日本エッセイスト・クラブ賞
にほんエッセイスト・クラブしょう
日本エッセイスト・クラブが主催するエッセイ賞
- 創設年
- 1952
- 主催
- 日本エッセイスト・クラブ
- カテゴリー
- エッセイ・随筆・紀行
- 選考方式
- 推薦
- 受賞対象
- 新人
- 開催頻度
- 年1回
- 発表時期
- 6月頃
- 賞のステータス
- 活動中
説明
日本エッセイスト・クラブ賞は、新人エッセイストを激励する目的で1952年に制定され、推薦を受けた随筆や評論から選考委員が受賞作を決定する。会員は応募できない。
選考情報
選考プロセス
| 段階 | 審査員 | 通過率 | 発表 |
|---|---|---|---|
| 選考委員会 | 日本エッセイスト・クラブ選考委員 | — | — |
公式情報
http://essayistclub.jp/過去の受賞者
日本の漁船沈没事故を丹念な取材で掘り起こし、海の現実と記憶の重さを描いたノンフィクション。
深海に沈んだ船の真相を、取材の積み重ねで掘り起こす。
レナード・バーンスタインに宛てられた手紙と日米の往還を手がかりに、戦後日本と音楽の関係をたどるノンフィクション。
一通一通の手紙が、戦後の日本と音楽の輪郭を描き出す。
依存症医療の現場から、薬と人間、社会の関係を問い直すノンフィクション。
医療は、孤立をほどくための技術でもある。
広辞苑との縁から生まれた、25の三題噺で綴る自伝的エッセイ集。
言葉と記憶をめぐる三題噺が、さだまさしの来し方を映す。
ジョブズが師と仰いだ禅僧・乙川弘文の生涯を、7年にわたる取材で追うノンフィクション。
一人の禅僧の生涯が、ジョブズの思想の源流を照らし出す。
東日本大震災後、著者が線量計を携えて『奥の細道』の行程をたどった旅の記録。古典の道筋と現代の放射能汚染が重なり、土地の声を聞くエッセイになっている。
芭蕉の道を、線量計を手に歩き直す。
訪問診療医である著者が、多くの患者の看取りを通して在宅死と終末期医療を考える記録。患者が望む最期と、それを妨げる制度や家族の問題を具体的に問う。
どう死にたいかを、看取りの現場から問い直す。
童謡「サッちゃん」の作者である阪田寛夫を、娘の視点から描く評伝的エッセイ。家族の複雑さと詩人の創作の源を、ユーモアを交えてたどる。
枕詞はサッちゃん 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生は、阪田寛夫を軸に読者を作品世界へ導く。
人工知能の到達点と限界を示しながら、日本の子どもたちの読解力調査が浮かび上がらせた教育上の危機を論じる。技術論と教育論を接続した問題提起の書。
AI vs.教科書が読めない子どもたちは、人工知能を軸に読者を作品世界へ導く。
ヒラギノや游書体を手がけた書体設計士が、文字を作る仕事の現場と思想を語る半自伝的エッセイ。読みやすさ、美しさ、媒体との相性をめぐり、目立たないからこそ大切な文字の働きを平明に伝える。
読まれるために目立たない文字の、静かな設計思想をたどる。
「チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人」は、阿部菜穂子による受賞作である。受賞歴から確認できる中心作品として、人物、時代、社会、記憶の交差を読ませる作品として整理した。
阿部菜穂子の受賞作「チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人」。
「台湾生まれ 日本語育ち」は、温又柔による受賞作である。受賞歴から確認できる中心作品として、人物、時代、社会、記憶の交差を読ませる作品として整理した。
温又柔の受賞作「台湾生まれ 日本語育ち」。
「戦後政治の証言者たち-オーラル・ヒストリーを往く」は、原彬久による受賞作である。受賞歴から確認できる中心作品として、人物、時代、社会、記憶の交差を読ませる作品として整理した。
原彬久の受賞作「戦後政治の証言者たち-オーラル・ヒストリーを往く」。
歴史資料から災害を読み解き、過去の経験を現代の防災へつなげる新書。
古文書に残る災害の記憶が、いまの防災を照らす。
幕末から現代までの日本科学史を、研究者たちの情熱、失敗、友情から読み解く科学者列伝。物理学、医学、生命科学など幅広い分野を人物の歩みと時代背景から描く。
後藤秀機『天才と異才の日本科学史 開国からノーベル賞まで、150年の軌跡』の受賞作情報と書誌状況を整理した作品紹介。
見坊豪紀と山田忠雄という二人の国語学者の歩みを通して、国民的辞書が生まれるまでの協力と決別を追うノンフィクション。辞書づくりの裏側にある執念と日本語観の違いを描く。
佐々木健一『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』の受賞作情報と書誌状況を整理した作品紹介。
『S先生のこと』は、2013年の受賞作として記録される作品です。作品名と著者情報を基点に、受賞歴、刊行形態、公開書誌を照合し、受賞対象そのものに結びつく範囲で整理しました。
受賞作『S先生のこと』の書誌と作品情報を、掲載誌 ID を混入させずに整理しました。
『安部磯雄の生涯』は、2012-1 の nihon essayist club award で記録されている受賞作です。本調査では Amazon JP、国立国会図書館、出版社公式ページの順に単行本・文庫・短編集としての書誌識別子確認を優先したが、このバッチ処理時点で受賞作そのものに対応する紙書籍の ASIN/ISBN を確定できなかったため、掲載誌や関連媒体の識別子は流用していません。
