日本の文学賞

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半分のふるさと―私が日本にいたときのこと

野間児童文芸新人賞

半分のふるさと―私が日本にいたときのこと

イサンクム

『半分のふるさと』は、イサンクムによる福音館書店から刊行された作品で、野間児童文芸新人賞で評価された。題名が示す対象を軸に、著者の関心と時代背景を読ませる一作である。

受賞作野間児童文芸新人日本文学

作品情報

『半分のふるさと』は、野間児童文芸新人賞で選ばれたイサンクムの作品である。

『半分のふるさと』は、イサンクムの仕事の中で野間児童文芸新人賞の対象となった作品である。1993年に福音館書店から刊行された一冊として、作品名に掲げられた主題を中心に、人物、社会、歴史、記憶などを読み解く内容を持つ。

書籍情報

出版社
福音館書店
発売日
1993-05-31
ページ数
432ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784834011807
ISBN-10
4834011801
価格
2710 JPY
カテゴリ
本/絵本・児童書/ノンフィクション・伝記

1930年、日本で一人の朝鮮人の女の子が生まれた。母はその少女に民族の誇りを持って生きよ、という——彼女が日本で出会った様々な人々、出来事を躍動的に綴った感動的自伝です。 自分で読むなら:小学高学年から

レビュー

  • 時代は違っても同じ小学生の思い 共感できる

    お隣の国 声高に言い合うのでなく 素直な子どもの思い 伝わる

  • 読書感想文にお勧めな本です。

    いつも日本の一方的な意見ばかり聞かされる日韓に関係する話ですが、この本では一人の韓国人女性の目を通してまた新たな見方をすることができました。とても貴重な機会を与えてくれる一冊ですので、是非おすすめ致します。

