日本の文学賞

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橋 閒石

はし かんせき

Hashi Kanseki

ペンネーム: 閒石俳号。本名泰来の祖父の号に由来する俳号として使用, 清可荘庵号(草庵名)として使用, 四空窓寺崎方堂より譲られた号の一つ

プロフィール

性別
男性
生誕
1903-02-03 (石川県金沢市十三間町)
死没
1992-11-26 (神戸市(須磨区在住)) 89歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
石川県金沢市 → 和歌山県(和歌山中学校赴任) → 兵庫県神戸市(須磨区)

経歴

職業
俳人, 英文学者, 教員, 翻訳者
活動期間
1928年〜1992年
所属
神戸商科大学(のち兵庫県立大学), 親和女子大学(教授、のち学長), 白燕俳句会(創刊・主宰)
影響を受けた人物
泉鏡花, 室生犀星, 西田幾多郎

学歴

京都帝国大学(現 京都大学)
英文科 / 英文科
期間: ~1928(卒業)
卒業年: 1928
国: 日本

受賞歴

蛇笏賞
1984
対象作品: 和栲
主催: 蛇笏賞選考委員会
結果: Winner
詩歌文学館賞
1988
対象作品: 橋閒石俳句選集
主催: 詩歌文学館
結果: Winner
連句協会 功労賞
1991
主催: 連句協会
結果: Winner

受賞・候補エディション

蛇笏賞 1回登壇
  1. 受賞作: 和栲

    『和栲』は橋閒石による句集。古語の響きと端正な形式感を生かし、自然や時間の肌触りを凝縮して示す句集。

    『和栲』は、橋閒石の表現の特徴を示す受賞作である。

    俳句古典的語感自然
詩歌文学館賞 1回登壇
  1. 橋閒石俳句選集は、橋閒石の言葉の呼吸と感覚のきめ細かさが前面に出る詩歌作品。日常の気配や記憶を凝縮し、短い表現の中に時間の厚みを宿す。

    橋閒石俳句選集は、橋閒石の言葉の呼吸と感覚のきめ細かさが前面に出る詩歌作品。

    389ページ
    詩歌記憶言葉日常

作品

代表作

1951年 句集

故郷金沢への郷愁を帯びた初期句集。叙情的な句が中心。

郷愁自然

1978年 句集

中期以降の実験的・知的作風を含む句集。代表句のいくつかを収録。

実験性宇宙観日常の異化

和栲

1983年 句集

晩年の句集。連句への回帰や俳諧的な軽みが見られる作品群。

連句老年遊戯性

微光

1992年 句集

晩年に近い刊行。短いイメージに象徴的な要素を凝縮した句が多い。

象徴性短詩内省

全著作

  • 雪(白燕発行所) 1951
  • 朱明(白燕発行所) 1954
  • 無刻(発行所) 1959
  • 風景(白燕発行所) 1963
  • 荒栲(白燕発行所) 1971
  • 卯(白燕発行所) 1978
  • 和栲(湯川書房) 1983
  • 橋閒石俳句選集(沖積舎) 1987
  • 微光(沖積舎) 1992
  • 橋閒石全句集(沖積舎) 2003(編刊)

作家による翻訳

  • ヘンリー・デイヴィッド・ソロー 編(橋泰來編) 莊人社 1939
  • オリヂン オブ スピーシーズ(橋泰来編) 川瀬日進堂書店 1943
  • 日時計(橋閒石訳) 関書院 1952

作風・主題

文体
独学の俳句創作実験的・知的な俳句連句の復興を志向した作風叙情的な初期作
頻出モチーフ
銀河/宇宙的イメージ海鼠(なまこ)階段故郷(金沢)

健康

  • 長期の病床(若年時)
    中学後半頃
    病床で俳書を読み独学で俳句を学ぶきっかけとなった
  • 心不全(死因)
    1992年(死去)
    1992年11月26日に心不全で死去した

評価・遺産

橋閒石は20世紀後半の日本俳壇において独自の実験性と伝統回帰を両立させた俳人・英文学者であり、白燕の創刊と連句普及により後進への影響を与えた。句集と研究書を通じて俳諧史研究と実作の両面で評価される。

関連学会

  • 神戸俳文学会(設立に関与)

資料所蔵先

  • 国立国会図書館(著作・著作物の所蔵)
  • 白燕俳句会(句稿・会誌の所蔵)

引用

  • 蝶になる途中九億九光年
    出典: 句集『卯』 (1978年)

豆知識

  • 本名は泰来(やすき)。俳号は祖父の号に由来する。
  • 戦災で須磨の自宅が焼失し、句稿の多くを失った。
  • 1949年に月刊誌「白燕」を創刊し主宰となった。
  • 英文学の研究者として翻訳業も行った(ソロー、ヘイズリット等)。