作品情報
文学を探しにロシアに行く。
ロシアを訪ねて文学の現場をたどる紀行的エッセイ。
書籍情報
- 出版社
- イースト・プレス
- 発売日
- 2021-10-07
- ページ数
- 272ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.5 x 1.8 x 19.4 cm
- ISBN-13
- 9784781620121
- ISBN-10
- 4781620124
- 価格
- 1980 JPY
- カテゴリ
- 本/社会・政治/社会学/社会一般
「分断する」言葉ではなく、「つなぐ」言葉を求めて。 今、ロシアはどうなっているのか。高校卒業後、単身ロシアに渡り、日本人として初めてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業した筆者が、テロ・貧富・宗教により分断が進み、状況が激変していくロシアのリアルを活写する。 私は無力だった。(中略)目の前で起きていく犯罪や民族間の争いに対して、(中略)いま思い返してもなにもかもすべてに対して「なにもできなかった」という無念な思いに押しつぶされそうになる。(中略)けれども私が無力でなかった唯一の時間がある。彼らとともに歌をうたい詩を読み、小説の引用や文体模倣をして、笑ったり泣いたりしていたその瞬間──それは文学を学ぶことなしには得られなかった心の交流であり、魂の出会いだった。教科書に書かれるような大きな話題に対していかに無力でも、それぞれの瞬間に私たちをつなぐちいさな言葉はいつも文学のなかに溢れていた。(本文より)
奈倉有里(なぐら・ゆり) 1982年12月6日東京生まれ。2002年からペテルブルグの語学学校でロシア語を学び、その後モスクワに移住、モスクワ大学予備科を経て、ロシア国立ゴーリキー文学大学に入学、2008年に日本人として初めて卒業し、「文学従事者」という学士資格を取得。東京大学大学院修士課程を経て博士課程満期退学。博士(文学)。研究分野はロシア詩、現代ロシア文学。2021年、博士論文『アレクサンドル・ブローク 批評と詩学 ――焼身から世界の火災へ――』で第2回東京大学而立賞を受賞。主な訳書に、ミハイル・シーシキン『手紙』、リュドミラ・ウリツカヤ『陽気なお葬式』(以上新潮クレスト・ブックス)、ボリス・アクーニン『トルコ捨駒スパイ事件』(岩波書店)、フョードル・ドストエフスキー『白夜』『未成年(縮約版)』(『ポケットマスターピース10 ドストエフスキー』集英社文庫ヘリテージシリーズ)、ウラジーミル・ナボコフ『マーシェンカ』(『ナボコフ・コレクション マーシェンカ/キング、クイーン、ジャック』新潮社)、サーシャ・フィリペンコ『理不尽ゲーム』(集英社)など。雑誌「世界」「すばる」などでロシアの動向について、ジャーナリスティックな文章も発表している。
レビュー
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柔らかい心とまっすぐな知性
著者は2002年20歳の年から2008年まで、ロシアに留学した。ペテルブルグで語学学校に通ったのち、モスクワのロシア国立ゴーリキー文学大学に入学した。本書はその7年間に著者が見、聞き、体験した事柄と精神の記録と言ってよいだろうか。著者が自分を書いたそこに、わたしはロシアを読んだ、そんな感想を持った。 著者がペテルブルグからモスクワへ移った2004年冬、地下鉄テロ事件が起こる。自爆したのは著者と同年代のチェチェンの青年だった。アパート爆破や劇場占拠事件に続くチェチェン紛争で、「テロという言葉を聞かない日はなかった」。同時に排外主義が強まり留学生の間にも恐怖が広がる。著者は日本にいたとき「お守りのように持ち歩いていたトルストイの言葉「人の愛とは人から人への、あらゆる人への愛です」」を実感をこめて思い出す。 文学大学の学生寮は二人部屋で、ノヴゴドロという「とてつもなく雄大な故郷から出てきたばかり」の仏文翻訳家志望のマーシャと暮らす。「兵士式」の二段ベッドに寝て、「一緒に学校へ行き授業を受け、買い物をして帰ってきて、盥に水をためて洗濯をし、一緒にごはんを作って食べ、もっと語り合いたいときには紅茶を淹れる。」「カップに直接茶葉を入れ、葉が沈んだら浮き上がってこないようにそうっと傾けて口に運ぶ。」「そのままよく真夜中まで紅茶を足しながら話し続けた。」「生まれてこのかた誰かとこんなにも一緒にいたことがあっただろうかと思うほど一緒にいた。」 著者は素晴らしい先生にも出会う。お酒が好きで、クリミアのセヴァストーポリを故郷にもつ、20世紀ロシアの文学批評史が専門のアントーノフ先生。五〇代で独り身の先生は著者と同じ学生寮に住んでいる。著者は先生に教えてもらって毎日のように歴史図書館に通い、大学と寮に続く第三の居場所を発見した気分になる。先生もまた歴史図書館を第三の居場所にしているらしい。先生の書いた詩「動物は動物園に住んでいて、僕は学生寮に住んでいる。