中原昌也 作業日誌 2004→2007
中原昌也が二〇〇四年から二〇〇七年にかけて綴った日誌をまとめた一冊。作家・音楽家としての日々、交友、仕事、苛立ちが断片的に積み重なる。
作品情報
三年半の日々の断片が、作家の生活と時代の空気をそのまま立ち上げる。
作家・ミュージシャン中原昌也の日誌本。日常の記録でありながら、交友や仕事の断片が連なり、二〇〇〇年代半ばの文化圏の空気を伝える。
レビュー要約
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膨大な日々の断片から、作者の交友や活動の広がりを読み取る楽しさがある。
書籍情報
- 出版社
- boid
- 発売日
- 2018-11-09
- ページ数
- 416ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 18.8 x 12.8 x 2.5 cm
- ISBN-13
- 9784990404901
- ISBN-10
- 4990404904
- 価格
- 473 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/エッセー・随筆
あの日記は氷山の一角だった!! 「EYE SCREAM」誌連載の「親指王子ケイタイ日記」、2004年から07年8月までの約3年半の記録。 詳細はboid.netでご確認ください。
中原昌也(なかはらまさや) 1970年東京都生まれ。 88年頃よりMTRやサンプラーを用いて音楽制作を開始。90年、アメリカのインディペンデントレーベルから「暴力温泉芸者=Violent Onsen Geisha」名義でスプリットLPをリリース。ソニック・ユース、ベック、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンらの来日公演でオープニング・アクトに指名され、95年のアメリカ・ツアーを始め海外公演を重ねるなど、日本以外での評価も高い。97年からユニット名を「Hair Stylistics」に改め活動。音楽活動と並行して小説、映画評論も手掛け、2001年に『あらゆる場所に花束が……』(新潮社)で三島由紀夫賞を受賞、2008年には『中原昌也 作業日誌』で第18回ドゥマゴ賞を受賞した。その後文学界から遠く離れていたが、2011年には自伝『死んでも何も残さない』、12年には短編集『悲惨すぎる家なき子の死』を刊行。
レビュー
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お薦めの一作
レコードを買って、映画を見て、飲みに行って、原稿を書く・・・というループ だけの小説なのだが、社会の多数派のような行動様式や思考に嵌り込んでいない 処が、妙に享楽的で面白い。 何がこんなに面白いかは、正直上手く分析できない。中年のおっさん(失礼) の日常が、まるで青春に心が裏返った時のようにキラキラ輝いているのは、 才能があるが故に凡人などより遥かに精神的に自由に生きているからだと 感じさせられてならない。 中原さんの本は色々読んだが、本作は、小説というか映画批評以外の著作 だと個人的に最も愉しめた。紙媒体だと可成りブ厚い本なので、読み応えも 十二分にある。ちまちま読み進めるのも愉しいかも知れない。 中原さんはオタク文化が嫌いだ。差別するなと言うのは簡単なのだが、誰に でも生理的にどうしても許容し難いモノというのも現実的には、あるので、 中原さんにとってのアニメや漫画もそうなのかなぁ・・・等と想う。 中原さんは本作で買っているレコード等で自分の知っているものを見ると センスがいいので、ある意味ヘンで、ヘンだからこそ精神性のある(僕の言辞で いうと変態には精神性があるということになる)オタク文化が嫌なのかも知れない な・・・とは感じる。映画も本もアニメや漫画も分け隔てなく好きな人間としては 残念ではあるが。 余談になるが、私は中原さんの小説や映画批評を人に薦めることが多い。 だが、「知的生き方教室」「人生は驚きに充ちている」等は、タイトルから して明らかに中原流のギャグなのだが、そこが伝わらない人が意外と多くて 少々、驚いている。でも「エーガ海に捧ぐ」の挿絵を描いていたリリー・ フランキーも半ばネタとして書いている中卒だとか金がないと言う自虐が ネタとして伝わってない節があったのだが、意外と伝わり難い部分なんで しょうかねぇ?
