作品情報
『破れた繭 耳の物語 I, 夜と陽炎 耳の物語 II』は、開高健の表現の特色が凝縮された自伝的小説である。
『破れた繭 耳の物語 I, 夜と陽炎 耳の物語 II』は、開高健による自伝的小説。人物の選択と時代の圧力を物語の推進力にし、緊張感のある展開のなかで人間の意志と孤独を描いている。
書籍情報
- 出版社
- イースト・プレス
- 発売日
- 2010-05-30
- ページ数
- 485ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.7 x 2.2 x 14.8 cm
- ISBN-13
- 9784781670232
- ISBN-10
- 4781670237
- 価格
- 208 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
幼い日の耳に残る草の呼吸、虫の羽音。焼夷弾の不気味な唸り。焼け跡の上を流れるジャズのメロディ。妻と娘が浴びせかける罵声、アラスカで聞いたバロックの名曲…。「音」の記憶をたよりに生涯を再構築し、一人称「私」抜きの文体で綴られた自伝長編。少年時代から結婚、大学卒業までを描いた「破れた繭」、サントリー入社から芥川賞受賞、ヴェトナム戦争での体験、執筆当時までを描いた「夜と陽炎」の2部作を一冊に収録。日本文学大賞受賞作。
レビュー
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開高健の自伝的小説が 1冊の文庫本に収まりました 貴重な写真もあります 西武新宿線沿線の方々は必読 かもしれません
本書は 開高健(1930-1989)による 自伝的長編小説『耳の物語』の文庫本です。 文庫ぎんが堂というのは イースト・プレス社が出している文庫シリーズで 開高の作品は『耳の物語』だけが入っています。 どういういきさつで 開高の作品がこのシリーズに入ったのか 開高の作品の中でもなぜ『耳の物語』なのか は本書には書かれていません (本質的なことではないので私は気にしません)。 開高は 35歳前後で 最初の自伝的小説『青い月曜日』を書き始めますが 途中でヴェトナムへ取材に行き 単行本は38歳のときに出版されました。 旧制・大阪府立・天王寺中学 (現・大阪府立・天王寺高校)在学中に 戦時下の学徒動員で鉄道作業をするところから 旧制・大阪高校(現・大阪市立大学)在学中に 長女・道子が生まれるところまでを カバーしたのが 『青い月曜日』です。 開高自身はこれに納得できなかったからしく 55歳前後になって あらためて書き直したのが 『耳の物語』 です。 『青い月曜日』でカバーしていた時代を描いたのが 前半の『破れた繭』であり それ以後の 寿屋(現・サントリー)入社以後 小説家としての後半生を新たに書き起こしたのが 後半の『夜と陽炎』です。 『耳の物語』というタイトルにしたのは マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』が いわば『舌の物語』(味覚がトリガー)であり ボードレールの作品が いわば『鼻の物語』(嗅覚がトリガー)であることを 意識したからです。 聴覚をトリガー(記憶を呼び起こすひきがね)として プルーストやボードレールに匹敵する 自伝的小説を開高は書きました。 それが『耳の物語』です。 新潮社の全集では第8巻に収められています。 以前は新潮社から文庫本も出ていて 『破れた繭』 『夜と陽炎』 の2冊に分かれていました。 あのグレイを基調にした装丁は 私は好きでした (新潮社の開高のシリーズの象徴です)。 本書は1冊に全部入っています。 もちろん本文は全集といっしょです。 本書にしかないもの (本書にユニークなもの)をいくつか挙げましょう。 1)カバーの写真 私は初めて見ました。 開高がレストランのような所で カウンターに右手をつき 左手に顎を乗せています。 まだやせているので 何歳ころの写真か みなさんで推理してみるとよいでしょう。 なかなかのベストショットです。 2)口絵の写真 3葉の写真が載っています。 茅ヶ崎の書斎でパイプをくわえて 井荻駅のホームでタバコをくわえて 旧制・大阪府立・天王寺中学入学時 の3葉です。 個人的には「井荻駅」の写真に強い印象を受けました。 撮影者の桐山隆明氏のキャプションによると 「昭和30年代前半」 とあります。従って 開高が杉並区向井町(寿屋の社宅)または 杉並区矢頭町(地名改正後・井草4丁目)(自宅)に住んでいたころです。 井荻駅は西武新宿線ですから 現在・下井草5丁目にあります。 私はこの写真を初めて見たとき 相当に地方のローカル線で しかも終戦直後くらいかと思いました。 「エーワンポマード」という広告が見えます。 現在の西武新宿線沿線の繁栄からは 想像もつかない世界があります。 この写真のためだけでも 本書を買ってよかっと思いました。 なお 「ある日の夕方 新宿のとんかつ屋に食事にいくつもりで 西武新宿線の井荻駅のベンチにもたれていると」 という記述が 本書の中にあります。 どこにあるかは みなさんご自分でご確認されるとよいでしょう。 ヒントは 娘・開高道子がたまたま鼻唄をうたったところ それが「真珠貝」という歌で 開高がヴェトナムの最前線の基地で見た 映画(ジョン・ウェイン主演)の主題歌だった という話です。 聴覚に訴えるトリガーのひとつでした。 3)「足で考え、耳で書く」 という「あとがき」のかわりの文章があります。 1986年・紀伊國屋ホールで行われた講演を収めた CD(新潮社)からの抜粋の由。 『耳の物語』 は日本文学大賞を受賞しました (開高も同賞の選考委員の一人でしたが それは選考ルール上OKでした。 プルースト、ボードレール級の名作だから 受賞したというだけの話です)。 前半『破れた繭』のヒロインは 開高と同人誌で出会い結婚した 牧羊子(1923-2000)です。 ある意味、贖罪の意も込めて 開高は『耳の物語』を書いたのではないでしょうか。 後半『夜と陽炎』のヒロインは 逆の意味で 牧羊子と開高道子(1952-1994)と言えます。 取材と執筆のため 家庭をおろそかにした開高を 妻と娘が糾弾する場面は 本書のクライマックスです (PP.364-366)。 夫の立場から読んでも 妻子の立場から読んでも 文学史上に輝く 不朽の名場面です。 是非ご自分で 本書を手にとってお読みください。
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驚いた
自分が持っていた開高健のイメージが、ずいぶんと変わった一冊でした。
関連する文学賞
- 日本文学大賞 第19回(1987年) ・受賞