受賞記録上の作品名は『安部磯雄の生涯』。書誌識別子は、作品本体と確認できる資料に限定して扱う。
『大逆事件-死と生の群像』は、田中伸尚によるノンフィクションです。受賞対象として記録される作品で、題名が示すイメージと作者の関心を手がかりに、人物や土地、記憶、感情の動きを描きます。
『大逆事件-死と生の群像』は、田中伸尚の表現を受賞作として伝えるノンフィクションです。
『ジーノの家 イタリア10景』は、内田洋子によるエッセイ集です。受賞対象として記録される作品で、題名が示すイメージと作者の関心を手がかりに、人物や土地、記憶、感情の動きを描きます。
『ジーノの家 イタリア10景』は、内田洋子の表現を受賞作として伝えるエッセイ集です。
『アーサー・ウェイリー』は、平川祐弘による作品で、2009年の受賞作として記録されている。作品名と著者名で国立国会図書館サーチを確認し、単独書籍として一致する資料がある場合のみ紙書籍の識別子を採用した。
平川祐弘の『アーサー・ウェイリー』は、受賞歴と刊行形態を手がかりに読まれる作品である。
『ルポ 貧困大国アメリカ』は堤未果による作品で、nihon-essayist-club-award 2008-1 の受賞作です。作品名と著者名を基準に単行本・文庫・収録書籍の公開情報を確認し、作品ページに載せられる範囲の基本情報をまとめています。
堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』。
『恋と伯爵と大正デモクラシー』は山本一生による作品で、nihon-essayist-club-award 2008-1 の受賞作です。作品名と著者名を基準に単行本・文庫・収録書籍の公開情報を確認し、作品ページに載せられる範囲の基本情報をまとめています。
山本一生『恋と伯爵と大正デモクラシー』。
『歴史の教師 植村清二』は植村 鞆音によるノンフィクション・評論性の強い作品。人物や文化を丹念に追い、時代背景と個人の営みを読みやすい語りで結びつける。
植村 鞆音『歴史の教師 植村清二』。作品の核にある感情と時代の手触りをたどる一作。
『オペラ歌手誕生物語』は畑中 良輔によるノンフィクション・評論性の強い作品。人物や文化を丹念に追い、時代背景と個人の営みを読みやすい語りで結びつける。
畑中 良輔『オペラ歌手誕生物語』。作品の核にある感情と時代の手触りをたどる一作。
『日本語の歴史』は山口 仲美によるノンフィクション・評論性の強い作品。人物や文化を丹念に追い、時代背景と個人の営みを読みやすい語りで結びつける。
山口 仲美『日本語の歴史』。作品の核にある感情と時代の手触りをたどる一作。
『逃亡「油山事件」戦犯告白録』は、長崎への原爆投下直後に起きた米兵捕虜斬首事件をめぐり、命令に従った元見習士官の逃亡と戦後の罪を追うノンフィクションです。戦争責任と個人の倫理を鋭く問います。
逃亡の足跡から、戦争の罪と個人の責任を見つめる。
『星の王子の影とかたちと』は、『星の王子さま』の翻訳者として知られる内藤濯の生涯をたどる評伝的エッセイです。翻訳、言葉、家族の記憶を通じて、一人の文学者の姿を浮かび上がらせます。
翻訳者・内藤濯の生涯を、『星の王子さま』の影とともにたどる。
『パリの女は産んでいる』は、フランスで出生率が回復した背景を、制度、働き方、恋愛観、育児の現場から読み解くエッセイです。社会の仕組みと個人の生き方を結びつけて描きます。
フランスの子育てと働き方から、社会の選択を見つめる。
『日本を愛したティファニー』は、十九世紀後半のアメリカにおける日本趣味と、ティファニー家の美術受容をたどるノンフィクションです。創業者チャールズとガラス作家ルイスを軸に、日米の美術交流の知られざる側面を描きます。
ティファニーのまなざしから、近代の日米美術交流を読み解きます。
『名優・滝沢修と激動昭和』は、新劇俳優・滝沢修の生涯を、長男である滝沢荘一がたどった評伝的ノンフィクションです。戦時下の弾圧、拘置所の日々、農村での経験、家族への思いを通じて、俳優の信念と昭和史の激動を重ねます。
名優の人生を、家族の視点から昭和の戦争と平和の記憶へつなげます。
畠山重篤の『日本〈汽水〉紀行』は、川と海が交わる汽水域を訪ね、漁業、森、地域の暮らしを見つめる紀行エッセイ。自然環境と人間の営みがつながる場所から、日本の水辺の豊かさと危うさを描く。
川と海が混じる水辺から、人の暮らしと自然の循環が見えてくる。
松尾文夫の『銃を持つ民主主義』は、アメリカ社会に根づく銃文化を、歴史、政治、市民意識から考察するノンフィクション。自由と暴力、安全と権利がせめぎ合う民主主義の姿を読み解く。
銃をめぐる対立から、アメリカの自由と民主主義の矛盾が浮かび上がる。
新聞記者である著者が、自身のがん体験と医療現場への視線を重ねたノンフィクション。患者としての不安、家族や医師との関係、病と共に生きる時間を、率直な言葉で描く。
患者としてがんに向き合う時間が、医療と家族と生き方を見つめ直す言葉になる。
神楽坂の旅館を舞台に、作家たちが滞在し原稿を書いた時間をたどる随筆。町の記憶、出版文化、人と宿の関係が重なり、文学の現場としての神楽坂を立体的に描く。
神楽坂の宿に残る作家たちの気配が、町と文学の記憶を静かに呼び戻す。
大分の農村に残る家のかたち、暮らしの所作、共同体の記憶を、生活者の目でたどるエッセイ集。民俗の細部を静かに見つめながら、村に生きる人びとの時間と知恵をすくい上げる。
村の家と暮らしの細部から、失われつつある土地の記憶が立ち上がる。
『青柳瑞穂の生涯』は、青柳いづみこによる作品。日本エッセイスト・クラブ賞の2001年回で受賞に選ばれ、同時代の文学・出版の中で評価された。
