黒い海 船は突然、深海へ消えた
2008年の漁船沈没事故を起点に、取材を重ねながら事故の見立てと記録のずれを追うノンフィクション。沈没の経緯だけでなく、証言と制度のあいだに残る違和感を執拗に掘り下げていく。
作品情報
事故の真相は、ひとつの説明では閉じない。証言の積み重ねが、別の輪郭を浮かび上がらせる。
講談社から刊行された調査報道ノンフィクション。大きな海難事故の記憶が薄れていく中で、著者は生存者や関係者への取材を重ね、事故の背景にある構造的な疑問を追う。
レビュー要約
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取材の粘りがそのまま読みどころになっており、複数の証言や資料をつなぐことで事故の見え方が変わっていく。事件性を疑う視点が最後まで緩まない。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2022-12-23
- ページ数
- 288ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.8 x 2.3 x 19.5 cm
- ISBN-13
- 9784065304952
- ISBN-10
- 4065304954
- 価格
- 1300 JPY
- カテゴリ
- 本/ノンフィクション/事件・犯罪/事故
第45回 講談社 本田靖春ノンフィクション賞 第54回 大宅壮一ノンフィクション賞 第71回 日本エッセイスト・クラブ賞 日隅一雄・情報流通促進賞2023 大賞 受賞作!!! その船は突然、深海へ消えた。 沈みようがない状況で――。 本書は実話であり、同時にミステリーでもある。 2008年、太平洋上で碇泊中の中型漁船が突如として沈没、17名もの犠牲者を出した。 波は高かったものの、さほど荒れていたわけでもなく、 碇泊にもっとも適したパラアンカーを使っていた。 なにより、事故の寸前まで漁船員たちに危機感はなく、彼らは束の間の休息を楽しんでいた。 周辺には僚船が複数いたにもかかわらず、この船――第58寿和丸――だけが転覆し、沈んだのだった。 生存者の証言によれば、 船から投げ出された彼らは、船から流出したと思われる油まみれの海を無我夢中で泳ぎ、九死に一生を得た。 ところが、事故から3年もたって公表された調査報告書では、船から漏れ出たとされる油はごく少量とされ、 船員の杜撰な管理と当日偶然に発生した「大波」とによって船は転覆・沈没したと決めつけられたのだった。 「二度の衝撃を感じた」という生存者たちの証言も考慮されることはなく、 5000メートル以上の深海に沈んだ船の調査も早々に実現への道が閉ざされた。 こうして、真相究明を求める残された関係者の期待も空しく、事件は「未解決」のまま時が流れた。 なぜ、沈みようがない状況下で悲劇は起こったのか。 調査報告書はなぜ、生存者の声を無視した形で公表されたのか。 ふとしたことから、この忘れ去られた事件について知った、 一人のジャーナリストが、ゆっくり時間をかけて調べていくうちに、 「点」と「点」が、少しずつつながっていく。 そして、事件の全体像が少しずつ明らかになっていく。 彼女が描く「驚愕の真相」とは、はたして・・・・・・。
伊澤理江(いざわりえ) 1979年生まれ。英国ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。英国の新聞社、PR会社などを経て、フリージャーナリストに。調査報道グループ「フロントラインプレス」所属。これまでに「20年前の『想定外』 東海村JCO臨界事故の教訓は生かされたのか」「連載・子育て困難社会 母親たちの現実」をYahoo!ニュース特集で発表するなど、主にウエブメディアでルポやノンフィクションを執筆してきた。TOKYO FMの調査報道番組「TOKYO SLOW NEWS」の企画も担当。東京都市大学メディア情報学部「メディアの最前線」、東洋大学経営学部「ソーシャルビジネス実習講義」等で教壇にも立つ。本編が初の単著となる。
レビュー
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取材力!
