日本の文学賞

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ゲーテはすべてを言った

芥川龍之介賞

ゲーテはすべてを言った

鈴木結生

文学好きの若者がゲーテの言葉を手がかりに、自身の人生を見つめ直す青春小説。

文学成長青春

作品情報

『なぜ僕は言葉に縛られるのだろう』、その問いが夜半の部屋を満たした。

書籍情報

出版社
朝日新聞出版
発売日
2025-01-15
ページ数
200ページ
言語
日本語
サイズ
18.8 x 12.8 x 1.3 cm
ISBN-13
9784022520395
ISBN-10
4022520396
価格
1760 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品

【第172回芥川賞受賞作】 高明なゲーテ学者、博把統一は、一家団欒のディナーで、彼の知らないゲーテの名言と出会う。 ティー・バッグのタグに書かれたその言葉を求めて、膨大な原典を読み漁り、長年の研究生活の記憶を辿るが……。 ひとつの言葉を巡る統一の旅は、創作とは何か、学問とは何か、という深遠な問いを投げかけながら、読者を思いがけない明るみへ誘う。 若き才能が描き出す、アカデミック冒険譚!

レビュー

  • 静かで温かく、さわやかな物語

    ティーバッグにあった「愛はすべてを混交せず、混然となす」という言葉は本当にゲーテが言ったものなのか。この謎を、日本随一のゲーテ研究者である主人公が解こうとする物語。しかしながらその舞台としての語り手(本作品では二人いるわけだが)とその周りの人々との関係を描く物語でもある。言葉についての謎解きの過程では、知、その体系である学問、そこで中心となる「言葉」の周辺で、オリジナリティと引用、学問的厳密性などの問題が提起されていく。しかし物語の終盤で謎が解決するころ、主人公は、言葉のその先へ、「本当のこと」を言葉で祈りながら、生活することの大切さに気づいたよう変化している(ように見える。語りの構造として、抑制された表現にしかなっていないが)。 本全体にただよう静謐な感じは同じ芥川賞作家である堀江敏幸の文章を思いおこさせるが、こちらはフランスではなくドイツ。衒学的な印象を与えるのは、日本・海外問わず古典から現代文学まで様々な引用が(時にはクイズの様に)ちりばめられているから、というだけで、実は文章は若々しく読みやすい。そしてなにより物語が温かくさわやかなのは、きっと作者本人が信じている「本当のこと」が表れされているからだろう。次回作も是非読みたいと思った。

  • 世界はジャムなのか、サラダなのか。

    第172回芥川賞を受賞した『ゲーテはすべてを言った』。Kindleでサンプルを読んでみたが何も面白くない。 どういうわけか気になって、書店で本を開いた。 目に入った言葉がある。 「愛はすべてを混淆(こんこう)せず、渾然(こんぜん)となす」 書店を出て調べると、この箴言を核に物語が進んでいくらしい。 ゲーテ研究の第一人者である主人公の”統一”は、家族とレストランで食事をしているとティーパックにあった文字を気に掛ける。 『Love does not confuse everything, but mixes』 「愛はすべてを混淆(こんこう)せず、渾然(こんぜん)となす」 統一の訳。諸兄姉ならどう訳すだろう。 私はこう訳した。 「愛は乱すことなく絡ませる」 ゲーテは世界についてこう語る。 世界は粥やジャムでできているのではない。固い食物を噛まねばならない。 (「格言風に」より) 世界はいわばアンチョビ・サラダ。何もかも一緒くたに平らげねばならない。 (「比喩的およびエピグラム風に」より) 「世界はジャムではなく、サラダのようにできている」 主人公の"統一"は自著でそう述べ、世間で「サラダおじさん」と有名になるほど。サラダおじさんのゲーテ研究の真髄が、ふと見た紅茶にあった。 本書が興味深いのは、ドイツ語やフランス語、英語の名言がそのまま紹介され、訳語も付けられていないところだ。 例えばドイツ語が不意に表れる。 「Trauben trägt der Weinstock!/Hörner der Ziegenbock;/Der Wein ist saftig, Holz die Reben,/Der hölzerne Tisch kann Wein auch geben./Ein tiefer Blick in die Natur!/Hier ist ein Wunder, glaubet nur!」 調べるとゲーテの『ファウスト』である。 「葡萄の房をつけるのはブドウの木! 角を持つのはヤギの雄 ワインは瑞々しく、ツタは木、 木のテーブルもまたワインを生み出せる。 自然を深く見つめよ! ここに奇跡がある、ただ信じるのだ!」 悪魔メフィストフェレスが酒場でテーブルから酒を湧かせ、客を喝采させる時の言葉である。 ミルトンの 『失楽園』の一節が17世紀の英語のまま登場する。 『Be strong, live happy and love, but first of all./Him whom to love is to obey, and keep./His great command.─John Milton』 訳してみる。 「 強くあれ。 幸せに生き、 愛せ。 だが何よりも彼(神)を愛することとは、 彼に従うこと、 彼の偉大な命に生きることだ。 」 フランスの詩人ステファヌ・マラルメの詩『海のそよ風』も登場する。 「La chair est triste, hélas! et jai lu tous les livres」 ルビが降ってあった。 「肉体は悲し、ああなべての本は読まれたり」 憎いところは「なべての本は読まれたり」の意味が私もわからないところだ。 「肉体は悲しい」 「ああ! そして私はすべての本を読んでしまった」 人でありながら学問を極め尽くしたという意味である。『ファウスト』のファウスト博士もそんな立ち位置だ。 難解な言葉を噛み砕く迎合をせず、意味の流れを読者に良く伝える。最近の25歳は老練なものを書く。 学問を極め尽くした研究者が世界の謎に挑む。ゲーテの『ファウスト』のオマージュ。 しかし世界はジャムなのか、サラダなのか。

