日本の文学賞

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十字架 (100周年書き下ろし)

吉川英治文学賞

十字架 (100周年書き下ろし)

重松清

いじめを苦に自死した少年の遺書に名を書かれた同級生が、罪悪感と残された家族との関係を抱えて成長していく長編。

いじめ自死罪悪感成長

作品情報

親友と呼ばれた少年は、沈黙していた自分の罪を背負って歩き始める。

一人の死が周囲の人生に落とす影を、長い時間の中で追う。善悪を単純化せず、赦しの難しさを描いた作品。

レビュー要約

  • 重い題材を誠実に扱う姿勢が評価される。読者は登場人物の弱さや沈黙に自分を重ね、苦しさと救いの両方を受け取る。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
2009-12-15
ページ数
322ページ
言語
日本語
サイズ
14 x 2.3 x 19.5 cm
ISBN-13
9784062159395
ISBN-10
4062159392
価格
1881 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

「十字架が立っているのは、僕が書いてきた物語の丘だ」(重松氏) あいつの人生が終わり、僕たちの長い旅が始まった。 背負った重荷をどう受け止めればよいのだろう。 悩み、迷い、傷つきながら手探りで進んだ二十年間の物語。 中学二年でいじめを苦に自殺したあいつ。遺書には四人の同級生の名前が書かれていた。 遺書で<親友>と名指しをされた僕と、<ごめんなさい>と謝られた彼女。 進学して世界が広がり、新しい思い出が増えても、あいつの影が消え去ることはなかった。 大学を卒業して、就職をして、結婚をした。息子が生まれて、父親になった。 「どんなふうに、きみはおとなになったんだ。教えてくれ」 あいつの自殺から二十年、僕たちをけっしてゆるさず、ずっと遠いままだった、 “あのひと”との約束を僕はもうすぐ果たす――。 人気作家が大きな覚悟をもって書き切った最高傑作! 【講談社100周年書き下ろし作品】

レビュー

  • 考えることができるようになる

    子供が、みんなに読んでほしい本だと学校で紹介していました。

  • いじめ

    いじめについて考えさせられるいい本です。重松清の作品の中でもひときわお気に入りです

  • ゆっくり読書

    いつも泣く。昔を思い出しながら、いろいろ考えながら読んだ。読むのが遅くてよかった、と思えた。

  • 感動した

    私は一度だけイジメを受けたことがあるが、作中のフジシュンと同じように自殺して遺書を残し加害者の名前を書き連ねたら十字架を背負って貰えるのか、すこし興味が湧いた。 危険な考えかもしれないが、被害者の立場を考えると、加害者たちにはこうでもしないと十字架を背負っていることの自覚を与えられないのだろう。

  • 重い十字架

    自殺した同級生の遺書に自分の名前があった。 しかも思いがけない形で…。 もし自分なら、、本当に重い十字架だなと考えさられた。 重松氏の文体は非常に読みやすく、この本もスラスラ読みことが出来ます。

  • 重い十字架です・・・

    『母ちゃん』に続けて読みました。途中で心が折れそうになりましたが、「あの人」のことを考えながらなんとか読み終えました。

  • みんないろんな意味での十字架を背負って生きていくのかもしれないですね

    いじめた人・傍観した人・そして自ら死を選んだ少年 関わった人間たちは多かれ少なかれその死の気配に支配され、 人生が変わってしまった。 それはさておき、中学二年 そんなに危うい時期だったのか? 中二病って言葉ができるくらいに? 自らを振り返り・・・確かにそうだなと。 自我に目覚めたころ ここでどう進むかで先の人生に多大な影響があるのかもです。 私は・・・まあちょっと間違った道に進んだような気がしないでもないけどw 見守れるのは大人なのだろうか? 見守れるのは親なのだろうか? すべての子供が親に恵まれているわけではなくて。 あ、親がいるとかそういう意味ではなく、 いない方がましな親もいるということで。 それでも親は親ってのが日本的な情緒なのかもですがw みんないろんな意味での十字架を背負って生きていくのかもしれないですね

  • いじめるという能動的な罪と、見て見ぬふりをするという受動的な罪

    いじめによって自殺してしまった中学生(フジシュン)の残された家族と同級生の心理を丁寧に描く社会派小説。登場人物の、時とともに変化する心理描写がとてもリアルで、ドキュメンタリーを読むような感覚になり一気に読了した。 それほど日頃仲良くしているわけではないのに「親友」と遺書に書かれた男子ユウと、フジシュンからの片想いの気持ちを無碍にしたのに「幸せになってください」と書かれた女子サユを中心に物語が進むのがこの小説ならではの面白さ。一見いじめとは無関係のこの二人は、名指しで生前の感謝を書かれたことで、苦しみ続けながらも、二人だけが共有する奇妙な連帯感を持つ。しかし、この二人の中学生が、大学進学時に逃げるように上京しても、決して軽くはならない背中の十字架。子供がもうすぐ中学生になるような年頃になって漸く、苦しみは、諦めでもない、受け入れでもない、慎みというような感情へ昇華していく。 一つのいじめの背景に、当事者とは距離を置いた人たちの数え切れないほどの無関心や、見て見ぬふりがある。そのような経験は日常に掃いて捨てるほどある。いじめるという能動的な罪と、見て見ぬふりをするという受動的な罪にいかほどの差があるのだろうか。いじめなかった人といじめた人を、白と黒で区別することに意味があるのか。そんな思考を含め、この本の重層的なテーマは簡単には語り尽くせない。

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