明治俳壇史
『明治俳壇史』は、村山古郷が明治期の俳句・俳壇の展開をたどる研究書。正岡子規以後の革新、俳誌や結社の動き、旧派と新派の関係を整理し、近代俳句が形成されていく過程を歴史的に描く。
作品情報
明治という転換期に、俳句はいかに近代の表現へ変わっていったのかをたどる。
『明治俳壇史』は、角川書店から刊行された村山古郷の俳句史研究。俳句革新の中心となった子規とその周辺だけでなく、同時代の俳人、俳誌、結社、地方俳壇の動きを視野に入れ、明治俳壇の全体像を組み立てる。近代俳句を歴史の流れの中で理解するための基礎的な一冊である。
書籍情報
- 出版社
- KADOKAWA
- 発売日
- 1978-09-01
- ページ数
- 366ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784048840378
- ISBN-10
- 4048840371
- 価格
- 520 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
近代文学の一側面史を成す十七文字の文学、俳句をめぐる人間ドラマ! 夢と青春を短詩型文学に託して、栄光と失意と、恋と諧謔と、涙と笑いの足跡を残した明治俳壇史の主人公たちの人生を描く。
レビュー
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期待通りでした。
期待通りでした。
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明治俳人の熱意
「本篇は俳句史ではなく、俳壇史である。~俳壇の人々の物語という意味で、 俳壇史と題した」とあるように、この本は明治の人の俳句に関わる動向が物語 のように面白く描かれている。 何より心動かされるのが当時の人々の俳句にかける熱意である。子規が初めて 運座に参加した際、「面白くてたまらず~夜が明けてしまった。徹夜の運座で あった。それほど夢中になって興じた」とか「百閒は学業もそこそこに、俳句 に夢中になっていた」など、大人から子どもまで現代であれば麻雀やゲームに 熱中するようなさまである。 本全体の感想としては、前半は知らない俳人の名前ばかりで退屈したが、子規 が出てきた辺りから惹かれ出した。そして中心は「明治二十九年から」子規門 の双璧として頭角を現わす虚子と碧梧桐の歩みとなる。一時は「双松庵」と名 づけた同じ下宿に住んだ二人が前者は俳句から離れ散文へ、後者は新傾向へと 俳壇を巻き込んでいく軌跡を追っていく。 しかし、「碧梧桐は純粋な詩人」なのに対しホトトギスの経営者たる顔を持つ 虚子に関する記述はこの明治編では少ない。ただ、この後、虚子の方が俳壇を 席捲していく事実を思うと、歴史の意外性を感じさせられる。 なお、「あとがき」で筆者は「ここに記述した物語は、すべて信頼し得る資料 や文献、または私の調査に基づいた俳壇的事実であって、創作やフィクション は一切加えていない」と述べているが、これだけ生き生きと俳人を描き出せる 奥に氏の俳句への愛情を感じた。
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明治俳壇誌
明治期の日本に於ける俳壇の歴史はとても読み応えがありました。
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俳壇の様子がよくわかり、読み物として抜群におもしろい
文芸評論家の本多秋五に、かなり前に出た本で残念ながら手にとって読んだことはありませんが、『物語戦後文学史』という著作がありました。 それと似ているのかどうかわかりませんが、とにかく本書『明治俳壇史』も、ほぼ時系列にそって語られてゆく、まさに物語明治俳壇史というべきもので、まるで小説を読むような圧倒的なおもしろさがあります(評者は第2巻めの大正篇まで読み進んでいます)。 明治期の俳壇を形成しそこで離合集散していく無数の俳人たちの、雑誌やグループを中心にした俳句の創作活動の詳細はいうまでもなく、かれらの日常の姿や行動、人間関係さらにはその奥底にある心理にいたるまで、まるで見てきたかのように、まるでその瞬間その場に立ち会っていたかのように、まるで描かれる当該の本人であるかのように、いきいきと活写しています。 とにかく読んでおもしろいことはおもしろいし、雑誌などの事実関係もまちがいないと思われるのですが、どういう資料を使ったのか必ずしもあきらかにされておらず、書かれたこと(たとえば俳人たちの心理!)がどこまでほんとうで根拠あるものなのかわからないのがちょっと残念といえば残念です。