グイグイ引き込まれた。ゆっくり読もうと思っていたら、夜通し読んでしまっていた。
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力作
執念とも言える綿密な取材で、問題に肉薄した本。著者の筆力は大したものだ。当時の関係者を追ってインタビューするが、10年前のことを不意に訊かれて、みな、動揺するさまが、面白く描かれている。潜水艦の男は迫力あるし、震災の章は哀しく、そして詩は美しい、と、書いた上で、気になる点をコメントしておく。ネガティブなところも指摘しておいた方がいいからだ。 上位のレビューが多いが、現在のところその大半が、本書のレビューをするために、アマゾンレビューを始めた人たちのようだ。これは偶然なのか、お友達がいっせいにレビューしたのだろうか?そこまでしなくても面白い本なのにな。 ところで、喜多さんの発言のところ(114ページ)。「運輸安全委員会の調査官に、元船員はなれなかった」は、事実と違う。事実は、半数以上が元船員で、当時の次席調査官の西村さんも、理事所の次席だったのだから、当然元船員だ。こういう簡単なところで、間違っていると、他のところも正しいのかと不安になる。この部分は、官僚イコール悪、船員イコール善、という著者の主張に合うように、故意に事実を曲げたのか、単純に裏どりが甘いのだろうか?理事所ついでに言えば、103ページに「僚船や第58寿和丸の船員は三角波など見ていない」と理事所が言っていた、というところがあり、波説否定の根拠の一つにされているように見える。しかし、生存している船員は船内居室に居て、僚船は6キロあまり離れたところにいたそうなのだから、たとえ三角波があっても、誰も見ていないのは当たり前だ。ここは、何を言っているのだろうか? 喜多さんの発言の先に海難審判庁のやってきたことについての解説がある。 「船員経験者らが船員法など海事関係の法律を独自の言葉で解釈し、議論する場だった」。あまり本論と関係のないところで、つっこみを入れるべきではないが、こんな明治時代のような古色蒼然としたことをやっていて、海難の原因が探究できるのかと、普通の読者は疑問に思うだろう。言い得て妙な表現で誤りではないが、船員法などは議論されていない。 そういう目で見ていくと、次に気になるのが、著者が安全だというパラ泊で、専門家も安全だというと書いてあるが、本当に安全なのだろうか?船舶工学は経験工学と言われ、事故の度に、実験をすると新たな発見があったりする。事故の直後の7月5日の河北新報のインタビューで、船主の顧問弁護士むらかみが、パラ泊が安全でない場合について述べているほか、ベテランかつお漁船員の同種のコメントもある。これについて著者は無視しているが、どのように考えているのだろうか?報告書は何と言っているかというと、風、波、海潮流による力とパラアンカーの索張力の釣り合いによって決まるため、これらの外力の大きさや向きによっては、船首は風浪に立つ状態にならない場合がある、パラ泊中の船体はパラアンカーを中心に振れ回り運動を起こす、(→安全でない)と書いてある。村上弁護士の見解が正しければ、報告書のこの部分は著者の言うほど無理筋ではないのではないかとも思う。 場所について。野崎さんは、転覆事故の起きるような場所ではない、と言っているが、果たしてそう言い切れるだろうか?シニアの方は知っているが、かつて数多くの巨大貨物船が遭難した、魔の野島崎沖というのがあった。犬吠埼沖というのと同じエリアだ。最初の、ぼりばあ丸の事故は、大波が疑われたが、欠陥造船のせいだという主張もあり、原因不明になった。本件と同じで、新しい船で、船体は深海に沈み物証がなかった。次の事故では大波のせいにしたが大波を疑う意見もあり、海技研の前身である船舶技研が、船舶と波の関係について研究を始めた。10年以上あとになって、同種事故が再発した。今度は、大波が突然現れて大型船を折損したのが目撃された。このあと運輸省の官僚が総力をあげて、研究を行い、ついに対話型の運航マニュアルを作成して危険を避けるようになったので、同じ事故は発生しなくなった。昔の官僚は偉かったな。ただし、これは、冬の話。夏のことはよくわかっていない。曰く付きの海域なので、夏だって漁船を沈没させるくらいの波は突然発生するかもしれない。海は神秘だ。こうした、先人のDNAを受け継いでいる調査官なら、直感的に 「波だ!」と思っても不思議はないと、当レビューアーは考えている。 仮に船体損傷の疑いが出ても、それを報告書に記載できなかったろうということについては、考えすぎの気がする。