作品情報
月をめぐる感覚を、都市の生活のなかで歌にする。
佐佐木定綱の『月を食う』は、第一歌集として刊行された作品。都市の日常のなかで、自分の輪郭を静かに確かめる歌が並ぶ。
書籍情報
- 出版社
- KADOKAWA
- 発売日
- 2019-11-01
- ページ数
- 196ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.8 x 1.9 x 19.5 cm
- ISBN-13
- 9784048842884
- ISBN-10
- 4048842889
- 価格
- 2420 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
ぼくの持つバケツに落ちた月を食いめだかの腹はふくらんでゆく 男性の吐瀉物眺める昼下がりカニチャーハンかおれも食いたい 自らのまわりに円を描くごと死んだ魚は机を濡らす 湖のようなベッドを抜け出せば君のもとまでさざ波が立つ ぼくの持つバケツに落ちた月を食いめだかの腹はふくらんでゆく 親鳥の不在のあいだに辞書の切れ端から虫の名を覚えだす
●佐佐木 定綱:1986年5月19日、東京都世田谷区生まれ。成城大学大学院修士課程修了。平成22年から、父佐佐木幸綱が主宰を務める「心の花」で短歌を始める。平成28年「魚は机を濡らす」50首で角川短歌賞受賞。
レビュー
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次の世代へ
若手歌人、佐佐木定綱のデビュー作。個人的に思っていた彼の短歌のイメージはそこにはなく、荒々しくも真っ直ぐで良い歌集だった。 牛丼の果てにひとつの詩を見つけ七味をかけてかき込んでいる 月を食うの最後に収められているこの短歌。萩原慎一郎の挽歌らしい。弟の健也さんのツイートで知った。今や歌壇の枠を超えて、漆黒の闇を明るく照らし続けている月となった萩原慎一郎。そんな萩原慎一郎イズムを受け継ぎ、彼は将来の歌壇を担う存在となろうとしている。まるで石川啄木と若山牧水のように。
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この社会に生きて、歌うということ
鬱屈とは、いまにもハチ切れそうな憤懣が抑えられ、その裏に鳴っている大きな哀しみがこだましている状態か。インターネットにはそんな声が何層にも重なり合っている。そして、誰もそこに個人の声を聴き別けることができない。その波紋も中心にある<わたし>の声。作者の、読者の。その声を聴くことが、ここから逃れるための唯一の方法なのではないか。この歌集を読んでいると、そんなことを想う。 ※上記の感覚が、佐佐木さんの歌を読んで、いつも感じる素晴らしさ。今回、1冊まとまって読んで、文学的幻想性と社会的リアリズムの両極を、折衷することなく、マダラのまま抱きかかえているその器の大きさに驚いた。クラシック音楽の繊細さとパンクロックの荒々しさを同時に抱えているような凄み。そのすべての中心にポエジー(個/私・非私)が鳴っている。 ※稀に「知らない固有名」や「意味が取りづらい修辞」に出会いハッとする。そこに吹き抜けてゆく他者性の爽快さ。
関連する文学賞
- 現代歌人協会賞 第64回(2020年) ・受賞