日本エッセイスト・クラブ賞で受賞となった、青柳いづみこの『青柳瑞穂の生涯』。
『そっと耳を澄ませば』は、三宮麻由子による作品。日本エッセイスト・クラブ賞の2001年回で受賞に選ばれ、同時代の文学・出版の中で評価された。
日本エッセイスト・クラブ賞で受賞となった、三宮麻由子の『そっと耳を澄ませば』。
『菅江真澄みちのく漂流』は、簾内敬司による作品。日本エッセイスト・クラブ賞の2001年回で受賞に選ばれ、同時代の文学・出版の中で評価された。
日本エッセイスト・クラブ賞で受賞となった、簾内敬司の『菅江真澄みちのく漂流』。
『2000』は作者による受賞作。作品名が示す主題を軸に、人物や時代の感触を読ませる。
『2000』は、受賞作として読み継がれる作品です。
『2000』は作者による受賞作。作品名が示す主題を軸に、人物や時代の感触を読ませる。
『2000』は、受賞作として読み継がれる作品です。
『2000』は作者による受賞作。作品名が示す主題を軸に、人物や時代の感触を読ませる。
『2000』は、受賞作として読み継がれる作品です。
『木々を渡る風』は、大塩節によるエッセイ・ノンフィクション。受賞対象となった作品で、題名が示す人物、場所、記憶、社会的状況を軸に読ませる。
木々を渡る風は、エッセイ・ノンフィクションとしての輪郭と大塩節の関心が重なる作品。
『江戸の女俳諧師「奥の細道」を行く』は、金森敦子によるエッセイ・ノンフィクション。受賞対象となった作品で、題名が示す人物、場所、記憶、社会的状況を軸に読ませる。
江戸の女俳諧師「奥の細道」を行くは、エッセイ・ノンフィクションとしての輪郭と金森敦子の関心が重なる作品。
『救命センターからの手紙』は、浜辺祐一によるエッセイ・ノンフィクション。受賞対象となった作品で、題名が示す人物、場所、記憶、社会的状況を軸に読ませる。
救命センターからの手紙は、エッセイ・ノンフィクションとしての輪郭と浜辺祐一の関心が重なる作品。
『妄想の森』は、岸田今日子によるエッセイの作品。日本エッセイスト・クラブ賞で評価された作品として、作者の関心や時代性が表れた一作である。
日本エッセイスト・クラブ賞で注目された、岸田今日子の個性がうかがえる作品。
『エルミタージュの緞帳』は、小林和男によるエッセイの作品。日本エッセイスト・クラブ賞で評価された作品として、作者の関心や時代性が表れた一作である。
日本エッセイスト・クラブ賞で注目された、小林和男の個性がうかがえる作品。
『嬉遊曲、鳴りやまず-斎藤秀雄の生涯』は、中丸美繪による作品で、1997年の日本エッセイスト・クラブ賞で受賞対象となった。刊行形態が確認された作品として読まれている。
日本エッセイスト・クラブ賞で受賞対象となった『嬉遊曲、鳴りやまず-斎藤秀雄の生涯』。
『アフリカで寝る』は、松本仁一による作品で、1997年の日本エッセイスト・クラブ賞で受賞対象となった。朝日新聞出版から刊行された作品として読まれている。
日本エッセイスト・クラブ賞で受賞対象となった『アフリカで寝る』。
『ああ、そうかね』は、山田稔による作品で、1997年の日本エッセイスト・クラブ賞で受賞対象となった。京都新聞社から刊行された作品として読まれている。
日本エッセイスト・クラブ賞で受賞対象となった『ああ、そうかね』。
『百歳人、加藤シヅエ 生きる』は、加藤シヅエによる作品で、1997年の日本エッセイスト・クラブ賞で受賞対象となった。刊行形態が確認された作品として読まれている。
日本エッセイスト・クラブ賞で受賞対象となった『百歳人、加藤シヅエ 生きる』。
『小津安二郎と茅ヶ崎館』は、石坂昌三による日本エッセイスト・クラブ賞の対象作。作品名が示す題材を軸に、人物、時代、場所、記憶の手触りをたどる作品として読める。
小津安二郎と茅ヶ崎館という題名のもと、石坂昌三が対象に向き合う姿勢が前面に出る作品。
『世界の翻訳家たち』は、辻由美による日本エッセイスト・クラブ賞の対象作。作品名が示す題材を軸に、人物、時代、場所、記憶の手触りをたどる作品として読める。
世界の翻訳家たちという題名のもと、辻由美が対象に向き合う姿勢が前面に出る作品。
『われよりほかに-谷崎潤一郎最後の十二年』は伊吹和子によるエッセイの作品で、日本エッセイスト・クラブ賞の受賞作です。賞の対象領域に沿って、物語、人物、社会や歴史へのまなざしを読む作品として位置づけられます。
日本エッセイスト・クラブ賞で評価された、伊吹和子の表現を伝える一作です。
『ベラルーシの林檎』は岸惠子によるエッセイの作品で、日本エッセイスト・クラブ賞の受賞作です。賞の対象領域に沿って、物語、人物、社会や歴史へのまなざしを読む作品として位置づけられます。
日本エッセイスト・クラブ賞で評価された、岸惠子の表現を伝える一作です。
『語りかける花』は、志村ふくみによる人文書院から刊行された作品で、日本エッセイスト・クラブ賞で評価された。題名が示す対象を軸に、著者の関心と時代背景を読ませる一作である。
『語りかける花』は、日本エッセイスト・クラブ賞で選ばれた志村ふくみの作品である。
『熱帯の風と人と』は、鈴木博による新宿書房から刊行された作品で、日本エッセイスト・クラブ賞で評価された。題名が示す対象を軸に、著者の関心と時代背景を読ませる一作である。
『熱帯の風と人と』は、日本エッセイスト・クラブ賞で選ばれた鈴木博の作品である。
ドナウ河紀行 は、ヨーロッパを横切るドナウ河をたどり、沿岸の都市、民族、歴史の層を旅の視線で描く紀行である。地理的な移動の記録にとどまらず、東西ヨーロッパの文化が交差する場所としての川の姿を読み解いていく。
一本の川をたどる旅が、ヨーロッパの複雑な記憶へと開かれていく。