いつまでたっても住んでいる……」 著者が卒業して東京に帰ったのち、大学のHPを見ると、先生は亡くなっていた。「恐ろしく悲劇的な死」だったという。著者は書く。「それぞれの時代の優位的な思想に常に疑問を投げ続ける先生の発言は、ときにはきちんとみんなに伝わらない、理解されないことがあった。急激に閉塞感が増した時代の空気を、先生は確かに感じとっていた。」著者は、「自分が卒業してから先生が亡くなるまでに、大学でなにが起きていたのかは知らないが、その時代になにが起きていたかならわかる」として、「ロシアとウクライナに、先生の故郷セヴァストーポリに、なにが起きていたか」を次の章に書く。この本は2021年10月発行なので、22年2月のロシアのウクライナ侵攻は書いていないが、ウクライナ東部とクリミア侵略のときのロシアの状況を書いている。シーシキンという作家の文の引用。「この数週間と言うもの、ロシアのテレビではひっきりなしに、祖国を守れ、と訴えている。クリミア及びウクライナ東部のロシア系住民を暴徒から守れ、と。」シーシキンはロシア人の父とウクライナ人の母をもち、モスクワで育ち、1990年代以降スイスに住む作家という。 最終章「大切な内緒話」は転調して、まさに大切で美しい終わりの章だ。 美しいということで言うなら、本の作りが内容に即して美しい。「誰かの孤独な夜にもぐりこむために」というカバーの絵も、表紙と扉の表題「夕暮れに夜明けの歌を」の字の置き方も美しい。ちなみにこの題は、著者がペテルブルグで詩のエレーナ先生を通して知ったブロークという詩人の詩による(41ページ)。
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もっと早く出会いたかった一冊
そうだった、本は光だった。言葉も光だった。いつから言葉をこんなに軽く扱うようになっていたのだろう。情報収集はTwitter(X)だし、仕事は効率重視。言葉の文脈を掬いとることなど忘れていた。心地よい言葉と文章に引き込まれ、最終章で圧倒された。本が好きな全ての人にお勧めしたい。ロシア文学に全く馴染みがない私でも、「読んで良かった」としみじみ思う。奥付を見たら、四年前の出版だった。この本をこれまで読まなかったことが残念。Amazonの「おすすめ」に出てきて購入したが、邪魔くさいと思っていたこの機能に初めて感謝した。
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文章が成熟している。
図書館員に薦められた。文学や語学に熱心な家庭で育ち、ロシア語を学び始める。何も分からずにロシアへ留学し学び始めた作者。語彙が豊かで自由に操れる感がする。
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今読んで良かった本です。
ロシアの文化的な背景などをほとんど知らずに読みましたが、沢山の詩の引用や、筆者の体験を通してロシアの今まで知らなかった側面を知ることが出来ました。文章は非常に読みやすく、言葉選びも丁寧で、筆者の経験を追体験するような感覚で楽しく、時に考えさせられながら、読みました。この本を読み、ニュースで聞く国家としてのロシアではなく、そこに住む人々について思いを馳せるようになりました。
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心に響く思いが残る本
ロシアでの大学生活を通して、その時々の思いや空気の揺れを感じることが出来る気がする。 何度も読み返したい一冊となった。
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ロシアについて、報道以外の実際に暮らしてわかる束縛感を理解できました。
文章のなかに著名な詩人の詩や、聖書の言葉が挿入されていて、感情が深いところまで 伝わってくるようで、じっくりと読ませて頂きました。
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絶賛したい本
ロシア文学従事者という学位の取得も面白いと思いましたが、ロシア語の習得からロシア文学にこれほど文字通り没頭し、モノにした方が書かれた本を読んだのは初めてで、衝撃的ですらありました。自分の選んだ道を極めるというのは、こういうことかと、大変勉強になりました。益々のご活躍を。
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さっと手に取れるところに置いておきたい
真面目な女学生が綴った日記という感じ。何もしてあげられないけどずっと応援してあげたい気分になる。 といって、奈倉先生の奥深さ力強さは、何度読んでも味わい深い。 文化の脱走兵も合わせて読んでください。 本作の続編としても。 ずっと本棚に置いておきたい本です。
関連する文学賞
- 紫式部文学賞 第32回(2022年) ・受賞