日本の文学賞

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アメリカの夜

群像新人文学賞

アメリカの夜

阿部和重

映画学校を出た青年の自己像が揺らぐさまを、自己言及的な構造で描くデビュー作。群像新人文学賞の受賞作として知られる。

メタフィクション自我の分裂映画性

作品情報

自分を撮るはずの物語が、いつのまにか自分を映し返す。

講談社刊のデビュー長編。映画的な感覚と自己言及性が強い作品。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
1994-07-01
ページ数
166ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784062071734
ISBN-10
4062071738
価格
924 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

21世紀を予感させる、新しい小説の誕生。秋分の日生まれの唯生は25歳。自分は「特別な存在」なのではないか…。自己探求の物語に新たな伝説が加わる。「近年読むに値する一冊」と絶賛の嵐。芥川賞候補

1968年、山形県に生まれる。1990年、日本映画学校映像科・映画演出コース卒業。演出助手などを経て、1994年、『アメリカの夜』で群像新人文学賞受賞。本作品は「群像」1994年6月号に掲載された。

レビュー

  • 映像的でスピーディーで、かつ疎外感の哀愁

    作者が思っていること、と、違う部分もあるし、その辺の分裂も、小説の味ですけど、ただ主人公が感じている、周りとの分断、それでいいよ、と思っていても、なんかイライラする、そうした世界の情景と、バイト先の公益美術館で。本を読んでいた、神聖喜劇も失われた時を求めても でもなんらかの周りの圧力で、ダメだろうね~となっていき、 主人公がとにかく思考的に布石を打って、そんなのは当然だし恨んでいないし、別にあることができるようでよかった、という酸っぱい葡萄まで用いることによって、 やなんだろうなあ、と読者が共感して同情する部分が好きです。本を読む、というのは、いつでもどこでもできるのでなく、ある種の閉鎖空間、の方が的確にできることが多く、自宅では他の不機嫌なことでも起きると難しいわけで、 かつなんか疎外されている状況の 読むことによって、勝ってないんだけど そう言う奴らに勝っている知的なオレ(そんなことは本人は認めないがなんとなく思ってしまうもの)を追求するために本を読みたい、しかしその知的自由さまで、公共圧力で、ヤツら(誰ということもなく)全体が遮る。 苦しい。その苦しさの、ぶつけ形、どう破滅することなく、主人公は切り抜けていくのか、 が、とても強い気分にさせてくれると思います。絶対にできないことだけど 粉々に破壊したい。でも、捕まるわけにはいかない。みたいな色んな怖さと、ジリジリとしたソレが最高に好きでした。これとIPが、大変にその線で、好きで そして好みでしょうからこっちの自由ですが、その作品以降、本当に目に見える形で作者が破壊するようになったので、(あくまで僕は)抑制を感じなくなり、面白さがなくなりました。 本当に憎い奴を殴ったりするわけでもない その辺が 学生の頃の頑張りと、アイツの憎さ、でも我慢を感じて、大変に上手に、この作品に思いました。

  • 26才でこの小説を書いたのはやはりすごいことだろう

    1994 年だからデビューして 24 年だがいままでまったく知らなかった。デビュー作のこの小説から読んでみた。 最初のブルースリーのところで退屈して流し読みでやめようかと思ったが、解説を読んだら興味がでてきて、パラパラッとみたらドンキホーテの感想文のところが目に入って、それを読んでみたら面白かったので、また最初からきちんと読み始めた。中山がでてきたくらいから少し読みやすくなって、「映像」から「活字」のところでこれは面白そうだなと思った。 ストーリー自体は特に面白くはないんだけど、論理的に書いている部分が意味がわからないところもあるがすごいと思った。この文体は哲学書の影響なのか。でも、これだと一部の人しか読まないだろうな。いまはスタイルが変わったらしいが。でも 26 才でこの小説を書いたのはやはりすごいことだろう。 「春分の日」的なものと「秋分の日」的なものの対比が全体で何を指しているのかよくわからなかった。

  • 哀しい話と言うけれどいじらしい話

    自己を表現したくてたまらない才気ある若者が自分を特別だと思い込もうとして書く、よくある過剰に饒舌な少し恥ずかしくなってしまうような小説である。ただそこに工夫のなされているところが良い点。 自分を特別だと思おうとしている唯生(ただいきているってことかな?)なる人物は、ドン・キホーテなど虚構の人物を模倣しているだけで、さらにその唯生の話はエスなる分身が書いている話で、分身が書く形にしたのは小説のキャラクターの狂気を、これまた模倣するためだよという言い訳があって。もちろんそれを小説として上梓している阿部和重がいるという何重にも、いわゆる中二病的な自意識を囲い込んだ、阿部和重のかわいい処女作だ。 ここまでしないと、自分は、唯生きている普通の人間なのだと宣言できない著者の若き自意識がとてもいじらしい。

  • で?

    で?何が言いたいのの一言で存在意義が粉砕される小説

  • 阿部和重は、けっこうドストエフスキー的

    阿部和重のファンになった。 濃密な一人語りがじつに見事。 若いのにどうしてここまで書けるのか、感心した。

  • 阿部和重の鮮烈な処女作

    『アメリカの夜』は、La Nuit Americaine。 フランソワ・トリュフォーの映画のタイトルでもあります。 なぜ、このタイトルが使われたのか、は最後の最後になって 分かるのですが、その使われるセンスの良さと同時に構成の 妙にうなってしまいました。 ポストバブルを迎えた彷徨えるスピリットに、この小説は 爆弾のように投げ込まれます。 観念的で読みづらいことは確かですが、この小説は観念 そのものを謳っているので、こういった書き方には当然 必然性があるのだろうと思います。 『アメリカの夜』は、どうしたってそのときでなければ 書けなかった必然性をもった観念小説であります。

  • 天才過ぎて

    阿部和重は天才である。作品を読んだら、天才の狂った頭の中身を見せつけられて、刺激が強過ぎた。 音楽のprinceやdavid byrne、格闘技の佐山サトルといった他分野だが本当の天才は天才過ぎて世間と離れてしまい、本人と信者にしか解らない作品を作ってしまい、素晴らしい作品を世間は享受出来ない勿体無い事態になってしまった。 阿部和重や出版社は、少しでいいので世間に日和って、世間が読めるスゴイ作品を作って欲しい

  • 現在進行形で面映い部分あり。

    自分を特別視できるのは若さの特権だが、こんな痛く青くても、ここまで自己を対象化できるかは疑問。

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