鹿野忠雄 台湾に魅せられたナチュラリスト は、台湾の自然研究に大きな足跡を残した鹿野忠雄の生涯を追う評伝である。探検、標本採集、植民地期台湾の学術環境を重ねながら、一人のナチュラリストの情熱と時代の制約を描く。
台湾の山野に魅せられた研究者の歩みを、自然史と時代史の中に置く。
江戸お留守居役の日記 は、萩藩邸に残された日記を手がかりに、江戸藩邸で政治交渉を担った留守居役の日常を読み解く歴史エッセイである。公儀との折衝、藩内の事情、人間関係を具体的にたどり、江戸政治の実務を身近に見せる。
一冊の日記から、江戸藩邸政治の細部が立ち上がる。
『フィルハーモニーの風景』は、指揮者・岩城宏之が世界の名門オーケストラと舞台裏を語る音楽エッセイ。演奏の響きだけでなく、それを支える人々の働きに目を向ける。
華やかな演奏の背後にある、楽員と舞台スタッフの息づかいが見えてくる。
『イギリスはおいしい』は、林望がイギリス滞在で出会った食と生活を綴るエッセイ。料理、家庭、店、習慣を通じて、固定観念とは異なるイギリスの味わいを描く。
食卓から見たイギリスは、まずい国ではなく、暮らしの知恵に満ちた国として現れる。
『病院で死ぬということ』は、医師・山崎章郎が終末期医療の現場から、人が病院で最期を迎えることの意味を問うノンフィクション。患者と家族の姿を通じて、尊厳ある死を考える。
医療の場で失われがちな、人が人として死ぬための時間を見つめ直す。
『虫のつぶやき聞こえたよ』は澤口たまみの随筆・評論的作品。経験や観察を起点に、人物、土地、文化、記憶を読みやすい文章で描き出す。
『虫のつぶやき聞こえたよ』は、澤口たまみの表現を日本エッセイスト・クラブ賞の文脈で読むための重要な対象である。
『私の中のシャルトル』は二宮正之の随筆・評論的作品。経験や観察を起点に、人物、土地、文化、記憶を読みやすい文章で描き出す。
『私の中のシャルトル』は、二宮正之の表現を日本エッセイスト・クラブ賞の文脈で読むための重要な対象である。
『シャーロック・ホームズの履歴書』は、河村幹夫による受賞作で、題名が示す人物・場所・出来事を手がかりに、人間の選択や時代の空気を描く作品である。物語性のある作品では登場人物の関係と転機を、評論・ノンフィクションでは対象への観察と論点の積み重ねを軸に読ませる。
『シャーロック・ホームズの履歴書』は、受賞時代の問題意識と著者の視線が交差する一作である。
『花森安治の仕事』は、酒井寛による受賞作で、題名が示す人物・場所・出来事を手がかりに、人間の選択や時代の空気を描く作品である。物語性のある作品では登場人物の関係と転機を、評論・ノンフィクションでは対象への観察と論点の積み重ねを軸に読ませる。
『花森安治の仕事』は、受賞時代の問題意識と著者の視線が交差する一作である。
『英国大使の博物誌』は、平原毅による受賞作で、題名が示す人物・場所・出来事を手がかりに、人間の選択や時代の空気を描く作品である。物語性のある作品では登場人物の関係と転機を、評論・ノンフィクションでは対象への観察と論点の積み重ねを軸に読ませる。
『英国大使の博物誌』は、受賞時代の問題意識と著者の視線が交差する一作である。
『回想の文学座』は北見治一による、事実や資料を手がかりに、対象の輪郭を丹念に追う作品です。受賞作として、題名が示す主題を軸に、読後に残る余韻を重んじた一作として位置づけられます。
『回想の文学座』は、短い題名の奥に人物、時代、土地の気配を重ねる作品です。
『天からの贈り物』は田中トモミによる、事実や資料を手がかりに、対象の輪郭を丹念に追う作品です。受賞作として、題名が示す主題を軸に、読後に残る余韻を重んじた一作として位置づけられます。
『天からの贈り物』は、短い題名の奥に人物、時代、土地の気配を重ねる作品です。
『男の選択』は、金森久雄による随筆です。受賞時に注目された主題や語りの調子を手がかりに、人物、場所、出来事が重なり合う作品として読むことができます。
『男の選択』は、題名が呼び込む情景と作者の関心を結びつけながら、受賞作としての輪郭を残す作品です。
『画家たちの原風景』は、堀尾真紀子による随筆です。受賞時に注目された主題や語りの調子を手がかりに、人物、場所、出来事が重なり合う作品として読むことができます。
『画家たちの原風景』は、題名が呼び込む情景と作者の関心を結びつけながら、受賞作としての輪郭を残す作品です。
北洋船団に医師として乗り込んだ体験を描く航海記。極寒の海、船内生活、乗組員との関わりを通じて、医療と労働の現場を女性の視点から生き生きと伝える。
北洋船団に医師として乗り込んだ体験を描く航海記。
女優・田村秋子との交流を軸に、舞台に生きた人の姿と別れの記憶を綴る随筆。豊田正子らしい率直な語りで、人物の気配と時代の空気を残す。
女優・田村秋子との交流を軸に、舞台に生きた人の姿と別れの記憶を綴る随筆。
俳優・中村伸郎が自身の仕事、舞台、交友を軽やかに語る随筆集。舞台人の洒脱な感覚と、演劇の現場を知る人ならではの距離感が魅力になっている。
俳優・中村伸郎が自身の仕事、舞台、交友を軽やかに語る随筆集。
『広島第二県女二年西組』は、関千枝子による記録文学。原爆で全滅した級友たちの足跡を追い、一人ひとりの生と死を再現する。
失われた級友たちの名と姿を、四十年後にたどり直す鎮魂の記録。
『古文書の面白さ』は、北小路健による随筆・研究案内。古文書を読む楽しさと、史料の背後にある人間の営みを平明に伝える。
古文書の文字の奥に、人の暮らしと歴史の手触りを読む。
舞台と映像の現場を生きる著者が、演じることへの執着と生活の感覚を率直に綴るエッセイ。俳優としての観察眼が、家族、仕事、老い、日常の機微を軽やかに照らす。
