アーサー・ウェイリー—『源氏物語』の翻訳者
『アーサー・ウェイリー』は、平川祐弘による作品で、2009年の受賞作として記録されている。作品名と著者名で国立国会図書館サーチを確認し、単独書籍として一致する資料がある場合のみ紙書籍の識別子を採用した。
作品情報
平川祐弘の『アーサー・ウェイリー』は、受賞歴と刊行形態を手がかりに読まれる作品である。
平川祐弘による『アーサー・ウェイリー』について、単独の単行本・文庫・短編集として確認できる資料を優先し、掲載誌や雑誌号の識別子は除外した。受賞作そのものを対象に、刊行状況と書籍としての同定可能性を中心にまとめている。
書籍情報
- 出版社
- 白水社
- 発売日
- 2008-11-11
- ページ数
- 488ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784560031919
- ISBN-10
- 4560031916
- 価格
- 6272 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/評論・文学研究/日本文学研究
20世紀初頭、ウェイリーの英訳によって『源氏物語』は世界文学の傑作としての地位を占めるにいたる。本書は彼の生涯と業績、翻訳の妙を伝え、『源氏物語』の魅力を存分に語る。
レビュー
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類書が無い
けっこう分厚くて、読み切るのは苦労する。ただ、それだけ内容のある本。 研究者の今井上先生の紹介で読んだが(師のレクチャーにもよく登場する本)、少し高くても買って手元において良かったと思える本。
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才人として
『源氏物語』の英訳者として知られるアーサー・ウェイリーの伝記であり、研究書でもある一冊だ。 その生涯を詳しく知ることができるとともに、訳文の細かなところも点検・評価されている。そのあたりの細かさがさすが。 著者は、隠すことのないウェイリーびいき。少しひいきが過ぎるのではないかと思ってしまうくらいだ。 イギリスなど欧米文化圏での日本文学の需要という問題にも、鋭く突っこんでいる。 どのような翻訳をよしとするかの翻訳論の側面もあり、さまざまに考えさせられる一冊であった。 全体としては、平川祐弘という「才人」の作品という印象。
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ウェーリー訳源氏を読まざるは遺恨なり
藤原俊成は、源氏読まざる歌詠みは遺恨のことなりと言ったそうだが、アーサー・ウェイリーの源氏訳を読まざる源氏研究者は遺恨のことなりと、本書を読んで感じた次第。
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サイデンステッカー批判の誤り
ウェイリーを礼讃し、サイデンステッカーを批判するという底流があるが、その部分は誤りである。平川は、光源氏が空蝉とセックスしたのを、空蝉が「ナイトメア」と感じたとサイデンが訳したため、「源氏」はレイプの書であると英語圏で言われるようになったとサイデンを批判しているが、英語圏で問題になったのはむしろ浮舟に対する匂宮のレイプである。また日本でも「源氏」における強姦を論じる論文はあった。これはサイデンが天皇制に対して批判的であったための平川のイデオロギー的身振りでしかない。
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この本を読まずして
