作品情報
歩く、書く、蹴る。春休みの旅が、二人の練習になる。
講談社から2021年1月に刊行された乗代雄介の長編。第34回三島由紀夫賞と第37回坪田譲治文学賞を受賞した。中学入学を前にした少女と小説家の叔父が、利根川沿いを歩いていく数日間を通じて、言葉と身体の感覚を静かに更新していく。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2021-01-14
- ページ数
- 178ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.6 x 1.7 x 19.5 cm
- ISBN-13
- 9784065221631
- ISBN-10
- 4065221633
- 価格
- 1200 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品
第34回三島由紀夫賞、第37回坪田譲治文学賞、ダブル受賞! 中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。 2020年、コロナ禍で予定がなくなった春休み、 ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。 ロード・ノベルの傑作! 第164回芥川賞候補作。 「この旅のおかげでそれがわかったの。 本当に大切なことを見つけて、 それに自分を合わせて生きるのって、 すっごく楽しい」(本書より)
1986年、北海道生まれ。法政大学社会学部メディア社会学科卒業。2015年、「十七八より」で第58回群像新人賞を受賞し、デビュー。2018年、『本物の読書家』で第40回野間文芸新人賞を受賞。著書に『十七八より』『本物の読書家』『最高の任務』『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』がある。
レビュー
-
泣いて感動したい人にはお薦め!
市立中学にあがるサッカー少女と、その叔父が鹿島アントラーズスタジアムまでを、練習を兼ねてのロード物語。…とにかく泣けました😭必読の価値あり!地球レベルのタイムスケールもあり。
-
叔父と姪のロードノベル
芥川賞候補っぽい純文学的自分語りがしんどいが、段々慣れてきて話に没入できた。 最後はああすることで純文学みが増すからしたと思うけど、読み終えたあとしばらく放心状態になった。
-
なかなかハマらなかった
あまり本を読む機会が無いが「それは誠」を読んでから本の魅力に惹かれました。 今回はこちらの本を読んでみたのですが、自分には表現がくどいような感じがしてしまいそれは誠のようなワクワク感を抱いて最後まで読めませんでした。それでも旅中の会話や出会には心惹かれる部分もありました。もう少し自分自身の読み取る力があれば最後まで面白く読めるのかな〜
-
読み返したい
この作者の文体は好きである。半分ほど読み進めたところで結末は予想できたが、亜美の存在が徐々に透明希薄になっていく語りは素晴らしい。主人公の私が、残された亜美の日記を手にしていま一度鹿島への徒歩の旅をしている場面が切ない。最終ページは短くて、簡潔にならざるを得ないだろう。「私」はそのことについて語りたくないからである。芥川賞の選考者に嫉妬させる作品である。
-
作者さん、もっと他に道があったのでは?
読み終えた後、心に空洞が出来てしまって脱力してしまうとは予想外でした。 こんな気持ちになるなら最初から読まなければ良かったな、とすら思います。 それほど登場人物に魅力があった証明だとは思います。
-
是非読んで欲しい本です
お薦めします、是非とも読んで欲しい。120ページぐらいからは、電車とか人目のあるところでは読まない方が良い。
-
いば6で紹介された
グーグルアースで場所を確認しながら読み進めました。だいたい6日間の話だと思っていたら、終盤に日付が?になって、最後の2ページでそうだったのかと納得。夏目漱石の坊っちゃんみたいな終わり方
-
修行する人間と人生の不条理
我が街千葉県我孫子を起点とし、手賀沼を巡り、利根川を経て茨城県鹿島に至るロードムービーである。この小説、結末を知らないで読むのと知って読むのでは、印象が異なるはずである。未読の方には、以下の【ネタバレ】以降を読むことを勧めない。でも、この本は「よい本」である。小学生6年生のサッカー少女亜美(あび)のリフティングする雄姿が、いつまでも眼底に残る。 表題『旅する練習』は「旅の練習をする」というのではなく、「練習しながら旅をする」という意味である。その<練習>は、主人公の小説家にとっては文章修行であり、彼のお供をする小学6年生の姪の場合はサッカー練習である。求道者のようなストイックな練習、すなわち<修行>を2人が続けることが旅の目的となっている。2020年3月2日、新型コロナウイルス感染拡大をうけて、小・中学校は臨時休校となった。4月から中学生となる亜美(あび)と作家の叔父は、鹿島アントラーズの本拠地までの徒歩旅行を計画する。亜美はサッカーが巧く、男女混合チームの一員として、周りからも一目置かれている。