずれにも該当しない集落」の5つに区分していることになる。

  • 限界集落に住み続けると言う事

    国の最小公約数が村ではないのか?毛細血管を無くし手足が機能しなくなり、頭だけになってもそれは国と呼べるのだろうか?微力ながら、細胞達の自ら手足を持ち考え、行動する姿に希望がみえる。

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