日本の文学賞

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児玉 隆也

こだま たかや

Kodama Takaya

プロフィール

性別
男性
生誕
1937-05-07 (兵庫県芦屋市)
死没
1975-05-22 (東京都(国立がんセンター)) 38歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
兵庫県芦屋市(出生・幼少期) → 東京都(在住・取材活動)

経歴

職業
ジャーナリスト, ルポライター
活動期間
1958年〜1975年
影響を受けた人物
三島由紀夫, 立花隆

学歴

早稲田大学
第二政経学部 / 政経学部
国: 日本
在学中に働きながら執筆・編集の仕事を行う

受賞歴

文藝春秋読者賞(第36回)
1974
対象作品: 淋しき越山会の女王(特集記事)
主催: 文藝春秋
結果: 受賞
日本エッセイスト・クラブ賞(第23回)
対象作品: 一銭五厘たちの横丁
主催: 日本エッセイスト・クラブ
結果: 受賞(死後)

受賞・候補エディション

  1. 『一銭五厘たちの横丁』は、児玉隆也が戦時下の下町に生きた人びとの記憶を追ったルポルタージュ。桑原甲子雄の写真を手がかりに、召集令状がもたらした戦争の重みを生活の場所から描き出す。

    横丁に残された写真から、戦争に巻き込まれた名もなき人びとの声をたどる。

    166ページ
    戦争の記憶東京下町ルポルタージュ写真

作品

代表作

淋しき越山会の女王

1974年 ルポルタージュ/ノンフィクション

越山会とその関係者を取材したルポルタージュ。田中角栄と越山会のつながりや影響力を詳細に報じた。

政治権力の私的ネットワーク政党と裏金

一銭五厘たちの横丁

1975年 ノンフィクション/エッセイ

写真と文章で戦後の下町や人々の暮らしを描いた作品。人情と日常の描写が特徴。

庶民の暮らし戦後社会

ガン病棟の九十九日

1975年 ノンフィクション/医療ルポ

自身の入院・闘病体験をもとにしたルポルタージュで、病と向き合う人々の姿を描く。

病と死医療と人間

君は天皇を見たか

1975年 ノンフィクション/報道

天皇に関する現場検証を行ったルポルタージュ的な著作。

天皇制現場検証

全著作

  • 市のある町の旅 : 人情と風土にあふれる朝市行脚(1973)
  • 人間を生きている : 生きる自信への処方箋(1973)
  • 人間直言 : 桐島洋子対談集(1974、構成担当)
  • 君は天皇を見たか : 「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証(1975)
  • 一銭五厘たちの横丁(1975)
  • この三十年の日本人(1975)
  • ガン病棟の九十九日(1975)
  • テレビ見世物小屋(1975)
  • 現代を歩く(1976)
  • みんな、やさしかったよ : 三百六十五日の愛の物語(1977)
  • 淋しき越山会の女王 他六編(岩波現代文庫 2001)

翻案

  • 伝記映画『愛はとこしえに』の企画(東宝、今井正監督) — 制作決定後に中止

作風・主題

文体
ノンフィクション/ルポルタージュ叙述的で現場密着の筆致社会的事象の掘り下げ
頻出モチーフ
政治権力と私的ネットワークの暴露庶民や周縁の人々への眼差し病と死、医療現場の描写

健康

  • 肺癌
    1974-1975
    1974年末から入院・治療を受け、以後の活動に大きな制約を与えた
  • 心タンポナーデ(死因)
    1975-05
    容体の急変により1975年5月22日に死去

評価・遺産

田中角栄の金脈問題の追及を通じて戦後日本の政治とメディアの関係を鋭く照射したルポライターとして評価される。早逝したが、死後に受賞や評伝が続き、政治報道に与えた影響は大きい。映画化企画の中止をめぐる論争も彼の遺産の一部となった。

資料所蔵先

  • 国立国会図書館(児玉隆也関係資料)
  • 文藝春秋・光文社など出版社の所蔵資料(散逸あり)

大衆文化への影響

  • 伝記映画『愛はとこしえに』企画と中止(政治圧力の影響とされる)
  • 評伝や研究書の題材として扱われることが多い

引用

  • あれはいい記事だったよ。
    出典: 三島由紀夫(当時の励ましの言葉、文藝春秋関係のやりとり) (1974年)

豆知識

  • 38歳で死去した。
  • 三島由紀夫が執筆を依頼した際、三島の担当編集者となった経緯がある。
  • 死後に刊行された『一銭五厘たちの横丁』が日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。
  • 児玉の伝記映画企画が中止になり、制作中止の背景に政治的圧力があるとする暴露が行われた。