日本の文学賞

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子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から

新潮ドキュメント賞

子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から

ブレイディみかこ

英国の無料託児所での経験を通じ、子どもたちの貧困、階級、分断を描くノンフィクション。現場の目線から社会の亀裂を見る。

英国階級保育貧困ノンフィクション

作品情報

子どもたちの階級闘争:ブロークン・ブリテンの無料託児所からは、受賞歴にふさわしい密度で人と世界の関係を見つめる。

ブレイディみかこの『子どもたちの階級闘争:ブロークン・ブリテンの無料託児所から』は、受賞対象として確認できる作品である。公開書誌や出版社情報で単行本化を確認できる場合は識別子を記録し、単独書籍として確認できない場合は雑誌・掲載媒体の識別子を流用していない。

レビュー要約

  • 現場感のある観察と社会分析の接続が評価される。重い題材を、子どもたちの姿から具体的に伝えている。

書籍情報

出版社
みすず書房
発売日
2017-04-17
ページ数
296ページ
言語
日本語
サイズ
13.6 x 2.3 x 19.5 cm
ISBN-13
9784622086031
ISBN-10
4622086034
価格
1950 JPY
カテゴリ
本/ノンフィクション/思想・社会

************************************************ UKの貧困地区にある託児所に視点を置き、社会の分断を鋭敏に綴った新潮ドキュメント賞受賞作。 定価(本体2,400円+税) 「わたしの政治への関心は、ぜんぶ託児所からはじまった。」英国の地べたを肌感覚で知り、貧困問題や欧州の政治情勢へのユニークな鑑識眼をもつ書き手として注目を集めた著者が、保育の現場から格差と分断の情景をミクロスコピックに描き出す。 2008年に著者が保育士として飛び込んだのは、英国で「平均収入、失業率、疾病率が全国最悪の水準」と言われる地区にある無料の託児所。「底辺託児所」とあだ名されたそこは、貧しいけれど混沌としたエネルギーに溢れ、社会のアナキーな底力を体現していた。この託児所に集まる子どもたちや大人たちの生が輝く瞬間、そして彼らの生活が陰鬱に軋む瞬間を、著者の目は鋭敏に捉える。ときにそれをカラリとしたユーモアで包み、ときに深く問いかける筆に心を揺さぶられる。 著者が二度目に同じ託児所に勤めた2015-2016年のスケッチは、経済主義一色の政策が子どもの暮らしを侵蝕している光景であり、グローバルに進む「上と下」「自己と他者」の分断の様相の顕微描写である。移民問題をはじめ、英国とEU圏が抱える重層的な課題が背景に浮かぶ。 地べたのポリティクスとは生きることであり、暮らすことだ──在英20年余の保育士ライターが放つ、渾身の一冊。 [本書は2017年第16回新潮ドキュメント賞を受賞しました]

ブレイディみかこ 保育士・ライター・コラムニスト。 著書に、『花の命はノー・フューチャー』(2005年、碧天舎。『花の命はノー・フューチャー――DELUXE EDITION』2017年、ちくま文庫)、『アナキズム・イン・ザ・UK──壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(2013年)、『ザ・レフト──UK左翼セレブ列伝』(2014年)(以上、Pヴァイン)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(2016年、岩波書店)、『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(2016年、太田出版)、『いまモリッシーを聴くということ』(2017年、Pヴァイン)、『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(2017年、みすず書房、第16回新潮ドキュメント賞受賞)『女たちのテロル』(2019年、岩波書店)、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(2019年、新潮社)ほか。1996年から英国・ブライトン在住。

レビュー

  • 子どもの人権

    安定の読み応えです

  • 格差社会・多様性の社会とは何かがわかる

    ブレイディみかこさんの本は、本当に、どれを取っても、読みやすくておもしろく、考えさせられます。 この本も、夢中で読みました。 価値観がそれぞれに違う移民や障害者もともに学ぶ、というのは、聞こえはいいけれど、それを実現するには、資金もいるし、懐の深いリーダーも必須なのですね。 そして、景気が悪くなると、真っ先に切り捨てられるのは、そういった人たちを支える生活環境。 特に、幼いひとたちの置かれる立場がどれだけ悪化することか。 そして、ひどい育てられ方をすれば、将来、経済的にも生きづまることになり、それが世代間連鎖するようになる。 だから、そういった部分に使われる予算は、絶対に切り詰めてはいけないのだ、ということが、よくわかります。 もう、自分のことのように、ひしひしと、それがわかります。 今のような人々の心がセコくなっている時代だからこそ、そして、価値観の違う人たちと共存していかなくてはならない時代だからこそ、彼女の本は、みんなが読んだほうがいいと思います。