外的な力による損傷の可能性に触れた上で、何とぶつかったかは明らかに出来なかったという書き方は十分あり得る。分からなかったということについては、普通、厳しい質問はない。分からなかったと言ってしまえば、それで終わりだ。追求の仕様がない。運輸安全委員会は外交問題を考慮するところではない。ここも著者による、買い被りなのだろうか?船体損傷でも、実は困らないのだ。 残念なのは、赤茶色の船底を晒した船の損傷を誰も見ていないことだ。生存者も船底を見ているのに目撃情報はない。双眼鏡で船底を晒している第58寿和丸を確認したとされる、第6寿和丸の船長でも見ていない。深海調査で損傷が見つかっても、海底への落下中に生じたかも知れないので、簡単には潜水艦説の根拠になってくれない。潜水艦説にとってここは、有利な要素ではない。 あと、運輸安全委員会が、強引にこの結論に導いたという点についてだが、報告書の冒頭を見れば、原因の書き方には、確実性の尺度に応じて4種類の書き分けをしていることがわかる。この報告書では、可能性があると考えられる、という表現が用いられており、最低ランクだ。さすがの委員会も、物証に欠き、実験とシミュレーションだけでは、自信のある結論は出せなかったことが窺える。著者はこの点に触れていないと思うが、触れるとストーリーがつまらなくなるからだろう。 重大事故に漁船があまり認定されず、漁船差別だという話だが、運輸安全委員会のホームページを見ると、そもそも、重大事故という分類がされておらず、奇妙に見える。これは、省令の規定が、事故の調査を地方事務所主導でやるか、東京主導でやるかという基準として作られていることを示している。全国的な報道への対応の必要性という観点からは、漁船が不利になり、東京の案件でなくなることを反映しているだけではないだろうか? えひめ丸のことも実は気になっている。著者はえひめ丸事件を書いたアーリンダーに取材していても、アーリンダーが自著で強力に主張したことは完全に無視しているからだ。アーリンダーは、実習船には2種類あると言っている。安全な旅客船タイプと危険な漁船タイプだ。えひめ丸は、危険な漁船タイプで、生徒の居室や食堂が船底にあったので沈没のときに逃げられなかった。漁船は、漁獲重視で船員の安全はその次なので、船員の居室が船底にあって、危ない造りになっている。NTSBが指摘しないから、えひめ丸の代替船も以前と同じ漁船構造になったとアーリンダーは批判する。ちなみに、理事所は聴取をしただけで、調査を中断してアメリカに全面的に下駄を預けた。全く知られていないことだが、少し調べればわかることだ。 だから、潜水艦説をとった場合の教訓は、船員の安全を本当に考えるなら、船員の居室をもっと上部に配置すべき、ということだ。造船所や漁業者は嫌がるかも知れないが、死亡事故の本当の再発防止は、潜水艦の相手が分からない以上、漁船の側で自衛措置を講じて船体構造を変えるしかないのだ。業界や造船所、漁船の研究者にこのようなことを働きかけることが必要なのだが、なぜが、著者はこのような発想はしない。著者が今後、軍事の闇を突っついて、当て逃げの潜水艦を探し出しても、これから中国潜水艦も増えてくる中で、ほとんど意味があるとは思えない。当て逃げ船を探し出すのはもともと犯罪捜査の仕事で、運輸安全委員会の領域すら軽く越えてしまっている。残念ながら、その成果は現実には期待できないだろう。ここまで言ってしまっては酷なのだろうか。 ところで、乗組員に事故の刑事責任を求めた海保の訴追に対して、野崎さんの心労は如何ばかりだったかというのが、本書を読んでよくわかる。さすがに不起訴だったが、被害者ともいえる船員が不名誉な被疑者とされるのだから理不尽なものだ。潜水艦なら不可抗力だから当然だが、仮に波だったとしても、船員に刑事責任があるとは思えない。本書では、こちらの方面はあまり追求していないが、日本では、事故があれば例外なく刑事責任を追求するのが当然とされている。イギリスでは、あのタイタニックでさえ、船長の責任は認定されていないのに。普通の船長と同じ行動をとっただけだったからだ。 責任問題と関連して、当レビューアーが考える、本件の構造を述べておこう。本書は、船主の野崎さんの癒しのために書かれた本なのだろう。船主としての安全管理をきちんとしていたはずの船が沈み、大事な乗組員を失ったのに、国の措置は非情にも乗組員の送致だった。自分にも責任があるという嫌疑さえ向けられる。この事態を逆転してくれるのは、外部原因説である潜水艦説しかない。その場合にのみ、寿和丸は無過失となって、本当の心の癒しを得ることができるのだ。