日本の鶯 堀口大學聞書き (岩波現代文庫)
詩人・堀口大學が、マリー・ローランサンとの青春の日々、佐藤春夫との交遊、与謝野寛・晶子夫妻の思い出などを語る聞き書き。関容子の聞き手としての距離感が、恋と文学と人生をめぐる老詩人の声をやわらかく引き出している。
作品情報
詩人の記憶から、恋と文学の時代が静かに立ち上がる。
『日本の鶯 堀口大學聞書き』は、関容子が堀口大學の晩年の語りをまとめた聞き書き作品。マリー・ローランサンから「日本の鶯」と呼ばれた若き日の記憶をはじめ、佐藤春夫や与謝野夫妻らとの交流、詩と翻訳をめぐる経験が、親密な会話の形で綴られる。日本エッセイスト・クラブ賞を受けた、文学者の肉声を伝える一冊。
レビュー要約
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堀口大學の語り口の艶と、聞き手との信頼関係から引き出される逸話の豊かさが読者に印象を残している。文学史上の人物が遠い肖像ではなく、恋や交友を語る生身の存在として立ち上がる点が魅力とされる。
書籍情報
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 2010-12-17
- ページ数
- 432ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.5 x 1.9 x 15 cm
- ISBN-13
- 9784006021818
- ISBN-10
- 400602181X
- 価格
- 1825 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/詩歌/詩集
マリー・ローランサンは、なぜ堀口を「日本の鶯」と呼んだのか。コクトー、アポリネール、佐藤春夫、永井荷風ら忘れえぬ人との出会いと別れ。本書は、近代フランス詩の紹介で昭和の文学に絶大な影響を与えた大詩人堀口大學の最晩年に行われた聞書き。老詩人がエスプリあふれる言葉で、恋と文学と人生の来し方を語る。(解説=丸谷才一)
関 容子(せき ようこ) エッセイスト.東京生まれ.日本女子大学国文科卒業.81年,本書で日本エッセイストクラブ賞受賞.その後,歌舞伎エッセイにおいて『花の脇役』(新潮社)で96年,講談社エッセイ賞.『芸づくし忠臣蔵』(文藝春秋)で2000年,芸術選奨文部大臣賞,読売文学賞を受賞.著書に『中村勘三郎楽屋ばなし』『役者は勘九郎――中村屋三代』『海老蔵そして團十郎』(以上,文藝春秋)『虹の脇役』(新潮社)他がある.
レビュー
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甘露な飴でも舐めているような・・・
とにかく、日本語が美しい。インタビュアーと大學先生のやり取りの、言葉の美しさに感動。人生のベストテンに入ります。美しい日本語を使おうと思いました。せっかく日本語が話せるのですから。
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心でインタビューの成果
インタビューの回が進む内に著者と堀口大学氏の微妙な距離感が縮まり、同時に大学氏がご自身の若き日々を身近に引き寄せて行く様子に嬉しい興奮を覚えました。私自身と堀口大学氏、そして、著者と親しく心の交流を果たせたような爽やかな読後感です。
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老いてなお艶
角川版「堀口大学聞書き」は、長らく業者によって「稀こう本」扱いとされ、価格もバカ高く手が届かなかった。が、幸いなことに昨年末岩波現代文庫として再刊され、誰もが手にとれるようになった。 若い頃肺をわずらい外交官への道も断念した大学だったが、長寿に恵まれ89歳で天寿をまっとうした。関容子による月一回の長時間インタビューは一年半に及び、完了したのが大学逝去のわずか2年前のこと。生前の肉声を伝える本書の価値は高い。 若くて熱心な女性インタビュアーを迎え、当初は若干の困惑もあったのだろうが、やがて舌も滑らかに老詩人は自らの人生・異性との交遊、仏詩の翻訳・作詩の秘密を漏らし始める。このインタビューは、「お白洲」のようなもので、回を追って鋭さを増す関の追求は「重荷だった」と述懐しているものの、女性をこよなく愛する詩人であってみれば、この会見は老人の愉悦でもあったに違いない。和服の胸元にペンダントをのぞかせる詩人は老いてなお艶である。 大学の偉業は、日本人でありながら達者なフランス語に物を言わせて、仏近代詩のみならず当時生れつつあった現代詩を広く渉猟し、自らの詩眼を頼りに選択・翻訳し日本に送り届けたことである(「月下の一群」大正一四年刊行)。ヴァレリーやコクトーのような詩人は彼によって発見され、アポリネールの存在はマリー・ローランサンを通じて知ることとなった。この当時、いや現在においてもフランスの文人達とこれ程濃密な交遊を持ち得た邦人は大学をおいて他にないであろう。 お陰で、我々は「私の耳は貝のから 海の響をなつかしむ」(J.