一度も日本を訪れることの無かったウェイリーであるが、彼のイマジネーションはやはり天才であったということでしょう。西洋文化の絶対的優越が信じられていて、日本文学には見るべきものがあるとは思われてもいなかった時代、英国の文壇に一大センセーションを巻き起こしたのは彼の仕業でした。中国詩の翻訳から能楽脚本に移り、その能楽研究の中にたびたび登場する源氏物語の登場人物にまつわる話の出典元を調べる為に、「源氏物語」を取り寄せて読み始めたといいます。ウェイリーは第一次対戦後、スキーをするためにロンドンからスイスに向かう旅に、取り寄せた「源氏物語」を持参した。「あんな奇妙な旅をしたことは前にも後にもない」と回想するほどにのめり込んだ日本語の「源氏物語」でした。「自分がどうやってドーヴァーで連絡船に乗り込んだか、またカレーでフランス国鉄の列車に乗り継いだか、一切記憶に浮かばなかった」と云います。それがキッカケで翻訳を思い立つのですが、どこの出版社も引き受けそうにないと心配しながらも「かつて世界で書かれた大小説の三つに入る」と認識し、良き理解者(書店の店主)にも恵まれ、それから11年の歳月をかけ翻訳されていったのでした。西洋文学を日本に紹介した森鴎外の業績以上に、西洋に日本文学をしらしめたウェイリーの業績を知らずば日本知識人にあらじ、といったところでしょうか。平川先生の比較文学の手法を存分に発揮された名著であると思います。
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翻訳というものはどういうものかを考えさせる内容
NHK大河ドラマ「光る君へ」100分de名著「ウェイリー阪 源氏物語」を見て、「源氏物語」とその翻訳者である「ウェイリー」という人物に興味を覚えて本書を購入した。ウェイリーの翻訳とサイデンステッカーの翻訳との対比などは、翻訳とはどうあるべきかを考えさせる所だ、原典に忠実であることを売りにしている翻訳本に一石と投じている。ウェイリー阪源氏物語を読んで、意味が分かったという意見もあるのも不思議なものだ。原文、英訳文、その日本語訳とややこしい所がまた興味深い。この三視点を取り上げている書籍はないものかと思う。
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天才よく天才を知る
アーサー・ウェイリーはこの伝記によるとずいぶん偏奇な人物だったようです。そうしたエピソードもなかなか興味深いものがありますが、源氏物語を読み解く力とそれを格調高い英文に置き換える力を共に備えた文学者はそうそう現れるものではないのでしょう。紫式部は日本が誇る天才ですが、ウェーリーもまた天才に恵まれた人物だったことがよくわかります。
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もう一つの源氏物語
表題および本文「むすびに」にしたがえば、本書は源氏物語の英訳者、アーサー・ウェイリーの評伝である。その「むすびに」のまた後にくる「あとがき」には「ウェイリーの人と業績とを語り、その翻訳の詩文の妙味を伝え、世界の中の源氏物語の魅力を説こうとするのが狙いである」とも書かれている。著者はここに示された二つの意図を見事に実現しているが、本書は評伝としてよりは「源氏物語の魅力」を伝えることの方でより大きな成功を収めている。 源氏物語が表面的にせよ日本人の間であまねく知られている反面、その(日本を含む)世界への紹介者であるアーサー・ウェイリーが忘れられようとしていることを考えればこの表題に異を唱える必要はない。しかし本書から得られる最大のものは、多岐にわたるウェイリーの業績や人物像よりはむしろ、遠い異国の古典『源氏物語』の魅力に取りつかれてやまなかった孤高の翻訳者の姿である。すぐれた伝記作家であるヒラリー・スパーリングは、中世の学僧か隠遁者のように思われていたウェイリーが「ある面ではこのうえなく社交的な人であった」として「かれほど広範囲な分野に友人をもつ人はいないだろう」という友人の言葉を紹介している。(アリスン・ウェイリーの著書への「序」) ウェイリーは単に字句を追うだけの翻訳者ではなかった。筋道を立てた彼の流麗な英文は源氏物語をしてもう一つの源氏物語、1920年代の”The Tale of Genji”へと昇華させたといって過言ではないだろう。著者はこのことを丹念な記述によって納得させてくれる。比較文学者としての著者の博捜ぶりも特筆に値する。ウェイリーの翻訳が西洋とは別のところ、つまり当時の日本の文学界に及ぼした影響も興味深い。アイヴァン・モリスの編纂になるウェイリーの追悼アンソロジー“Madly Singing in the Mountains”について著者は「何冊あの本を親しい知友に贈ったことだろう」という。同書は幾つかの追悼文のほかは中国と日本の古典の翻訳にほぼ半分ずつのスペースを割いており、そこには本書に引用されている多くの詩文を見出すことができる。