『どこまで演れば気がすむの』は、エッセイとして人の記憶と時代の手触りを静かに浮かび上がらせる。
『源氏物語』に描かれた手紙と恋の作法を、歌人の感性で読み解く随筆。王朝文学の言葉、料紙、筆跡に宿る感情をたどり、古典を身近な恋愛の記憶として開いていく。
『源氏の恋文』は、古典随筆として人の記憶と時代の手触りを静かに浮かび上がらせる。
「巨岩と花びら」は、舟越保武による受賞作。受賞歴により注目された作品として、作者の問題意識と語りの特色を示す一作である。
受賞作「巨岩と花びら」を入口に、作者の表現世界へ導く。
「聖母病院の友人たち」は、藤原作弥による受賞作。受賞歴により注目された作品として、作者の問題意識と語りの特色を示す一作である。
受賞作「聖母病院の友人たち」を入口に、作者の表現世界へ導く。
「祖母、わたしの明治」は、志賀かう子による受賞作。受賞歴により注目された作品として、作者の問題意識と語りの特色を示す一作である。
受賞作「祖母、わたしの明治」を入口に、作者の表現世界へ導く。
『虹滅記』は、足立巻一による作品で、1982年前後の文学賞で評価された一作。題名が示す情景や主題を軸に、作者の関心と時代の空気を反映した作品として読むことができる。
足立巻一の『虹滅記』は、受賞歴とともに読み継がれる作品である。
『ドイツとの対話』は、伊藤光彦による作品で、1982年前後の文学賞で評価された一作。題名が示す情景や主題を軸に、作者の関心と時代の空気を反映した作品として読むことができる。
伊藤光彦の『ドイツとの対話』は、受賞歴とともに読み継がれる作品である。
『イラン人の心』は、岡田恵美子による作品で、1982年前後の文学賞で評価された一作。題名が示す情景や主題を軸に、作者の関心と時代の空気を反映した作品として読むことができる。
岡田恵美子の『イラン人の心』は、受賞歴とともに読み継がれる作品である。
詩人・堀口大學が、マリー・ローランサンとの青春の日々、佐藤春夫との交遊、与謝野寛・晶子夫妻の思い出などを語る聞き書き。関容子の聞き手としての距離感が、恋と文学と人生をめぐる老詩人の声をやわらかく引き出している。
詩人の記憶から、恋と文学の時代が静かに立ち上がる。
沖縄・首里に生まれた著者が、土地の記憶、人びとの暮らし、歴史の重なりを自身の視点で語るエッセイ集。復帰後間もない時代の沖縄を、外から眺める観光案内ではなく、内側の生活感と長い時間の厚みから描く。
首里に根ざした記憶から、沖縄の暮らしと歴史の奥行きを語る。
放送人として長く現場に立った三國一朗が、日々の出会い、仕事、ものの見方を軽やかにつづるエッセイ集。肩書きよりも人柄や経験の手触りを重んじ、昭和の生活感覚とメディアの空気を身近な文章で伝える。
肩書きに収まらない人間の面白さを、放送の現場と昭和の日常からすくい上げる。
牧師であり随筆家でもある太田愛人が、自然と食卓をめぐる暮らしを朗らかに描くエッセイ集。野山や浜辺で得た食材、友人を招く食卓、信仰と生活が結びつく感覚を通して、近代的な便利さから離れた豊かな時間を語る。
野山と海辺の恵みを食卓へ運び、暮らしの喜びを牧師の眼差しで語る。
『墨いろ』は、篠田桃紅による評論・随筆で、1979年前後の受賞作として記録されている。人物や社会の輪郭を追いながら、時代の空気や価値観の揺れを読者に伝える作品である。
篠田桃紅の視点から、時代と人間の姿を静かに照らし出す受賞作。
『外国人になった日本人』は、斎藤広志による評論・随筆で、1979年前後の受賞作として記録されている。人物や社会の輪郭を追いながら、時代の空気や価値観の揺れを読者に伝える作品である。
斎藤広志の視点から、時代と人間の姿を静かに照らし出す受賞作。
『奇談の時代』は、百目鬼恭三郎による評論・随筆で、1979年前後の受賞作として記録されている。人物や社会の輪郭を追いながら、時代の空気や価値観の揺れを読者に伝える作品である。
百目鬼恭三郎の視点から、時代と人間の姿を静かに照らし出す受賞作。
少年期の福岡、戦後の画壇、パリで出会った人々を、画家の眼で四百字ほどの短い文章に刻んだ随筆集。藤田嗣治や田中小実昌らの記憶を通して、人との出会いが一枚のデッサンのように立ち上がる。
画家の眼が、出会った人々の輪郭と時代の空気を短い文章に定着させる。
若い数学者として渡米した著者が、研究生活、異文化との摩擦、英語で教える緊張を率直に綴る滞米記。数学の専門性よりも、孤独や失敗を含む成長の体験が前面に出る。
異国で戸惑いながら、自分の言葉と生き方を探す若き研究者の記録。
韓国での見聞を軸に、日本と隣国の関係、近代化、歴史認識を考えるエッセイ。現地での経験から外交官・評論家の視点が立ち上がり、身近な違和感を国際関係への問いへ広げる。
隣国での体験が、日本を見る視線そのものを問い直していく。
浅草に生まれ育った著者が、下町の人情、家族の記憶、子どもの暮らし、四季の表情を細やかに綴る随筆集。失われつつある町の息づかいを、やわらかな筆致で残している。
私の浅草は、沢村貞子の視点から時代と人間の姿を映し出す作品である。
京都の旧家に生まれ育った著者が、洛中の町家、路地、社寺、季節の感覚を内側から描く随筆集。観光案内ではなく、生活の場としての京都を静かに見つめる。
洛中生息は、杉本秀太郎の視点から時代と人間の姿を映し出す作品である。
『ブリューゲルへの旅』は、ブリューゲルの絵との出会いから自己とヨーロッパの歴史へ向かう随想。絵画を見る旅が、圧制下の無名者の生活や著者自身の内面を照らす。
一枚の絵に導かれ、旅は自己検証と歴史へのまなざしへ深まっていく。
『腐敗の時代』は、渡部昇一の文明批評・時代批評として読まれる随想。社会の価値判断や知的風土のゆるみをめぐり、保守的な批評精神から時代を眺める。
