作品情報
川上未映子の『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』は、受賞歴と刊行形態を手がかりに読まれる作品である。
川上未映子による『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』について、単独の単行本・文庫・短編集として確認できる資料を優先し、掲載誌や雑誌号の識別子は除外した。受賞作そのものを対象に、刊行状況と書籍としての同定可能性を中心にまとめている。
書籍情報
- 出版社
- 青土社
- 発売日
- 2007-12-01
- ページ数
- 155ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784791763894
- ISBN-10
- 4791763890
- 価格
- 1896 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
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レビュー
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非常に良い文章です。
。 昨今の弱り切った文学界がこれを理解できるのかと思ったら、 受賞歴 2007年 第1回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞(『わたくし率 イン歯-、または世界』『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』) 2008年 第138回芥川龍之介賞(『乳と卵』) 2008年 第1回池田晶子記念賞(『わたくし率 イン歯-、または世界』『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』) 2009年 第14回中原中也賞(『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』) 2010年 第83回キネマ旬報新人女優賞を受賞(『パンドラの匣』) 2010年 第5回おおさかシネマフェスティバル新人女優賞 2010年 第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞『ヘヴン』) 2010年 第20回紫式部文学賞(『ヘヴン』) 2013年 第43回高見順賞(『水瓶』) 2013年 第49回谷崎潤一郎賞(『愛の夢とか』) 2016年 Granta Best of Young Japanese Novelists 2016(『マリーの愛の証明』) 2016年 第1回渡辺淳一文学賞(『あこがれ』) ふーん。わかっとるやないかい。 ただ「ユリイカ」に発表されたからと言って表題作が「詩」とは思えませんが。 これは散文です。まあええか。まあええわそらええわ。 「、、形式と保身と攻撃が大好きな君らのほんとの大好物はなんですか、、」(表題作より) てな訳で どこにも論理破綻がない作者の文章は心地よい。 ジョイス、ジュネ、ナボコフを経てベケットに至る世界文学の王道の継承者が日本にいたとは 知らなんだ。安部公房?いやいやいやーーーー、、、、そらかんにん。舞台でめだまひん剥いて 驚いてみせる作風は一流の人がやることではない。 王道というのはもちろん威張り腐ったブンガク者の集まる世界ではなく 親の七光りで女流カメラマンを作るプロジェクトのインチキな「才能」がまかり通る 狭い世界の人だけが得をする人脈忖度ニッポンの怪しいおばちゃんが歩んできた道でもなく (あの人は自分が構えたカメラのズーミングまで隣に立った付け人にやってもらっていたよね) 新宿のドブにぶっ倒れて息をひきとるその刹那の だからと言って自己愛なんかは限りなく消えているその世界の 王道のことを指しています。 指しつ指されつそらええわ なので 論理学やった人にはわかりやすい文体ですね。 だってそうでしょう、難解でダメな語りや文章というものはたとえば 主述が合わない 誰の語っている言葉か不明(ズレていくことさえある) 長文の最初と最後で結論が正反対になっている(これは詐欺師が使いますね) 質問に答えていないアホ政治家の逃げ答弁 とかであって それらは聞く者、読む者に猛烈な不快を喚起しますが 川上未映子さんの文章にはそのような不快を催すものは 一切ありません。ええやないのー。 不快を催さなかったのは私の個人的な体験であって 世界の全員に保証するもんではありませんよあったりまえだが念のため。
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キレイ
キレイでした。新品の様でした。本棚に飾ってあります。
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文体の冒険がいい、硬い抽象語で性を描く
本書では、『ユリイカ』2005年初出の「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」と、同2007年「彼女は四時の性交にうっとり、うっとりよ」の二編が面白い。新しい文体の実験が瑞々しいからである。奇妙な文章がとてもいい。「・・この情熱は髪にあるんか、やっぱりこれも指先にあるんか、毛根や毛穴を見てると息がふわあっとあつくなってゆく、ぷっと爪に挟まれて飛び出る脂肪、ああと、あつく、女子の先端にはなしかけるわ、何か書くつもりで涼しくパンツだけで部屋に座ってると毛の検分で2時間がぶったつ」(p15)。「女子の先端」という聞きなれない語が繰り返し出てくるが、これは女性器の先端の意味で、指先など含めて体の性的に敏感な部分を広く意味している。だからこそ、タイトル「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」が効いている。「推論」という語も奇妙に使われる。「ねえ、その推論は沁みますか、目に、どう、私の推論をどう思うの、や、推論が、量と質の出来事を関係を思うと彼女には性交がやってくる、ああ好き、とても好き、」(p86)。「性交」という語も変だ。「そしてふたたび性交はやってくる、まだトイレの椅子にひとりきりでいる彼女の膝に性交はのる、一瞬で、はいってしまう・・・」(p94)。主人公は彼氏と互いに体のいろいろなところを触れ合い、そのつどのさまざまな反応を意識しているが、それを「推論」と作者は呼んでいる。だから「推論が、目に沁みる」のだ。要するにセックスを描いているのだが、ふつうならねっとりと生々しくなる描写がそうならず、抽象的で硬質な語を奇妙な緩急をつけて用いることによって、乾いた感じの、おとぎ話のように聞こえる。感覚と感情が細かく交差するので、主人公の女性のデリケートな身体感覚がよく伝わってくる。文体の冒険は成功したと言えるだろう。
