中原中也論集成
『中原中也論集成』は、北川透による中原中也論をまとめた評論集。中也の詩を近代詩の核心に置き、抒情と他者性を深く読み直す。
作品情報
中也の詩の奥にある抒情の力を、長い批評の歩みで掘り抜く。
思潮社刊。既刊の中也論と未刊論考を集め、詩人中原中也の言葉を現代詩の問題として読み直す大部の評論集。
レビュー要約
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長年の中也研究を一冊でたどれる厚みが評価される。詩の読解を文学史と思想の問題へ広げる批評として読まれている。
書籍情報
- 出版社
- 思潮社
- 発売日
- 2007-10-01
- ページ数
- 748ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784783716389
- ISBN-10
- 4783716382
- 価格
- 8096 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/詩歌/詩論
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レビュー
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中也はやはりうまく理解できない
著者北川透(1935-)は詩人にして批評家ですが、詩の原理論を語れると同時に詩のすぐれた読み手であることは強調しておいていいことです。 あまりだれもやりたがらない文学の原理論をやれるひとというのは、もしかすると、文学が「読める」ひと、文学の魅力が語れるひとなのではないか、と一般化してみたくなります。 けっして出来はよくなかったけれど、自分がやらねばだれがやるのかというような意気ごみで『詩の原理』(1928年)論を書いた萩原朔太郎も、難解な山村暮鳥や西脇順三郎の詩であれ、王朝和歌であれ蕪村の俳句であれ、それら詩の読みどころをみごとに語れる当代随一の詩の読み巧者でした。 とにかく、北川透はまず詩そのものを具体的に読めるひとです。だれよりも詩が読めるといいたいくらいに、評者は北川透の詩の読みを信頼もしています。 同時に詩の批評家としては、日本の近代詩が背負った詩の可能性以上にその不可能性という問題をつねに意識しながら、近代詩であれ現代詩であれ、それを詩史論的な展望でつねに読みとらえるところが北川透の批評の重要なポイントだと考えています。 日本の近代詩が背負った詩の可能性以上にその不可能性という問題を日本近代詩人でいちばん強く意識し詩を書きつづけたのは、評者にいわせれば、萩原朔太郎ひとりといっていいのですが、北川透は、その朔太郎について『萩原朔太郎〈詩の原理」論』(1987年)と『萩原朔太郎〈言語革命〉論』(1995年)の二著で、『月に吠える』の詩人がどう日本語の詩の可能性とその不可能性に向きあったのかを追尾しています。 とくに前者『萩原朔太郎〈詩の原理」論』はとてもすぐれた朔太郎論であると同時に示唆にみちた日本近代詩論にもなっています。 さて、本書(2007年)は、著者が書いてきた中原中也論のいわば全集成です。 評者は長く中原中也に興味がもてず、したがって当然その愛読者でもなかったし、また日本近代詩における、上でふれた日本語の詩の可能性とその不可能性という問題で中也が重要なはたらきをしたとは考えてこなかった人間です。 ところが、わが信頼する北川透は、早くに中也について『中原中也の世界』(1968年)と『中原中也わが展開』(1977年)の二著(!)もあらわしています。 こうした北川の取り組みと評価は評者にはなかなかもって理解が行きとどかないままで終わっていました。中也のどこを評価しようとするのか、なにを評価したいのかと。 ともあれ著者最初の中也論『世界』はまだ手元にありますが、『わが展開』のほうは中也への興味のなさもあってきちんと読まないまま蔵書処分のときに手放してしまったことを覚えています。 とにかく、今回、その旧著である二著を収録のほか、それ以後雑誌などに発表された著者の中也関連の批評文20篇を「中原中也の可能性」というセクションのもとに集め本書冒頭に置いた、748頁もあるこの大部の『中原中也論集成』をひもといたしだいです。 まだすべて読みとおしていないけれど、北川透の中也論としては、いちばん初期の『中原中也の世界』(1968年)がいちばんまとまりがあり、そこですべて言いつくされたのではないかという気がしています。 ほかには、上で述べた本書で「中原中也の可能性」というセクションに入っている「新人、中原中也の可能性―1930年代と今日」(2000年『ユリイカ』6月号初出)という批評エッセーが、生前当時と現代における中也の日本近代詩史における評価の問題にふれていて、このエッセーはとても納得できるものでした。