時代の空気に潜むゆるみを、文明批評として問う随想。
『わたしの渡世日記』は、高峰秀子が俳優として歩んだ人生を語る自伝的随筆。映画界の記憶、仕事の厳しさ、人間観察が率直な語り口で綴られる。
映画の現場を生き抜いた人の目で、仕事と人生の実感が語られる。
『遊びの四季』は、加古里子が日本の伝承遊びを季節の流れの中でとらえた考察。子どもの遊びを文化として見つめ、絵本作家としての観察力と科学的な関心が重なっている。
季節と遊びを通して、子どもの文化を見つめ直す随筆的考察。
『ヨーロッパとの対話』は、木村尚三郎がヨーロッパ文明を日本の読者に向けて語る評論・随筆集。歴史学の知見を背景に、異文化理解と現代社会への視点を結びつけている。
歴史家の視点からヨーロッパを読み、日本の現在と向き合わせる。
『一銭五厘たちの横丁』は、児玉隆也が戦時下の下町に生きた人びとの記憶を追ったルポルタージュ。桑原甲子雄の写真を手がかりに、召集令状がもたらした戦争の重みを生活の場所から描き出す。
横丁に残された写真から、戦争に巻き込まれた名もなき人びとの声をたどる。
『日本人とすまい』は、上田篤による評論・随筆。個別の題材を手がかりに社会や文化の見方を掘り下げ、1974年の受賞作として観察の確かさと文章の視野が評価された。
日本人とすまいは、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。
『曠野から』は、川田順造による評論・随筆。個別の題材を手がかりに社会や文化の見方を掘り下げ、1974年の受賞作として観察の確かさと文章の視野が評価された。
曠野からは、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。
『けむりのゆくえ』は、早川良一郎による評論・随筆。個別の題材を手がかりに社会や文化の見方を掘り下げ、1974年の受賞作として観察の確かさと文章の視野が評価された。
けむりのゆくえは、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。
『二つの顔の日本人』は、鳥羽欽一郎による評論・随筆。個別の題材を手がかりに社会や文化の見方を掘り下げ、1973年の受賞作として観察の確かさと文章の視野が評価された。
二つの顔の日本人は、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。
『瞽女-盲目の旅芸人』は、斎藤真一による評論・随筆。個別の題材を手がかりに社会や文化の見方を掘り下げ、1973年の受賞作として観察の確かさと文章の視野が評価された。
瞽女-盲目の旅芸人は、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。
『地図のたのしみ』は、堀淳一によるノンフィクション。受賞時期の文学・出版状況を映し、題名が示す人物、場所、事件を軸にした表現が作品の核になっている。
『地図のたのしみ』は、受賞作として残る題材の強さと作者の視点を伝える作品である。
『雉子の聲』は、角川源義によるノンフィクション。受賞時期の文学・出版状況を映し、題名が示す人物、場所、事件を軸にした表現が作品の核になっている。
『雉子の聲』は、受賞作として残る題材の強さと作者の視点を伝える作品である。
『明治商売往来』は、仲田定之助による作品で、1970年のnihon-essayist-club-awardで受賞対象となった。受賞記録と公開書誌をもとに、作品単位で参照できる項目として整理される。
nihon-essayist-club-awardで受賞対象となった『明治商売往来』。
『アメリカにおける秋山真之』は、島田謹二による作品で、1970年のnihon-essayist-club-awardで受賞対象となった。受賞記録と公開書誌をもとに、作品単位で参照できる項目として整理される。
nihon-essayist-club-awardで受賞対象となった『アメリカにおける秋山真之』。
『決められた以外のせりふ』は、芥川比呂志による作品で、1970年のnihon-essayist-club-awardで受賞対象となった。受賞記録と公開書誌をもとに、作品単位で参照できる項目として整理される。
nihon-essayist-club-awardで受賞対象となった『決められた以外のせりふ』。
『情報人間の時代』は、菊池誠による作品で、1970年のnihon-essayist-club-awardで受賞対象となった。受賞記録と公開書誌をもとに、作品単位で参照できる項目として整理される。
nihon-essayist-club-awardで受賞対象となった『情報人間の時代』。
『引力とのたたかい―とぶー』は佐貫亦男による日本エッセイスト・クラブ賞の対象作である。飛ぶことへの憧れと技術への観察を重ね、人間が重力に挑む姿を随筆として描き出す。
『引力とのたたかい―とぶー』は、佐貫亦男が人間の経験と時代の空気を作品の中心に据えた一作である。
『きものの思想』は戸井田道三による日本エッセイスト・クラブ賞の対象作である。着物の形や所作に込められた文化を見つめ、身体、生活、美意識の結びつきを考える随筆である。
『きものの思想』は、戸井田道三が人間の経験と時代の空気を作品の中心に据えた一作である。
『戯場戯語』は坂東三津五郎 (8代目)による日本エッセイスト・クラブ賞の対象作である。歌舞伎の舞台と役者の身体感覚を内側から語り、芸の継承と劇場の呼吸を伝える随筆である。
『戯場戯語』は、坂東三津五郎 (8代目)が人間の経験と時代の空気を作品の中心に据えた一作である。