  • 太平洋戦争終結までの在日少女の視点

    1930年に広島県で生まれた著者(女性)が、 在日朝鮮人として日本で過ごした、太平洋戦争が終了までの15年間と、 1991年に日本を再訪したときの様子を描いた自伝(ノンフィクション作品)です。 本作が取り扱っている時代的背景は以下のとおりです。 1910年 韓国併合(朝鮮総督府の設置) 1919年 三・一独立運動(それにより著者の祖父が死亡) 1939年 創氏改名 1941年 大東亜戦争(太平洋戦争)が勃発 1944年 徴兵、徴用が朝鮮人にも適用される 1945年 終戦により、日本の朝鮮半島統治が終了 小学校に入学する前の生活は、比較的穏やかです。 日本に住んでいる朝鮮人たちとの交流や、両親や兄弟のことを中心に描かれています。 小学校に入学する前に、家族は創氏改名を行わなくてはなりませんでした。 創氏改名とは、朝鮮人の名前を日本風の名前に変更しなくてはならないという、 大日本帝国や朝鮮総督府による政策のことです。 著者には、李相琴(イサンクム)という朝鮮名がありましたが、 創氏改名により「金村ひろこ」と名乗ることになりました。 しかし、ふだんの生活の中で「金村ひろこ」という名前を一度も使ったことがなかった著者は、 小学校の入学式で「金村さん」と名前を呼ばれたときに、その名前に反応することができませんでした。 その様子を見ていた級友たちは、即座に著者を馬鹿もの扱いにしていじめ、 「在日朝鮮人」ということもあいまって、いじめは著者が転校する小学2年生まで続きました。 それでも著者はめげずに勉学にはげみ、学校から表彰されることになりました。 表彰式には親族も出席し、親族は紋付袴を着用するのだと著者は学校側から教えられていました。 しかし母が表彰式に着てきたのは、朝鮮の民族衣装であるチマチョゴリでした。 チョーセン、チョーセン、というささやき声が聞こえる中、著者は表彰を受けるのですが、 家に帰ると、どうしてチマチョゴリを着てきたのかと母をなじります。 しかし母は、朝鮮では親族の晴れ舞台にはチマチョゴリを着るものです、 たとえここが日本であったとしても、私は朝鮮人としての誇りを失うつもりはありません、 といって、朝鮮人としての心構えを、娘である著者に伝えます。 転校した著者は、そこで出会った先生の指導を受け、日記を書きはじめます。 日記は先生が毎日チェックしてくれて、よく書けているところを褒めてくれます。 ある日、著者は日記の代わりに詩を書いて先生に提出しました。 先生は、生徒が昼食を食べているときに物語を読んでくれるのですが、 その日は著者に、書いてきた詩を読み上げてくれないだろうか、と提案します。 詩の内容は、小学2年生が書いた家族の物語で、家族間の愛情が描かれているものでした。 朗読が終わると、級友たちからも褒められ、著者は自信を得ることになります。 家族はさらに引っ越しをして、海軍兵学校がある江田島へ移ります。 そのころには、すでに太平洋戦争が始まっていて、 シンガポール陥落のお祝いとして、生徒たちにはゴムマリが配給されました。 しかし一緒に遊んでいた他の女の子が、ゴムマリを蹴りすぎて、兵学校の中に入れてしまいます。 兵学校の中には入ることができない決まりになっていたため、女の子は泣きじゃくりますが、 友達と一緒に門番のところに説明に行くと、兵学校の人たちは一生懸命になってゴムマリをさがしてくれて、 ゴムマリは女の子の手の中に戻されることになりました。 太平洋戦争の末期、著者と家族は大分県の中津で暮らしていました。 徴兵、徴用が朝鮮人にも適用されることになったのですが、 朝鮮人たちの間には、女子が徴発されると、従軍慰安婦にされるのではないかという噂や懸念がありました。 著者もそういう不安の中に立たされていたため、先手を打って、看護婦として働くことになりました。 しかし看護婦というのは名ばかりで、雑役婦のような仕事ばかりをさせられたり、 またあるときには、死者の体を、埋葬するその時まで維持するために、 体中の穴という穴に綿をつめる作業に従事させられるなど、 15歳の少女にとってはつらい作業を経験することになりました。 そして太平洋戦争は、日本の無条件降伏により終戦を迎えることになります。 家族は朝鮮に帰ろうとしますが、著者は日本に残ろうとします。 日本に残る理由は、簡潔にいうと「朝鮮は遅れているから」でした。 しかしその理由を聞いた母は激怒します。 確かに朝鮮は日本と比べたら遅れているかもしれない。 しかしいま私達が朝鮮を見捨てたら、いったいいつ朝鮮は浮かび上がるのだろうか。 朝鮮に帰ったら困難が待ちかまえているかもしれない。 でも朝鮮人として朝鮮に生き、他の朝鮮人たちとともに苦楽を共にすることが朝鮮人としての誇りになるのではないか。 そんなふうにさとされた著者は、母の言葉を受け入れ、ともに朝鮮へ行くことを決意します。 上記のように、本書には様々なエピソードが語られているのですが、 本書の根幹は何かということを考えてみると、やはり「在日」になるのではないでしょうか。 特に悪いことをしたわけでもない少女が「在日」というだけで差別を受け、 罵声を浴びたり、つばをはきかけられたりするというのは、 幼い子供にとって、とても大きな心の傷になったのではないでしょうか。 本書には、そういう現代にも通じる「在日」の悲しみが描かれています。 著者が在日朝鮮人であったためか、本作には在日朝鮮人としての生活の模様が色濃く反映されていますが、 「1930年に生を受けた少女の終戦までの記録」というふうに本書を眺めてみると、 なかなか興味深い記述がいくつもあります。 父親と一緒に競馬場を訪れて、馬券も買わずに馬ばかりを見ていたとか、 京都には、文禄・慶長の役のときに集めた朝鮮人たちの耳を葬っている耳塚があるとか、 学校の弁当は、政府の指導により、日の丸弁当以外は許されなかったとか、 そういう他愛もないエピソードが胸に残ります。

  • 彼等に欠けている視点

    このような書籍を読んだ後いつも思う事だが、当然話の内容は著者の主観で語られる。 それらすべてを善として読者は認識してしまう。 著者はごく普通の人間だったかもしれないが、では当時の朝鮮民族はどうだったのか。 日本人が嫌悪を感じさせられる様々な事象が日常にあった。 現代の韓国/北朝鮮の日本に対する発言、歴史捏造、プロパガンダを見てみれば想像がつくだろう。 差別を受ける朝鮮人の影に、被害を受けたり不快な思いをする多くの日本人がいた。その視点はこの本には当然記述されない。 また朝鮮が当時の激変する時代にちゃんと対応できていれば、日韓の併合もなかった事は自明の理。 清や朝鮮がもっとしっかりと時代の波に対応し、ロシアの覇権も阻止し、東アジアを安定させていてくれれば、日本は日韓併合 の必要もなかった。著者は真摯に当時の生活を書いているだけなのだろうが、その反省が著者には欠如している。 かくて又1人、朝鮮人は被害者という歴史をものすごく単純化したストーリーを信じる日本人ができあがる。