旅の途中、ボールをドリブルしながら川の堤防を歩き、休憩時にはリフティングの自己新記録を目指す。いささかサッカーの心得のある叔父は、ときおり亜美の練習相手を務めながら、「自然の風景を写生する文章を書くこと」を自分に課している。それは作家としての自分の趣味であり仕事でもあるのだが、何よりも今回の旅の<発願>の目的であった。 2人が歩いた路程は次の通りである。JR常磐線の千葉県我孫子駅から歩き始めて、崖下の手賀沼に出る。その途中で志賀直哉邸に立ち寄り、斜面にある林のスダジイやツバキの植生を描写し、ヒヨドリの騒々しい鳴き声に心を動かす。手賀沼沿いに手賀川を東に向かい、成田線の木下(きおろし)に着く。そこから利根川沿いに太平洋に向かって30kmを歩くと、千葉県香取市佐原に到着する。利根川支流の小見川を下り、茨城県境にある常陸利根川の息栖大橋を渡る。さらに茨城県神栖市を経由して、鹿島スタジアムのある旅の終点の茨城県鹿嶋市に至る。帰途は鹿島線の鹿島神宮駅から、成田線、常磐線経由となる。 作家の叔父は野の植生と鳥類に詳しく、亜美に多くの知識を与えてくれる。旅の途中で執筆する写生文の習作では、志賀直哉、田山花袋、柳田國男など、地域の文人たちへの想いを書き連ねている。例えば、柳田國男に寄せて、「春待つ利根川は変わらない空の冷たい底を一望果てもなく流れて、少年期以来を関東平野の川下の合間に暮らしてきた私の胸をゆっくり押し動かすようである。柳田が利根川の回想に書き添えている『風景を説き立てるのは通例は老人だが、実はこうして大きくなる盛りに、うぶな心をもって感動したものが、一生の鑑賞を指導している』ということについて、私は亜美をここに連れ出した理由を思わないでもないのだ」と、この<練習の旅>の意味を語っている。 旅の途中で起こる様々な出来事が旅行者の自己発見に繋がる、映画のロードムービーの雰囲気で進行する。旅の2日目、木下貝層がある公園で、亜美たちは大学を卒業したばかりの那須高みどりに出会う。1人旅の彼女は鹿島アントラーズのサポーターで、ジーコ(Zico)の人柄の熱烈なファンである。亜美とみどりは年齢差が10歳あるが、互いに好感と信頼を寄せあい、3人の旅を続ける。みどりは2人の<練習の旅>の邪魔となると考え途中で去るが、亜美たちは彼女を追いかける。再会の場面の描写は感動的である。旅の終わり近く、常陸利根川のコンクリート堤防でカワウの死骸を見つける。「そこが、この旅の最も思い出深い場所となった」と、作家の叔父は綴る。2月後に叔父は1人でこの地を再訪する。死んだカワウを慮って土手を下った亜美の記憶を想い起こしながら、死んだカワウの<紙碑>となる文章を書き、心の中に墓標を建てる。 目的の地、鹿島に到着する。自分の生きざまを仕事に合わせることが重要であることを悟ったみどりは、ジーコの銅像の前で、内定辞退のメールを企業宛てに送信する。亜美は、自分にとって大切と思うことに自分の人生を合わせること、女子プロサッカー選手になることを心に決める。3人は、鹿島神宮で旅の終わりを報告し、人生の旅立ちを祈願する。 【ネタバレ注意】---- これでロードムービーはめでたく終了と思いきや、作者は亜美の死という思いがけない仕掛けを、最後の頁に1行書き加えている。読み返してみると、旅の2ヵ月後、作者がカワウの<紙碑>を書き加えた記述に、死の影が忍び寄っている。みどりと別れた後、亜美は鹿島灘の砂浜で最後のリフティングをやり、257回の自己新記録を達成する。叔父は旅の途中で風景を写生するとき、亜美は何時もその側にいた。最後の<練習>をする亜美の姿を書き込むとき、亜美の名の由来であるアビが鹿島港の波止場の中を泳いでいた。カワウが好きで、三食オムライスでもいいというオムライスフェチの亜美に対して、「願いの通りに姪っ子が育っていくのを、鳥でも見るように眺めるこの歓びを何と言えばいいのか、今もってわからないのだ」と叔父は姪を想い描く。この追想は姪亜美への叔父の追悼である。 ロードムービーはハッピーエンドがよい。この小説の終わり方は悲しみを読者にもたらす。亜美の死さえなければ、あるいはその死が暗示に留められていれば、読者の読後感は異なったものになっていた。作者はそうした諸々の可能性を考えたうえで、1行でその決着をつけた。読み終えた直後は、作者の判断は間違っていると考えた。しかし、本文章を書き終えて、人生無常を知らしめる亜美の死という結末もありかと思うようになった。亜美は、ただサッカーが巧くなりたいと願い、日々の練習を修行として取り組んだ。小学校6年生のサッカー少女亜美の不条理な死に哀悼の意を捧げたい。黙祷。考えてみれば、小説の作中人物の死について弔辞を書くのは初めての経験である。 著者乗代雄介は、1986年6月北海道江別市生まれ。法政大学社会学部メディア社会学科卒業後、学習塾に勤務。群像新人文学賞(2015)、野間文芸新人賞(2018)を受賞。本作品について、島田雅彦は、「コロナ禍が強烈に意識されており、深読みすれば『新しい日常』に慣れる練習が重ね合わされている」と評している。
関連する文学賞
- 三島由紀夫賞 第34回(2021年) ・受賞
- 坪田譲治文学賞 第37回(2021年) ・受賞