そういう議論を展開する場は、もともと刑事裁判や海難審判なのだが、本件では不起訴になり、船長も亡くなられたのでその場はなくなってしまった。原因調査を行う委員会が、この問題の決着をつける、代理裁判の場となる。船主にとっては、波説に基づく再発防止など要らないのだ。そんなものを出されると責任が発生してしまう。事故調査は、本来、責任問題を議論する場として設定されているのではないのだが、波説を取ると、保安庁に加担することになり、責任問題に巻き込まれてしまう。この事故はこのような特異な性格を持っている。事故調査の標準的な手続きは、船主の希望とうまく折り合わないのだ。 一方で、運輸安全委員会が追随したとされる保安庁の捜査については、著者が何も取材していないのが不思議なくらいだ。保安庁は何を根拠に波説をとったのか、誰にも聞きに行っていない。著者が下に見る同じ外局でも、こちらは警察機関で実力があるから、聞きに行くことに不都合があったのだろうか? 潜水調査が行われなかった理由はよくわからないが、委員会にお金がないというより、調査を実行するための予算を、会計当局や財政当局を説得して、とってくるのが困難だったと見る方がありそうだ。実験で結論の目処がたったのであれば、予算は認めてもらえそうもない。ちなみに、アメリカの予算規模が大きいのは、航空機の製造国として世界中で発生する航空事故の調査を行っているからだ。当然のことだが、あまり知られていない。アメリカとの単純比較は不当だろう。 この件だって、この本の反響が大きければ、今からでも予算を要求して調査を再開する理由になるかも知れない。運輸安全委員会にそのくらいの柔軟性があったとしての話だが。もし、潜水検査の結果、船体に損傷がなかったら、この本はどうなってしまうのだろうか? ところで、この本の最大の欠陥で問題点は、船舶事故調査の国際条約について何も言及していないことだ。知らないのか、故意に無視したのか?NTSBやMAIBといった米英の機関について言及するなら、国際条約による国際標準についてちゃんと調べて書くべきだろう。ミステリーのうちのかなりの部分がそれによって解け、ありきたりの話になってしまうからだ。国際標準では、調査機関の独立性が強調され、大臣や国土交通省やその他の役所、国会議員、船舶所有者を含む関係者の意見に影響を受けてはいけないことになっている。関係者の証言を無視した報告書だという点が強調されているが、油まみれになったことなどは、報告書にちゃんと書いてある。無視したとみられる証言は、「絶対に波ではない」などの原因に関わる証言だ。これは、事実情報というより関係者による原因に関する意見なので、国際標準に従って、書いていないだけではないのか。関係者の原因に関する意見について記した報告書は、世界中どこを捜してもないはずだ。これが、調査官が話を聞かないように見えるミステリーの答えだろう。悪い官僚といった問題ではないのだろう。 情報の非開示についても同様で、国際標準に従って、口述部分は一律に開示されない。開示すると、刑事民事の裁判で証拠になってしまう危険があるので、開示は禁止されている。他の政府機関の秘密とは性格が異なるのだ。運輸安全委員会がもし開示したりすると、事故調査に詳しい専門家や弁護士から非難が殺到するだろう。 陰謀論の取り扱いは適切に思えるが、このような軍事専門家の発言が正しければ、123便の陰謀論も同様に成り立たなくなる。伏線として怪しげな保安官がでてきて箝口令を口にして何かに怯えるが、これは一体何だったのだろうという疑問が残る。陰謀論で気になるのは、地元の有力国会議員が官邸疑惑の払拭に尽力していたことを思い出すからだが、本当の自衛隊関係者に会えて、しっかりと陰謀論を葬っているのは、官邸に対して害がないようにあらかじめ企画されているのではとも思う。深読みのしすぎだろうか? しかし、他のレビューを見ていて思うのだが、潜水艦の当て逃げだとすると、事故調査より、まずは犯罪捜査のはずだ。海保が当て逃げ事実を知っていて、軍事情報の隠蔽のために、先に結論を出したのなら、官邸ぐるみということにならないだろうか?海保や運輸安全委員会程度のレベルで、隠す理由もなければ、隠せる案件ではないからだ。こうして、本件も、著者の意図と無関係に、官邸疑惑に繋がってしまうだろう。 ところで、運輸安全委員会に調査の優先順位があり、漁船を重視していないという著者の見解は、事実と異なる。発足10年目の成果として部会長があげたのは、漁船に関するものだ。委員会が、AISという自船の位置を知らせる安全装置の普及を水産庁に提言したことによって、水産庁がタイアップして設備投資に優遇措置を設けた。