  • グレートゲーテ

    難しいドイツ語が出てくる

  • 本当に、ゲーテはすべてを言ったのか

    お世辞抜きに、数十年間、これまで読んできた芥川賞受賞作品の中で一番面白いというか、私の好みに100%合致する小説が遂に出現しました。亡き父のヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ好きが私に乗り移り、私もゲーテ大好き人間なのです。 『ゲーテはすべてを言った』(鈴木結生著、朝日新聞出版)のストーリーは至極単純です。 銀婚式に当たる結婚記念日に娘夫婦が連れていってくれた郊外のイタリア料理店。今や日本におけるゲーテ研究の第一人者とされる博把統一(ひろばとういち)の、コースの最後の紅茶のティー・パッグのタグに印刷されている「Love does not confuse everything, but mixes. Goethe」という名言の出典、すなわちゲーテの何という作品に載っている言葉かを突き止めようとする学者ならではの執念深さが綴られていきます。 「(学生の紙屋<かみや>)綴喜(つづき)と飲んだあの夜以来、統一の名言探しは暗礁に乗り上げていた」。 「統一君、言葉探しは学者の本文。ミイラ取りがミイラになったって構わない。でもね、言葉はどこまでいっても不便な道具です」。これは、統一の師であり義父でもある芸亭學(うんてい・まなぶ)の言葉です。 名言探しの途上で、統一は、「愛はすべてを混淆せず、渾然となす」は本当なのか? 愛はすべてをそれぞれのままで結び付けることができるのか? という疑問に囚われます。 本書のおかげで、『ファウスト』は非常に真面目な冗談である、とゲーテ自身が言っていることを知りました。 「大体、『ファウスト』は知識人の愚かしさを描いた劇なのだから、それを教授が物々しく解説することほど馬鹿馬鹿しいことはないとも言える」。 統一の名言探しの結末はいかに――それは読んでのお楽しみ。 これは本筋とは関係ないが、統一が愛用している、さまざまなメモを貼り付けるコルクボードを私も欲しくなってしまいました。 アカデミズムの世界を描きながら、「背筋を正すばかりで肩凝りのしてくるアカデミズム的枠組みに囚われない、自由闊達な」稀有な作品と言えるでしょう。

  • ずっと手元に置いておきたい本

    評判通り、圧倒的な知識量とディテールの丁寧な描写、オリジナリティある文体で非常に読み応えがありました。 話題になってはすぐに消費され尽くしてしまうエンタメとは一線を画す、時間をかけて深く味わい、ずっと手元に置いておきたくなるような、そんな骨太な作品である事は確かだと思います。 ジャム的、サラダ的という世界観はとても興味深く、私を思索の旅にいざなってくれました。 きっとこの本は私の本棚にずっと収まり、時々手にしては新たなインスピレーションをもたらしてくれるだろう、そんな予感をさせてくれる出会いでした。

