作品情報
平凡な家庭の日々に、過ぎ去る時間へのやわらかな哀惜がにじむ。
講談社文芸文庫版『夕べの雲』は1988年刊、326ページ、ISBN 9784061960152。講談社公式では、そこはかとなく漂うユーモアと、失われていくものへの哀惜をたたえた作品として紹介されている。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 1988-04-04
- ページ数
- 326ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.8 x 1.2 x 14.8 cm
- ISBN-13
- 9784061960152
- ISBN-10
- 4061960156
- 価格
- 1760 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
何もさえぎるものない丘の上の新しい家。主人公はまず“風よけの木”のことを考える。家の団欒を深く静かに支えようとする意志。季節季節の自然との交流を詩情豊に描く、読売文学賞受賞の名作。
レビュー
-
滋味溢れる名作
久しぶりに読み返した。文章が平明で、しかし、中身が深く沁みいってくる。丘の上の一軒家で暮らす大浦一家の日常が、なぜかとても懐かしく共感できる。こんなふうに過ごした日々が確かにあったな、という懐かしさだ。過ぎ去った昭和の日々がひたすら愛おしい、そう感じ入る名作だ。
-
自然体
日常の家族の何でもないありようを、さらりと表現していて面白かった。
-
私の最高の愛読書
庄野文学の最高傑作、何回読んでも静かな感動が湧き起こります。この後の庄野作品も魅力的です。
-
穏やかな日常にある不安
初めて読んだ時にはあまりにも穏やかすぎるお話に退屈しつつも暖かく微笑ましい日常に満ち足りた読後感を持った。 初読から8年を経て、江藤淳「成熟と喪失」を読んだ後に「静物」とともに再読した。ただの穏やかさ、暖かさ、微笑ましさだけではなかったのだ。 批評の力に唸るとともに、日常の中にある不安をあからさまにそれとは見せないよう描く庄野氏の腕にほれぼれする。なにせ「よくわからない」からこそ不安なのである。
-
納得の作品
この本が、あの須賀敦子さんの初伊語訳作品とは後になって気がつきました。須賀さんの御本も追悼特集本も持っているのに。 読み終えて、なるほど細部が描かれていて、しかも温かい家族の愛情が伝わってくる。須賀さん好みの作品でした。今ではもう大人になった娘さん息子さん達の幼かった頃のエピソードが詰まっていて(私は最近の本から先に読んだので)「ああ、こんな子供時代を過ごすとあんな家族思いの立派な人間に育つのだなあ」と感心し、これは子育て中の友人にも勧めたい作品だと思いました。庄野さんと奥様は素晴らしい!!
-
旅をするように生きること
この文庫版の「夕べの雲」を発売当時に買い、いったい何度読み返したことだろう。 読み返しながら自分はこの本のどこに惹かれるのだろうと考えていて、たぶんこうなんじゃないかとわかったことがある。 旅をしているときに見る景色は、普段の生活の中で見るそれとは違う。 初めて見る景色だったり珍しい眺めだったりということもあるが、見る心のどこかにもう二度と見られないかもしれないという構えがある。 自然とその時時をいとおしむ気持ちが生まれる。 この本の主人公大浦は、旅をするように日常を生きている。 今見ているこの光景はもう二度とないという思いがどの行間にもあるような気がする。 木々や自然や、家族のそれぞれを見る大浦の目にはくもりがない。 われわれはついつまらないことにとらわれて大切なものを見失いがちだが、いつもこんなふうでありたいと思う。 なにを願い、どう行動するにしろ、基本のこころはこうでありたい。 こんなことを「夕べの雲」は教えてくれた。 庄野潤三氏は今年9月に亡くなられた。このすばらしい作品をわたしたちに残されたこと、心から感謝します。
-
雲の流れ
平凡な日常の中にも二度とは戻ることの出来ない瞬間の「今」があることを教えてくれる。それはタイトルが示すように、一瞬々々で流れ動き、色合いをも変じさせていく「夕べの雲」のようであり、決して手に掴むことのできない美しいものである。 本書は1960年代の日本の家庭を淡々と描いている。緑に囲まれた丘の上に住んでいたその家族は皆ほのぼのとしており、生活にゆとりを持っているようだ。やんちゃな子供たちの遊びは木登りを始め、カブトムシ捕りやぎんなん拾いなど、多くが自然の中でのものであり、その一昔前の遊びを前に懐かしさと微笑ましさを感じないではいられない。また、次第に都市化され自然がなくなっていくもの惜しさと切なさが背景としてあり、そういった遊びのかけがえのなさがより浮き彫りになっている。子供時代、無限にあると思われた遊びの時間も、実は一瞬々々のものであり、やがては終わりがやってくる。都市化という環境の変化がそのような「今」を感じさせ、かえって感慨を覚えさせる。 なんとも言えぬノスタルジーな世界の中で、平凡な生活がただただ流れてゆく本書に眠気を覚える人も多いだろう。時間の余裕があるときに惰眠するように読みたい一冊である。
-
変わりゆく現実の世界、変わらない本の世界
この本を何で知って、いつ、どこで購入したのかは全く憶えていない。でも時々、内容の記憶が薄れてかけてきた頃になると決まって読み返したくなる。そしてその度に、なんとも言えない安心感が体中に広がって、幸せな気分になる。この本の魅力とは、一体何なのだろう? それはタイトルにあるような、常に形を変えていく雲のようにはかない時間の一瞬、一瞬を見るせつなさ、懐かしさと、それとは対照的に地に足のついたような、妙に現実感を持ったおかしさの微妙なバランス....なのではないかと考えるのだが、はっきりとは分からない。でも少なくとも、わたしの頭と心はこの本の世界を求める、それは確かだ。 こんなふうに何度も何度も読み返したくなる本には、なかなか出会えない。
関連する文学賞
- 読売文学賞 第17回(1965年) ・受賞