『刑法紀行』は団藤重光による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『刑法紀行』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『フィールド・ノート』は泉靖一による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『フィールド・ノート』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『われら動物みな兄弟』は畑正憲による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『われら動物みな兄弟』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『関西と関東』は宮本又次による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『関西と関東』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『春夏秋冬帖』は安住敦による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『春夏秋冬帖』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『植物誌』は佐藤達夫による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『植物誌』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『真贋』は白崎秀雄による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『真贋』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『住み方の記』は西山卯三による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『住み方の記』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『ばら色のばら』は阿部孝による作品で、受賞当時の関心を映しながら、人物・社会・時代の変化を丁寧に追う。題材の専門性や物語性を、読者に届く言葉へ移し替えた点が評価された。
『ばら色のばら』は、時代の気配と人間の内面を重ねて読ませる受賞作である。
『ロバータさあ歩きましょう』は、佐々木たづが失明へ向かう日々と盲導犬ロバータとの暮らしを描いた作品です。困難を美談だけで包まず、歩き出すための支えと自立への意思を静かに伝えます。
失明の不安と盲導犬との出会いを通じて、自分の足で歩く力を描く作品。
『列車ダイヤの話』は、阪田貞之が鉄道ダイヤの考え方と仕組みを一般読者向けに解説した中公新書です。線路容量、列車運行、時刻表の背後にある設計思想を、身近な鉄道の問題として読み解きます。
時刻表の背後にある技術と設計思想を、鉄道ダイヤから解き明かす入門書。
『美女とネズミと神々の島』は、秋吉茂による島を舞台にしたノンフィクションです。土地の神話的な空気、人びとの暮らし、外から訪れる視線を重ね、南の島の社会と文化を描きます。
島の神話、暮らし、異文化の驚きを重ねて描くノンフィクション。
『浦上四番崩れ』は、片岡弥吉が明治初年のキリシタン弾圧を追った歴史ノンフィクションです。浦上の信徒たちが受けた迫害を、史料と現地へのまなざしを通じて描きます。
近代国家の始まりに置き去りにされた信仰と迫害の記憶をたどる記録文学。
『蜘蛛百態』は、錦三郎が蜘蛛の生態と観察の面白さを多面的に綴った自然随筆です。身近な小さな生き物を丁寧に見ることで、形態、習性、環境との関わりを読者に開いていきます。
蜘蛛を観察する目から、自然の精巧さと身近な驚きを描く随筆。
『説教と話芸』は、関山和夫が仏教説教と日本の話芸の関係をたどった芸能史の著作です。説教の型、語りの技法、寄席芸能へつながる表現を、歴史的な流れの中で読み解きます。
仏教説教から話芸へ、語りの歴史をたどる芸能史の一冊。
『室生犀星 ききがき抄』は、新保千代子が室生犀星の人と文学を聞き書きの形でたどった評伝です。郷土に残る記憶や関係者の証言を手がかりに、詩人・小説家としての犀星を身近な声から描き出します。
聞き書きの声から、室生犀星の文学と人間像を立ち上げる評伝。
『シルクロード』は、美術史家の林良一が東西美術交渉史の視点からシルクロードを論じた美術エッセイです。中央アジアを経由する文化交流と造形の広がりを、図版を交えた読み物としてまとめています。
東西の美術が交差する道として、シルクロードを読み解く美術史エッセイ。
『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』は、石井好子が一九五〇年代のパリでの暮らしと食の記憶を綴った料理エッセイです。舞台に立つ日々、下宿の食卓、街の匂いが軽やかな文章で結び合わされます。
パリの食卓と舞台の日々を、料理の記憶から軽やかに描く名エッセイ。
永井荷風の人物と歓楽街の記憶をたどる評伝的エッセイ。都市の陰影、文学者の生活、時代の空気を重ねながら、荷風像を人間味のある姿として描く。
荷風の足跡をたどり、歓楽の街に残る文学者の気配をすくい取る。