  • 『ゲーテはすべてを言った』を読んで、ことばについてちょっと考えてみた。

    本作は2025年1月発表の芥川賞受賞作。ミドルエイジクライシスで哲学・思想に興味を持ち始めたぼくとしては、哲学・思想の雰囲気を醸し出してるタイトルが気になりまして、読んでみました。 さて、本作の内容ですが、「ゲーテはすべてを言った」と評されるゲーテ。ゲーテ学者である大学教授が、彼が知らないゲーテの名言に出会い、ゲーテのものなのかどうか探っていく、という物語です。 正直言って中身は小難しいです(学問・知識をひけらかすという意味で「衒学(げんがく)的」と表現するらしい)。教養が足りず面白さが十分に理解できないと感じるところもありましたが、小説世界の雰囲気を楽しみ、ことばについて考える哲学的な要素を感じるだけでも面白い作品でした。 こたばについて考える哲学的な要素について、いくつか印象的だった点をまとめてみたいと思います。振り返ってみると、時代に逆行する考えを感想に挙げていて面白かったです。 【原典にじっくりと向き合う】 翻訳されたり、伝聞されたりしていくうちに、どんどんその人の主観が入っていくもの。本作では、主人公の留学時代に、『ゲーテ学の大家であるヴッツ教授は「活字など二次資料に過ぎない」として、ゲーテ自身の手稿、ゲーテ自身の蔵書を読むことを統一に厳命した。』とあり、印象的なシーンでした。 現代は「切り抜き」「ショート動画」で情報が拡散されていく世の中ではありますが、1時間~2時間でもその人のことばにじっくり耳を傾けていると、思考や、それに至る原体験なんかも垣間見えて面白いなぁと感じています。 (東浩紀さんの『ゲンロン戦記』だったり、中田敦彦さんのYouTube大学だったりで『ゲストに長い時間語らせることで、その人の本性が出てくる』みたいなことを言っていたはず。あやふやだけど) タイパ・切り抜きが流行る時代だからこそ、原典にじっくりと向き合う姿勢を大切にしていきたいと思います。 【自分なりの全集を編む】 『今となっては本が見つからない、ということは別段ないが、言葉が見つからないということはまだあるのだ。いずれ、全世界のすべてのテクストが電子データ化されたら、そんなこともなくなってしまうのだろうか?Google Books的アレクサンドリア図書館のことを統一は想像する。だが、そんなすべてを網羅し共有された(かのように見える)空間が出来上がったところで、人々がやることは結局、自分なりの全集を編むことでしかないのだろう、と夜風に脳を曝しながら、考えた。』 こちらも好きなシーンです。人が自身で出来ること、自分が使うことば、自分が体験することなんてほんのちっぽけなものだし、全世界のすべてが電子データ化されたとしてもアクセス出来る情報量や処理出来る情報量だって限られている。結局は、自分のことばで自分の物語を紡いでいくしかない。 『自分なりの全集を編む』という表現がいいなぁと思いました。 【不変的で、普遍的なことば】 最後に、セックスとことばの対比も印象的だったので紹介したいと思います。 セックスは『うん、これは言葉より確かだ。近く感じる。何より温かい。でも続かない』。一方で、『やはり、僕は言葉の方が性に合う。何かと 刹那的な感覚に辟易している世代だから、不変的な、それでいて普遍的なものが欲しいんですね。そして、結局、僕には祈りしかなかったんだよ』と述べられています。 刹那的な感覚に辟易しているからこそ、不変的・普遍的なものが欲しいという考えは、確かに納得出来るところがあり面白いなぁと思いました。 タイパが重視される世の中ですし、じわじわと浸透していくのではなく、一時のバズ・流行で世間が一気に沸騰する世の中ではありますが、その処方箋として不変的・普遍的なものが効くのかもしれない。 具定例としては、ことばの中でも不変的・普遍的な古典・祈りとかでしょうか?また、大きな概念・変わらない概念としては宇宙とか、愛とか、平和とかそういうものでしょうか?

  • 読者無視で自己本位

    これまで芥川賞を受賞した本は読まないことにしてきたのだが、amazonのレビュー欄を見ていてふと購入してみる気になった。しかしやはりこの手の小説には近づかない方がよいと思った。 「示導動機」と書いて「Leitmotiv」とルビを振り「済補」と書いて「スマホ」とルビを振ってみたりする感覚や、英語ならまだしもドイツ語の言葉を翻訳なしで書き込んでみたりする点に見られるように、自己本位で読者無視の感覚が理解できない。 それにしても「芥川賞」というのはどうしてこのようないかにも(著者を真似して書いてみると)「衒学的(pedantic)」な作品でなければいけないのだろうか。小説ではないが西田幾多郎の哲学書でも再読しておいた方がよほどよかったと思う。

  • 知識の海に溺れそう

    知的好奇心はくすぐられましたが、物語りとしてはあまり新鮮ではなかったのが少し残念。

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