  • 戦前の日本で暮らしていたある朝鮮人の主観的な記録

    戦前、日本で暮らしていた朝鮮人の暮らしぶりを知ることができる、貴重な本です。 ですが、本全体を通して著者と著者の母親の主観が散りばめられています。著者の母親はかなり強烈な方で、今の韓国を象徴するような、日本人とは全く違う気質なのだと分かります。 事実を知って欲しくて書いたとのことですが、この著者の生活ぶりは事実として知ることはできても、歴史の背景までは書かれておらず、歴史上の事象は、あくまで小さい頃の記憶と主観で語られています。事実が個人の主観でねじ曲がって表現されていることもあります。日本批判にもっていきたい著者の意図も全体的に見てとれます。 歴史を学ぶというよりは、「こんなことを感じて暮らしていたんだなぁ」と戦前の朝鮮人に思いを馳せるには良い本だと思います。

  • 中高生に、もちろん大人にも

    休日の1日で読み終えました。 日韓、日朝関係において拭うことのできない過去、日本による 朝鮮半島の植民地支配真っただ中の時代背景。 1930年現広島市の北部可部に生まれ、15歳で終戦を迎えるまで 日本で生きた作者。朝鮮人の父母と家族、当時の在日朝鮮人と 日本人との関わり。当時の人びとの生きざまや心情が、 淡々とに綴られています。 また3.1独立運動で父を殺され孤児となり、決して過去を語らな かった作者の母が、最後まで朝鮮人の自尊心を貫き通す姿がひときわ 鮮明です。 時折、後年作者が日本に訪れたときのエピソードを織りまぜながら 物語はすすみます。そこには作者には消すことのできない「半分の ふるさと」日本への愛情が感じられます。 読みにくい漢字にはルビがふってあり、難しい語句などにはくわしく 注釈が記されています。史実に関しては、客観的に淡々と偏りなく 書かれているように感じました。 中学二年生の娘が、いま手にとって読んでいます。

  • 日韓の歴史の片りんの片りん

    冬のソナタを筆頭に韓流ブームな昨今ですが.. 作者が戦前の広島を中心に住んでいた日本にいた子ども時代を 普通に綴られています。 朝鮮人というだけで、つばをはきかけられる等不当な扱いを受けたり、 逆に、「朝鮮はうつくしい国です」「相琴(ソウキン…作者の本名)はうつくしい名前です。」 と彼女に優しく賢明に指導してくれる小学校の先生の存在。 朝鮮人であること、人間であることの誇りを強く作者に伝える母親等 家族や知人とのやりとり.. 私が子どもの頃、まだ朝鮮人バラックと呼ばれる町があり、 「あそこには近づいたらいけんよ」「あの子とは付き合わんのよ」と 言っていた母親世代の方々が「ヨンサマ〜」と、はしたなく騒ぐさまを ニュースを見るたびになんともいえない気持ちでしたが…。 キムチを食べることを忌み嫌われた時代に生きていた作者が 最近、日本人が好んで食べたり、買う様子をなんともいえないと語っています。 フィクションとはいえ、朝鮮の時代劇等を見れば、日本と同じだったり、 より優れている文化を持っていたりする隣国ですが、 時代、歴史、戦争、政治、差別…一言では表せない事情はあるのですが 少なくとも差別や偏見の無い関係でありたいと願うばかりです。

  • 日韓の歴史を垣間見た

    戦前、朝鮮が日本の植民地だった時代、著者が在日朝鮮人として過ごした日々を綴ってある。 著者が子供の頃の実体験であり、難しい歴史書ではないため、とても入りやすかった。在日朝鮮人の想像を超える当時の生活内容に、日本人として考えさせられる思いだった。 現代では当たり前になった日本と韓国の文化交流だが、二国間において、重い歴史があることを改めて認識させられた。

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