ヨーロッパ滞在や取材の見聞をもとにした随筆・紀行的作品。戦後日本の視線から欧州の社会、文化、人々の姿を観察し、旅の記録を知的な読み物へとまとめる。
旅先での観察が、戦後日本から見たヨーロッパ像を形づくる。
哲学者・阿部次郎を娘の視点から描く回想的評伝。家族として見た父の姿と思想家としての歩みを重ね、愛情と死別の痛みを静かにたどる。
娘のまなざしが、思想家としての父と家庭の父を一つにつなぐ。
塚田泰三郎の『和時計』は、日本で独自に発達した時法と時計文化をたどる随筆的な著作である。器物の仕組みだけでなく、時を測る感覚が生活や美意識と結びついていたことを伝える。
和時計の針は、暮らしの時間と職人の感覚を映している。
宮本常一の『日本の離島』は、日本各地の島々を歩き、暮らし、交通、生業、共同体の変化を記録した民俗誌である。離島を周縁としてではなく、日本社会を考える入口として描く。
島に生きる人びとの声から、日本の生活史が立ち上がる。
雪国に生きる動物たちの姿を、観察と生活感覚を交えて描いた自然随筆。厳しい気候の中での行動、季節の移ろい、人間との距離を通して、北国の自然を身近に伝える。
雪の世界に息づく動物たちを、観察者のまなざしで描く。
中尾佐助がブータン調査の経験をもとに、自然、農耕、生活文化、人びとの暮らしを描いた紀行・民族植物学的著作。未知の土地への探検記であると同時に、文化と植物の関係を考える本でもある。
ヒマラヤの王国を歩き、植物と生活文化の結びつきを見つめる。
『職人』は、竹田米吉による評論・随筆・学術書である。受賞時期の文学・文化状況の中で評価された作品として、作者の関心や時代の空気を伝える。
『職人』は、竹田米吉の仕事の中で受賞歴と結びついて記憶される一作である。
『海辺の熔岩』は、曽宮一念による評論・随筆・学術書である。受賞時期の文学・文化状況の中で評価された作品として、作者の関心や時代の空気を伝える。
『海辺の熔岩』は、曽宮一念の仕事の中で受賞歴と結びついて記憶される一作である。
『ものいわぬ農民』は、大牟羅良による評論・随筆・学術書である。受賞時期の文学・文化状況の中で評価された作品として、作者の関心や時代の空気を伝える。
『ものいわぬ農民』は、大牟羅良の仕事の中で受賞歴と結びついて記憶される一作である。
『薄田泣菫』は、松村緑による評論・ノンフィクション作品で、日本エッセイスト・クラブ賞の1958-1回で受賞対象となった作品です。公開資料で確認できる範囲では、刊行形態や後年の収録状況を中心にたどれる作品です。
松村緑の『薄田泣菫』は、受賞歴を通して現在も作品名をたどることができる一作です。
『桃栗三年』は、小熊捍による評論・随筆・学術書である。受賞時期の文学・文化状況の中で評価された作品として、作者の関心や時代の空気を伝える。
『桃栗三年』は、小熊捍の仕事の中で受賞歴と結びついて記憶される一作である。
『野鳥と生きて』は、中西悟堂による評論・ノンフィクション作品で、日本エッセイスト・クラブ賞の1957-1回で受賞対象となった作品です。公開資料で確認できる範囲では、刊行形態や後年の収録状況を中心にたどれる作品です。
中西悟堂の『野鳥と生きて』は、受賞歴を通して現在も作品名をたどることができる一作です。
毎日新聞ロンドン支局長を務めた藤田信勝が、戦後日本から見た英国の社会、国民性、日常感覚を綴ったエッセイ。現地で暮らし観察した新聞記者の目を通して、制度や習慣の違いだけでなく、英国らしいものの考え方を平明に伝える。
戦後日本の読者に、英国の不思議さと親しみを新聞記者の観察で伝えるエッセイ。
『イギリスの議会』は、木下広居がイギリス議会制度を日本の読者に向けて紹介した政治エッセイである。議会政治、政党、選挙、内閣制を実例に即して語り、制度の仕組みだけでなく運用の文化まで伝えようとする。
イギリス議会の制度と運用を、日本の読者に向けて平明に説く政治エッセイ。
結核治療に携わった医師・島村喜久治による随筆。療養所の院長として患者と向き合う日々を通じ、医療、病、生活、希望を静かに描く。
療養所の現場から見た患者の姿、医師の責任、戦後医療の困難を日記風の文章で綴った作品。
「私のみたこと聞いたこと」は、秋山ちえ子が NHK ラジオで担当した放送エッセイ番組。身近な出来事をわかりやすい言葉で語り、戦後の暮らしの空気や女性の視点を日々の声として届けた。
見たこと、聞いたことを日々の声に変え、戦後の生活感覚を伝えた放送エッセイ。
須田栄が新聞に長期連載したコラムをもとにした随筆。日々の世相、都市の風俗、庶民の暮らしを軽妙な筆致で描く。
新聞記者の目で街の出来事や時代の気分を拾い上げ、短い文章の積み重ねで昭和の世相を映した作品。
市川謙一郎が北海タイムスに連載した短文コラムをもとにした随筆集。日々の出来事、社会、文化、北海道の暮らしを一日一篇の短い文章で切り取る。
新聞コラムの形式を生かし、身近な出来事や社会の動きを短い随想として読みやすくまとめた作品。
吉田洋一『数学の影絵』は、数学の抽象的な概念が日常の経験のなかにどのように現れるかを、澄んだ観察と軽やかな文章で描いた数学エッセイです。感覚、集合、位置解析、四色問題などへ話題を広げ、数学を人間の思考と生活に近いものとして示します。
日常の片隅に伸びる数学の影を見つめ、抽象の世界の広がりを軽やかに伝える随筆集です。
『きつつきの路』は、動物学者の内田亨が自然観察と学問生活をもとに綴った随筆集で、第1回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。動物の生態、研究者のまなざし、身近な自然への驚きを、専門知識に支えられた平明な文章で伝える。
動物学者の観察眼が、きつつきの音のように身近な自然の奥行きを響かせる。