書籍情報
- 出版社
- 作品社
- 発売日
- 2021-04-30
- ページ数
- 724ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 16 x 4.6 x 21.7 cm
- ISBN-13
- 9784861828508
- ISBN-10
- 4861828503
- 価格
- 6930 JPY
- カテゴリ
- 本/エンターテイメント/映画/総合
写真やテレビなどの隣接する表象芸術に目を配り、カメラやフィルムなどの撮影機材、照明や編集などの技術的側面の変化を踏まえ、記録映画・実験映画・劇映画を同列に置いてその人的交流や表現の境界線を論じ、数多著されてきたハリウッド中心主義の歴史とはまったく違う、新たなパースペクティブを創出する。かつて誰も語り得なかった、〈アメリカ映画〉の真の姿! 本書は、アメリカ映画の一時代を従来とはいささか異なる視角から眺め渡すことを目指している。課題の一つとなるのは、意識的な現実探求、外観的「本当らしさ」の追求、あるいは外観の再現を超えた“真相”への志向は、合衆国映画界の場合、いかなる動因によって生じ、いかなるかたちで展開していったのか、を問うことだ。 扱う領域はほぼアメリカ映画に限られているものの、メジャー系/独立系、あるいは劇映画/記録映画/実験映画、さらには写真/映画/テレビといった区分けをひとまずカッコに括って、これらが秘めている相互作用のほうに着目したい。実のところ、一九六〇年あたりを境として、スタジオ映画においてさえこうした区分けが無効化し始めていることが明らかになるだろう。(「序に代えて」より)
(とおやま・すみお)1969年生まれ。映画評論家。編著書に『紀伊國屋映画叢書』(全3巻、紀伊國屋書店)、『チェコスロヴァキア・ヌーヴェルヴァーグ』(国書刊行会)など。訳書に『サミュエル・フラー自伝 わたしはいかに書き、闘い、映画をつくってきたか』(boid)、『私のハリウッド交友録 映画スター25人の肖像』(エスクァイア マガジン ジャパン)、『ジョン・カサヴェテスは語る』(幻冬舎、共訳)などがある。
レビュー
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技術と方法論からアメリカ映画の裏側を描き出す大作
数々のDVDの解説文や、チミノ、スコリモフスキといった映画作家の評伝本でお馴染みの、遠山純生氏による素晴らしい大著。ハリウッド映画に限らないアメリカ映画を、撮影技術や方法論の進化から個々の作品を分析していくことで、従来の「ハリウッド映画=夢の工場」という神話に隠れていた部分を見つめ、同時にその神話が何で成り立っていたかも浮かび上がらせる。 遠山氏の文章は、物語の粗筋と構造分析・画面と音の描写・関係者たちの証言・製作背景の説明がバランスよく配置され、余計な思い入れや自分語りが一切ない。そのため、作品そのものが立体的に浮かび上がってくる。 更に、長年商業媒体で書かれた修練の賜物だろう、理論を考察する部分でも、人文系論文にありがちな無味乾燥さや力みとは一線を画して、描写や文章の流れが整理されて自然で、どこか艶やかさや気品すら感じられる。そのため、あまり馴染みのないマイナーな映画もすっと頭に入ってきて、今まで殆ど語られたことのなかった裏アメリカ映画史を巡る旅に読者を誘ってくれるはずだ。 そして、そうした裏のマイナーな部分から照射する、表側の有名なアメリカ映画の読み直しも、抜群に面白い。数々の強烈な独立系映画を紹介する中での『イージー・ライダー』や『フレンチ・コネクション』の位置づけは説得力があるし、つい演劇や人間描写についての印象批評に陥りがちなカサヴェテスを、ロバート・ロッセン(『ハスラー』他)という意外な監督との共通項を絡めて、その綱渡り的な「記録」としての映画製作から解きほぐしていくのは素晴らしい。デ・パルマを実験的な初期作から読み解くのも愉しい発見だ。驚きだったのは、初期ジョージ・ルーカスと左翼系社会派映画人たちの交流。『スター・ウォーズ』ファンは是非読んで、自分たちが愛したものが一体何だったのか、考えてほしいと思う。 ただ、この本を2021年に読むと、そうした映画ファン的な見方とは別の感懐も湧いてくる。なぜならここで扱われているのは、1920~70年代という、ある特異な時代だからだ。それは、映画という19世紀末に生まれた新しい媒体が、まだ進化すると信じられていた時代である。この本に出てくる映画人たちは主義も主張も異なるが、皆驚くほどの情熱をもって、革新的な映画を創るため試行錯誤している。インターネット配信とSNS が普及した2021年現在、そんな進化を一体誰が信じているだろうか。 ここで分析される映画のほとんどが、映画館でフィルム上映で見るのは困難だが、海外版DVDや配信・ネットで探して見るのは、実は比較的容易だったりする。つまり、私たちがかつて映画と呼んでいたもの(フィルムで作られ上映という行為が必要だったもの)は、もうある種のアーカイブになったのだと思う。古典的な西洋絵画やクラシック音楽のように、そのジャンル自体は進化することをやめ、革新的な表現形式の作品を創りだすための養分や下地となっていくのだろう。だからこの本は、ある一つの時代の芸術と社会を分析した考古学の書物であり、過去から学ぶための優れた歴史学の書物でもあるのだと思う。