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中原中也賞受賞作
川上未映子は、大阪出身のミュージシャンであるいう共通点と、 観念的な文体から、町田康と比較されますが、 同じ大阪弁で書かれていても、 出生地の堺と京橋の言葉のイントネーションの違いや、 片やパンクロック、片やバラードの音楽性にも表れているように、 彼女の文章には、町田康の外に向う暴力性に比べて、 女性特有の子宮で世界を捉えている内向的な隠微さがあり、 メランコリックな生理を伴う感情のゆらぎを、 覗き見している危うさがあります。 中原中也賞を受賞した詩集だと聞いて読んだのですが、 詩とも散文ともつかない言葉のコラージュと言った趣のある 言葉遊びのような作品で、意味を探ろうとして読み進んでいくと、 とことん裏切られていきます。 『乳と卵』で芥川賞を受賞する前の『ユリイカ』に寄稿した 初期の4篇と新たに書き下ろされた3篇で構成されていますが、 読者を意識して書かれた余所行きの書下ろし作よりも、 何の制約もなく思うがままに書かれた初期の荒削りな作品の方が、 彼女の心のあせりが素直に書かれていて、私は好きです。(65点)
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人を選ぶ作品。だけど
川上未映子作品の中で、最も好き嫌いが別れ、人を選ぶ作品だと思います 私も「告白室の保存」「ぞうの目を焼いても焼いても」以外は読み進められませんでした。 それでも私はこの作品に☆5つで評価したい。 川上氏は「言葉」に対して最も敏感な作家のうちの一人、だと思うが、 この初期の作品はその才能が溢れ出ている。 単なる言葉遊びに終わらず、作者が直感で選びとった言葉と言葉がひしめきあい、 イメージで読み進めるのではなく、言葉を言葉として味わう本来の詩や純文学がここにはある。 特に「告白室の保存」がおすすめです。
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誰も真似できない途方もない表現力の豊潤さ!
川上未映子が、この2年間に文学少女インテリ雑誌「ユリイカ」に発表してきた短編を中心に纏めた作品集。まず、表題を始め、各編のタイトル名にそそられる(笑)。芥川賞受賞作の「乳と卵」でも、その独特でユニークな言い回しが刺激的であったが、その崩芽は今作でも存分に窺う事が出来る。さらさらと書き綴られているかのような文体の中での、まるで連想ゲームの如きめまぐるしく放たれる言葉の連鎖、最初こそ読み難いものの読み続けるうちに次第にクセになっていく既存の文法に捉われない自由奔放でリズミカルなセンテンス、そして、女性特有の感情の機微、身体器についてなまめかしくも繊細かつ切実と語られる表現力の斬新さ。正直、男性読者としては、あまりに濃厚で生理的な感覚に蹂躙され、息苦しくなる箇所もあるのだが、その感受性の途方もない豊かさは、やはり凄い作家だと思う。
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無垢無垢と尖がる少女の先端は世界を破裂させる弾頭
倉橋由美子の短編『腐敗』の現代詩的文体や、R.D.レイン『結ぼれ』の、簡潔で鋭い文の連続で人の複雑な間柄を描く手法を思わせるが、イメージの展開が更に激しく自由。blogに書かれてあった、人が手首を晒しているのが怖かった子供時代、髪への愛着、コンタクトレンズを貰って来るのも困難な私は大丈夫かしら、といった他愛ないような話も、幻想と思索に絡みとられていく。言葉・観念と身体・情念、母性と少女性の切なき対立。四時や四角への執着も不思議。全七篇中、第一篇は書かれた時期も最初期、文体の荒々しさは最強。懐かしい犬の匂いを断ち切る如くシイタケの茎を切り、自ら夕飯を作らねばならぬ孤独な時を刻む、さこん、さこんというリズムは、文筆歌手たる著者の詞も織り交ぜつつ、やがて怒涛へ。第二篇は四角い湯ぶねと対話・出会いの話。明るく優しく暖かい世界に、やはり一片の悲性が、思考が、すっと入り込む。第三篇は身体感覚の細密描写が、読み手にまとわりつき、切り刻む。己が女性性を切り裂く少女性の凶暴な思考と生理。第四編は「推論」という単語を「性交」と、紙一重の、だが絶対的な隔たりを挟みつつピタリ貼り合せる手際に吃驚。第五編、ボルヘス的な宇宙=図書館の抱擁と責めは、草間弥生の鏡の部屋のような目眩と恐怖。第六篇、顔も名も知らぬ、過去の「性交女」の事をなぜ君は何度も訊くか、と「わたし」に困惑する「あなた」。だが、情緒も金も関わらず、個別性を捨象された性交は殆ど、純粋・抽象・普遍な「性交」概念。故に「あなた」との性交に常に既に、とり憑いている。責めたてる「わたし」も、顔無き論理に自家中毒。第七篇、インク(=文字?)と舌(=声?)の一致に躓く少女の成長を、目硝子を貰う事、世界の輪郭を得る事で描いて叙情的。家計簿や人々の声に戸惑いながら、輪郭を得る、得ない、を小さな呼吸のように明滅させる少女の健気さが心に沁みる。
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気持ちのいい関西弁
インパクトのあるデビュー作を含む、7編。 少女であること、身体が、自分の存在だって事、 女性から見た女性の感性が繊細に描かれているので、 男性としては、新たな女性観を突きつけられたような 一冊でした。
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