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いいから読め
『死の棘』とタイマン張れるのはこれしかない。
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毎日の記録
中原 昌也氏による3年半の長きに渡る毎日の記録。 内容は他のレビュアーの方々が詳しく触れているが,特に前半,延々と続く著者のネガティブさには,カタルシスさえ感じる。 固有名詞の出てくるカルトシネマや音楽の数々…知的好奇心を満たすと共に,決して退屈することなく読み進める事が出来ました。
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すさまじく、おもしろい
ミュージシャン/映画評論家/作家の、三年半にわたる日記。 この本に、「断腸亭日乗」(荷風)の叙情や「言わなければよかったのに日記」(深沢七郎)のエスプリを求めてはいけない(まあ、この本にもそれは少しはあるけれど)。 そういう日記文学よりも、本書の読後感はサドの「ソドム百二十日」に近い。 毎日のように出てくる、著者が買うDVD、CD、音楽機材、本などのおびただしいタイトル名。原稿料が入るとすぐにそれらを買うことで蕩尽せずにはいられない、業のようなものが読むうちに浮かび上がってくる。 サドの本で過剰に並べられる性行為のバリエーションがかえって性の不毛を浮かび上がらせたのに似て、「作業日誌」の買い物は、楽しいことというより、何かへの抵抗運動か、パフォーマンスのように見えてくる。 欲しいものを買い続けることは結構疲れるだろうし、それがこの著者のレベルまで行くと簡単に真似できるものではない。 ただの「お買い物日記」なら、自分の知識や買ったことを自慢する感じが出てくるだろうけれど、この本にはそういう感じはない。 かわりに、よくわからない覚悟と、悲愴がある。 商品をただ買っているわけではなく、そこに批評精神があるからなのか。 よくわからない。が、言えるのは、この本の値段2500円を「けっこう高い」と感じて尻込みしてしまう人と、銀行残高がゼロに近づこうと面白そうなものには金を惜しまない中原昌也とでは、知的リソースに対する貪欲さが違う、人間の器が違う、ということだ。 (そこまで言うとちょっと誉めすぎか。単に我慢ができないのかも知れないけれど。) というように面白く読める一方、読者にとっては、著者の精神の糧となっている映画や音楽、本へのガイドとしても、もちろん有用。必読。
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買う、泣く、そして。徹頭徹尾芸術家。
とにかくよく買う。労働、お金、貯蓄は不浄だとばかり、入ったギャラの分はきっちりとCDやレコードやDVDなどに交換してしまうのだから年中金欠状態なのは当然のこと。買いっぷりだけ追っていても気持ちがいい。 ライブハウスや試写室や自宅で、著者はよく泣く。これは誇張でなく本当に泣く。とにかく著者はプアでありピュアでもあるって、つまらないシャレですみません。 そして、著者はよく人に会う。編集者、作家、映画監督、評論家、音楽家、俳優……。金はくれないけれど(たまに貸してはくれるようです)、著者の仕事を評価する人は多い。世の中捨てたもんじゃない。 本人は冗談じゃないと言うだろうが、「凡庸」に安住している私からすると、すっごくうらやましい極端な毎日の記録で、「無理せずにやりたいことやっちゃおうかな、この際だから」などとよくわけもわからないやる気が出てきたりもします。 永井荷風の『断腸亭日常』をこえる、中原昌也の買い物日記。何十年か後にも残っている名著だと思います。
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おもしろ過ぎる!!
この本を読んで素直に思った事は、「中原昌也365日=作品」。 帯に「毎日一日分読む事……三年楽しめます」とあるが、 絶対に無理!! こんなに面白い本、絶対三年間もかけれません!! 読んだら、この内容で2500円は安過ぎると思うはず。 この本の中には、今まで観た事も聴いた事も無いような映画、音楽が… 片手にこの本、片手でネット検索をおすすめします…! 無駄の無いお金の使い方が分かる本です!!
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祝・ドゥマゴ文学賞受賞☆
彼の小説、映画評は愛読しているが、個人的には本作が最もおもしろく、ぐいぐい引き込まれ、相当な文字量をものともせずに一気に読んだ。彼の文章につねに出てくる苦しさの吐露は、短い文章で読む分にはちょっとしたユーモアに見えたりもするのだが、本書では実感が切実に迫ってくる(もちろん天性のサービス精神から誇張している部分はあるにせよ)。そしてその苦しさ・辛さはいま(近代?)の社会に生きることの息苦しさを確かに反映しているように思えた(ちょっと違うかも知れないが、ともかく普遍的なテーマだと)。また、むしょうにもっと映画を観たくなり、まともな本を読みたくなる本でもある(人によってはまともな音楽を聴きたくなるだろう)。著者の芸術に対する躊躇のないカネ払いのよさに影響を受け、読了後、2600円か……と思って買っていなかった『トランス=アトランティック』やら海外文学を、ケチるのが何だかしみったれで恥に思えて、まとめ買いしてしまった。その意味では、本書がよく読まれれば、ずいぶんいい社会になりそうだとも言えるかな。
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みだれ飛ぶ固有名
おびただしい固有名がみだれ飛ぶ。さまざまな映画、音楽、それに書籍……。 こんなに観ていない、聴いていない、読んでいないものが、まだ世の中にはあるのか。 読めば必ず散財せずにはいられなくなるはず。