コクトー)をしり、 アポリネールの絶唱「ミラボウ橋の下をセエヌ河が流れ われ等の恋が流れる」を識ったのである。 さて、ではこの大学に生涯何の屈託もなかったのだろうか。文学史上これ程の貢献をした大学の栄誉叙勲はなぜか異常に遅い。工藤美代子著 黄昏の詩人―堀口大学とその父のこと のレビューで書いたが、彼には少々異様とおもえる作品がある。 「敵」赤門城にたてこもる 敵は大勢 身はひとり 堪えて 忍んで 我慢して その後 重ねた四十年、、、 また本書で唯一大学が論駁した個所が目を引く(293頁)。 「とにかく若くて名もない僕だし、それに学閥もない一匹狼だったから、他から良くは言われない。目障りだしね。まだフランス本国でさえ認められていないような新人達の作品を、自分でいいと思えばどしどし日本に紹介するわけだから。パリへ二、三年間留学して帰ってきた連中なんかが、物知り顔に言うわけよ。あんなのは、パリじゃ誰も読んでない、なんてね。」 独力で仏詩の時代精神(エスプリ・ヌーヴォ)をつかみ取ってきた在野の大学と、それを無視して官学にたてこもる仏文学者達との対抗関係、これは興味をそそるテーマの一つだが、無論折り目正しい本聞き書きではこれに触れることはない。
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貴重な資料だが、女性のコケットリーが気になった
堀口大學は、教科書にも出てくる訳詩集『月下の一群』の訳者であると同時に、軽妙な作品でも知られる詩人である。 ジャン・ジュネや、レイモン・ラディゲなどの小説の訳者でもある。 訳詩もふくめた彼の作品は洒脱なため、萩原朔太郎や三好達治などと比較したばあい、ちょっと<格下>のように見られる傾向があるが、わたしの好きな文学者のひとりである。 そんな堀口大學の<聞き書き>を15回にわたってまとめ上げた本書は、内外の文学者たちに関する、とても「貴重な資料」だ。 青年時代からの友・佐藤春夫、ふたりが師事した与謝野鉄幹&晶子夫妻(とりわけ、与謝野晶子)、フランスの鬼才ジャン・コクトー、女性画家マリー・ローランサン、フランスに住み着いて独自の版画を展開した長谷川潔、さらには生涯で愛した女たち(日本、メキシコ、ブラジル、フランスetc)……をめぐって、「へえ〜」という<語り>が満載されている。 象徴的な例をひとつ挙げれば、詩人アポリネールの<恋人>として知られるマリー・ローランサンとの仲だ。 ドイツ国籍のため、第一次大戦中、フランスにいられなくなったマリーはスペインのマドリッドに移り住む。 そのとき大學は、外交官の父(九萬一【くまいち】)に連れられて、同じくマドリッドの日本公使館にあった。 大學は23歳、マリー・ローランサンは30歳。 大學はマリーとフランスの詩を語ったり、彼女のお供で散歩したり……というところまでは知られていたが、本書ではじつは、ふたりのあいだに肉体交渉があったことがほのめかされているのである。 これこそはまさに、「知られざる逸話」と呼ぶにふさわしい大學の<語り>であった。 その種の<語り>がふんだんに飛び出すから、大學ファンであれば、どのページもけっして飽きることがない。 大學をめぐっては、そのメキシコ時代を描いた矢作俊彦の小説『悲劇週間』(文春文庫)や、工藤美代子が堀口父子を描いたノンフィクション『黄昏の詩人』(マガジンハウス)などがあるが、中身は本書がいちばん濃い。 ただし――本書にたいしてはひとつ、わたしなりの<不満>がある。 それは、ダンディーで女性にモテた老詩人・堀口大學に接するとき、著者が<女のコケットリー>を全開にし、そうした<媚態>が本文中にも顔を見せていることであった。 正直いって、そのあたりは読むのがとても辛かった。 《大學先生、〜とおっしゃるので、内心、ずるい、ずるいと思いながら……》 などと書かれると、読んでいるこちらのほうが気恥ずかしくなってしまうのだ。
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遊冶郎と詩人のあいだ
評者は堀口の詩業を格別高く評価するものではないけれど、この聞書きは珍重に値する。当時にあっては特別な境遇に恵まれた人の経験が衒いも驕りもなく素直に伝わってくるからだ。それを引き出したのは関女史の手柄とも言えようが、なに、老人が若い女にちやほやされると饒舌になるのは当たり前。 単なる色男が言葉とスタイルを手にすると詩人になることもある。壮語しないコスモポリタンは賢者に似ていないこともない。その危うい機微を出版と読者が支え、艶冶な小世界を作りえた時代があった。これを文化と言わずして何と言う。愛惜せざるをえない。
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気さくな態度の大學先生
友人佐藤春夫氏の話もでてきます。 当方のもっとも関心のある部分は、第12章「第一書房主人」の項目で、これは、林達夫論と併せて論じられてあるべき内容だと思います。 そして、仏文群像の井伏鱒二、石川淳、さらに河上徹太郎の諸氏との関わりが知りたいところです。 いまとなっては、遠い過去のお話です。なお、巻末に丸谷才一氏による丁寧な解説が付されていて、面白かったです。