裁判の非情と人情 (岩波新書)
刑事裁判に長く携わった元裁判官が、裁判員制度、冤罪、死刑、量刑などをめぐる現場の緊張を語る新書。制度の冷徹さと、人間を裁く場に避けがたく入り込む情とのあいだを、実務経験から考える。
作品情報
人を裁く制度の厳しさと、人間の情が交差する場所を見つめる。
岩波新書新赤版として2017年に刊行。版元ドットコムで ISBN-13、ISBN-10、ページ数、新聞書評掲載情報を確認した。紙書籍のため ASIN は ISBN-10 と同値で補完した。
書籍情報
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 2017-02-22
- ページ数
- 208ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.8 x 0.8 x 17.8 cm
- ISBN-13
- 9784004316466
- ISBN-10
- 4004316464
- 価格
- 946 JPY
- カテゴリ
- 本/社会・政治/法律/司法・裁判/一般
裁かれるのも「人」なら、裁くのも「人」のはず。しかし、私たちにとって裁判と裁判官はいまだ遠い存在だ。有罪率99%といわれる日本の刑事裁判で、20件以上の無罪判決を言い渡した元東京高裁判事が、思わず笑いを誘う法廷での一コマもまじえながら、裁判員制度、冤罪、死刑などをめぐり、裁判官の知られざる仕事と胸のうちを綴る。
原田國男(はらだ くにお) 1945年鎌倉市生まれ. 1967年東京大学法学部卒業.博士(法学,慶應義塾大学). 1969年に裁判官任官ののち,長年にわたり刑事裁判に携わり,2010年に東京高等裁判所部総括判事を定年退官. 現在―慶應義塾大学大学院法務研究科客員教授,弁護士(第一東京弁護士会所属). 著書―『量刑判断の実際(第3版)』(立花書房),『裁判員裁判と量刑法』(成文堂),『逆転無罪の事実認定』(勁草書房)ほか.
レビュー
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法律を垣間見る
裁判の傍聴によく行く。あることがきっかけで法律やそれを扱う人々に興味を持ち出した。刑事裁判を見ることが多いが、場所のルールさえ守れば裁判所も親しみやすい学びの場所となる。検察官と弁護人のやり取りが面白い。ほとんど検察の味方になるが稀に弁護人の筋が通っていると思うこともある。そして執行猶予を得た被告人が傍聴席にも一礼することがあり、こちらもつい礼を返す。こういう時はいい気分になり、その被告人の立ち直りと幸福を願う。全体を管理する裁判官。苦労の多い仕事だと思う。この本には泣き笑いが多く描かれていて、裁判官も普通の人間だと実感した。実は私も少年時代の一時期、裁判官になりたいと思ったことがある。結局別の道に進んだが、妙にその頃を懐かしむ昨今である。
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人間味溢れる、現代の金さん。
良い本です。読む価値あり。
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散りばめられたプロフェッショナリズム
退官された裁判官の方が書いたエッセイ集のような本。裁判官生活の中でのエピソードや考えを一話一話完結で書いている。全体を通して、筆者が裁判官を長く真摯に勤めて、「裁判官」という特殊な存在について日々思考を巡らせた結晶がちりばめられており、非常に面白かった。 裁判官の仕事の特殊性は、裁判官は(当然ながら)神ではなく人間であるにもかかわらず、被告人という同じ人間を裁くという行為であり、それに伴って重要となる、事実認定という作業への真摯な向き合い方、裁判官としての倫理観・独立性、マスコミへの向き合い方及びそれを通した社会への責任などについて、筆者のプロフェッショナリズムが感じられた。
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連載コラムの新書化
元裁判官が自らの職業体験を回顧するエッセイ風の内容。中高生が法曹という職業を垣間見るには興味深く読み進められるのではないか(ただし最終章は読み応えを感じるかもしれない)と思われるお仕事紹介本。
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裁判官の「仕事術」に学ぶ