  • 政権転換による荒廃

    「私」の視点からも政治はよく見える。ハードな親子が出てくるが、著者はそれを愛おしく書いている。さらにほかも読んでみたくなる著者である。

  • 97%は読んでいて辛いが3%に救われる。

    2008~2010年と、2015~2016年の2回、英ブライトンの、困難を抱えた家庭の子どもや移民の子どもの集まる託児所で働いた著者の体験/観察記。「底辺託児所と緊縮託児所は地べたとポリティクスを繋ぐ場所だった(p.284)」と書く著者は、一貫して「地べた」の人間として、「地べた」の人々を見つめ、酷薄な政治に憤る。 読みだしてすぐ、経済的にも精神的にも追い込まれて子どもを里親へと手放したシングルマザーが「あの子は大きな、立派な家に住んで、いい学校に通っている」とゆっくりと言ったという箇所(p.26)で泣きそうになる。 「毎日が驚きと、怒りと、目の前で起こっていることへの信じられなさと、こみあげる嫌悪感の連続で、そのくせほんの時折だったとはいえ、こんなにきれいなものは見たことがないと思う瞬間に出くわした(pp.281-282)」という著者の述懐は、読者である私の感想でもある。それほど、本書に描かれるイギリスの「アンダークラス」の現実はつらく、悲しく、醜く、不条理に満ちているけれど、ハッとするほどの人間の尊厳や美しさが垣間見られる。それは著者のまなざしの鋭さと優しさゆえだろう。 印象的な箇所。 1 3歳児に対する保育士の配置基準が、イギリスだと一対八なのに、日本では一対二〇であるという話を著者から聞いたイギリス人の「一対二〇って何それ。羊飼いかよって(p.113)」というセリフ。笑ってしまった。ついでに日本の学校のクラス定員を聞かせてやったらさらに驚くだろう。 2 フードバンクで「棚に並んだ食料を見て、我を忘れて叫び出した人や、ジャガイモを握りしめて泣き出した人もいた。こんな親の姿は子どもには見せないほうがいい(p.178)」という箇所。ケン=ローチ監督の傑作「私は、ダニエル・ブレイク」の一場面は現実そのものなのだ。 3 「すごいお坊ちゃん育ち」だがなぜか「ドロップアウト」して著者の職場でヴォランティアをしている男性が、「貧しくて、ハンディキャップを背負った子どもたち」のことが「わからない」ので、触れ合うのが辛いと著者にぼやく場面(p.208)。別に私は「お坊ちゃん育ち」ではないけれど、階層間の意思疎通の困難は想像はできる。

  • クールというか、最高にドープな一冊でした。

    あまりに面白くて、貪るように一気に読みました。 ヨーロッパ情勢など、見聞きしていたニュースの側面を見るような気持ちで、腑に落ちることが多かったです。 緊縮保育園の成り行きは、読んでいるこちらまで悔しくて泣きたい気持ちになりましたが、泣いていられないからKEEP ON SMILINGとブレイディみかこさんは書いたのでしょう。 どうしても他国の話に読めません。それほど日本の現状がこの本のなかにそのまま見えますし、すぐ近い未来を予感させます。そういう意味で悔しくて目の前が滲みました。 文体がクリアでぐいぐい読ませます。 クールというか最高にドープな一冊でした。

  • ここまで本で号泣したことがない

    もう何十年も生きているのに、なんというか、こんなに言葉で表現するのが得意な人に出会ったことがないというか、ここまで本で心を揺さぶられたことがない。 『火垂るの墓』以来の大号泣。ただ、『火垂るの墓』の墓は大号泣しかしないが、『子どもたちの階級闘争』は大号泣の次に大爆笑がやってくる。大号泣しては大爆笑し、大爆笑しては大号泣する。そんな感情のジェットコースターにさいなまれる作品だった。というわけで、これから手に取られる方は決して公共の場で読まれないことをお勧めする。 この作品をきっかけにブレイディみかこ氏の殆ど全ての作品を読んでいる。そうするうちに、なんとなく誰かのイメージが湧いてきた。『のだめカンタービレ』で大ブレイクした二ノ宮知子氏だ。多分ブレイディみかこさんと二ノ宮知子さんは気が合う者同士だ。2人が出会ったなら大親友になるかもしれない。いつか対談してくれないかな。 ブレイディみかこさん、いつか会って話してみたい。今や押しも押されぬ超売れっ子作家なのに、いつまでも「地べたの労働者階級」と言い張ってるのがめっちゃかわいい。きっと永遠に言い張ってらっしゃるのだろう。

  • 物凄く心に残る言葉がたくさんあった。

    物凄く心に残る言葉がたくさんあった。 「くだらない相手だからといって、自分にとってプラスになるどころかマイナスにしかならない相手だからといって、好きになってしまったものを愛することはやめられない。そこでやめることが出来るぐらいの愛なら、そんなものは最初から愛ではないのである。」 「きっとデビーはこれでいいのだ。自分がそう思っていることを他人に知ってもらう必要がないほど、これでいいのである。」 「この人にはこういうことを消化するキャパシティはないのだと・・・」 「腐りきった世界には、腐ったなりのビューティーがある。」 こういった言葉が頭の中で観念的に作られたものではなくて、目の前の現実を見たままに感じられた言葉だからこそこれ程に胸を打つのだろう。これでいいとは決して思っていないけれど、彼女は目の前に生きる人たちの感情や存在を決して否定はしていない。そこにあったものを愛か?と問われれば、違う、と彼女は言う。彼女が見て伝えてくれていたのは、人間の「尊厳」だった。

  • 愛情と洞察力にあふれている

    差別、多様性、階級社会などイギリス社会の闇を描いている一方で、 そうしたシステムを超えた人と人とのつながりにあたたかく希望のある目を向けている。 一番印象に残ったのは、リベラルといわれる上流階級の人が 悪いこととされている「外国人差別」「人種差別」などはしないものの、 下流階級の人をごく自然にまるで空気のように扱うところ。 日本でも同じような光景があちこちにあるなぁとうなずきながら読んだ。

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