時に笑いも誘う裁判と裁判官のエピソードの数々から、 法律の世界について多くを知った。 イラストも多数含まれていて楽しく読んだが、あとには深い余韻が残る。 そのうえで、裁判所に定年まで勤めたという筆者の 組織に対する見方、仕事に対する姿勢は、 案外、多くの職場に通じるものではないかと思った。 たとえば、 裁判官として扱う事件について、 「来たものは来たでベストを尽くすのがプロとしての心構えである」 (73頁) 「法廷には、六法全書を持って行ってはいけないと指導された。 法廷は真剣勝負の場だから、六法全書に頼るようではダメだと いうのである。これは、その後、私も実践した。 いわば、気合の問題で、理屈の問題ではない」(116頁) えん罪防止のために、 「裁判官相互の自由な議論を喚起すれば、それだけでも意味があると思う。 自由な議論とは、何を言っても、人事上の不利益を 加えないということである」(97頁) 判決について、 「迷う時は最後まで迷う。法廷のドアのノブを握ったときに 判断ができることもある。そういう場面で、いわば、 アドリブで言い渡すのは極めて危険なのである」(32頁) 暖かい気持ちになるエッセイの核には、筆者の、自身の仕事に 対する厳しさと、創意工夫を重ね続ける探究心があるのではないか。 まっとうな仕事とは何かを教える本だ。 これから社会に出る若い人にもぜひ読んでほしいと感じた。
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裁判官はストレスが溜まる
裁判官という日常なじみのない職業の方が書かれた文章を拝読すると、なかなかストレスの溜まる職業ではと思えました。興味深く拝読しました。
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私たち一般人には知るよしもない裁判や裁判官にまつわる裏話的話題が満載であり、大変興味深く読ませてもらった
私は本書を、幾つかの裁判を題材にして、裁判の非情と人情を論じたものだと思っていたのだが、実際に読んでみた本書は、裁判及び裁判官にまつわる様々な話題を綴ったコラム集だった。『おわりに』によると、本書は、40回にわたり岩波書店の『世界』に連載した「裁判官の余白録」をまとめたものなのだそうだ。 筆者は最終話で、昔から法廷で面白いことがあると、「法廷ちょっといい話」という題名のノートに書いておく習慣があり、このノートのおかげで連載ができたと、『おわりに』では、堅苦しくならないように、少しでも肩の凝らないものをめざしたと書いているが、本書には、そうした面白く、肩の凝らない話題だけでなく、堅い話題・深刻な話題を含めて、私たち一般人には知るよしもない裁判や裁判官にまつわる裏話的話題が満載であり、大変興味深く読ませてもらった。 筆者自身が、我が国の裁判官は、個性がなく、まさに「名もない顔もない裁判官」だと認めているように、私たち一般人は、重要裁判の判決には興味があっても、その判決を下した裁判官の名前や顔には全く関心がないというのが現実だと思う。テレビで映し出される開廷前の無表情で人間味を感じない裁判官の姿が、ますますそうした思いを助長してしまっているという感があるが、本書のコラム集を読んでいると、いろいろな意味合いで、そんな裁判官も私たちと同じ一人の生身の人間なんだと思わせてくれる。 そんなコラム集の中でも、特に私が興味を引かれた話題を三つ紹介しておきたい。 私は、判決は判決日の前日までに当然決めているものだと思い込んでいたのだが、「実刑か執行猶予か迷うときは、二つの主文を用意して法廷に臨む。迷うときは、最後まで迷う。法廷のドアのノブを握ったときに決断ができることもある」(32ページ)には本当に驚かされた。 「無罪判決をするのには、勇気がいるとしばしば言われる」が、これは無罪判決をするといろいろな批判を受けるから、無罪にする勇気が出ないということでもなく、「無罪判決を続出すると、出世に影響して、場合によれば、転勤させられたり、刑事事件から外されたりするのではないかということであろう。これも、残念ながら事実である」(82ページ)も、裁判官人事の現実として、生々しい。 また筆者は、「(裁判官から)弁護人になり、無罪ないし冤罪を主張する被告人に何度も接見していると、この人は本当に無実なのだという確信が持てる」、身柄拘束について、「裁判官時代は、罪証隠滅や逃亡のおそれがあると考えがちであった。…だが、被告人との接見を繰り返していると、この不当に長い身柄拘束が本当に許されないものだと実感する」(以上151ページ以降)など、被告人に対する見方が、裁判官のときとは変わった旨話している。筆者の場合は裁判官から弁護士への転身だが、私は、検察官から弁護士に転身した人に対し、これまではさんざん有罪だ、身柄拘束をと言っていた人が、手の平を返したように無罪だ、保釈をとよく言えるものだという思いがあったのだが、単にプロとして、与えられたそれぞれの職務を忠実に実行するというだけでなく、立場が変われば被告人への見方自体が変わるという面もあるのだということも知らされた。
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惻隠の情
人が人を裁く無常、人に寄り添えば寄る添うほど、困窮を深める姿。 ありがたく、読ませていただきました。