このため、漁船と大型貨物船との悲惨な衝突事故はずいぶん減ったはずだし、これ以外にも県の漁政部と連携して有益と思われる提言をしているものも多いが、著者は何も取り上げていない。著者が漁船軽視と言っているのであれば、ファクトを見ればすぐに崩れてしまう。 本書は、ノンフィクションであるとされ、日本人はレッテルに弱いので、そういわれると内容すべてが事実であると信じてしまう。著者によるインタビューは、本人の息遣いまで聞こえてきそうで秀逸なのだが、別の話者からの伝聞になるとイマジネーションで膨らませたところが多く信頼度が落ちる。匿名の関係者や専門家になるとさらに怪しくなる。いずれにせよ、ノンフィクションは著者の眼鏡で現実を切り取ったものに過ぎないので、現実は、もっと普通で、これほど衝撃の大きいものではないのだろうと思う。 例えば、物静かにみえた調査官が豹変して漁船員を相手に威張り散らす衝撃的な場面は、ちょっと出来過ぎだし、油汚染の有数の専門家が公益法人の上司から注意されるところは、国関連の仕事をしないと、始まらないので、なんか妙だ。 さて、当レビュアーの見立ては以下の通りだ。委員会は潜水艦説も意識したが、波説よりもさらに可能性が少ないとみて記述から落とした。油の量は目安として正しいとみて、油の状態によっては証言と整合する状態になると考えた。船主関係者の意見を聴かないように見える理由は前述の通り。国際的な報告書のトレンドでは、原因と必ずしも関係のないことでも、調査で判明した不安全な事象について提言することが多い。委員会は、提言が船主の責任を認定するものだとは認識していないので、再発防止の提言をしている。これらが、委員会と船主とそのサポーターとの認識の違いになっている。ノンフィクションは事実より奇なのではないだろうか。 まあ、この本はよく書けていて、当レビュアーも興奮しながら一読した。力作と言えるだろうし、事故の関係者が納得しない報告書は、成功したとは言えない。委員会の報告書が、棄却した見解について、字数を割かないのも良くない。報告書の信頼性の精度を高めるためには、情報を出し惜しみせずに透明性を増すとともに、アメリカのNTSB のような、再調査制度を導入すべきだ。アメリカでは、調査は決して終わりにならず、全て継続しているとされる。事故の関係者は何年経っても、自説をぶつけてチャレンジできる。NTSBは、修正すべきところがあれば、平気で修正する。棄却する場合でも現在の委員会のメンバーが、理由は文書で説明する。日本では、このような制度がないために、過去の調査官に意見を聞けば、多くの人が守秘義務を理由に沈黙する。説明がなければ疑惑を呼ぶ。制度の改良が必要な時期だと、当レビューアーは思う。 長くなって恐縮だが、書評が出たので追加すると、柳田邦男さんの著作に言及があるので、是非、柳田さんの事故調査に関する本を読んでほしい。柳田さんは、事故調査を完璧に理解し、改善を先導した。柳田さんは、JR西日本の不祥事の検証でも、運輸安全委員会を指導している。 著者は素晴らしい筆力だが、船主に共感するところから始まり、運輸安全委員会に対する嫌悪感を共有するので、バイアスがないとは言えないだろう。聞いたことを正確に記しても、話者が誤っている場合には修正がされない。 もう一つ、情報公開に関して、事故調査に関する全ての資料を公開せよという著者の主張はよろしくない。そのようになったらすべての事故調査が崩壊するだろう。例えば、航空パイロットの組合では、事故調査報告書が刑事裁判で使用されることを以前から問題視している。運輸安全委員会は、その分離について試みているが、まだ成功していない。ましてや、関係者の証言が情報公開で簡単に取得でき、刑事・民事裁判で使用されることとなったら、事故調査で真実を正直に証言する人はいなくなる。真実の証言によって成立する事故調査は崩壊する。情報公開一辺倒の論者とは異なり、パイロットなど運航従事者の組合は、全ての資料の公開には賛成しないだろう。航空でも船舶でもこの原則は同じだ。アメリカではどうかというと、事故調査の証言などの事実資料は、裁判で使用できないように法律に書いてあるから公開できるのだ。それにNTSBだって解析の報告書には非公開のものもある。運輸安全委員会の情報公開は、この本のとおりなら改善される必要があり、最大限の公開をするべきなだが、それでも、わが国ではアメリカのような法制は無理なので、現時点で全ての公開は適切でない。国際標準からもずれてしまう。 著者は、アメリカのNTSBと比べて運輸安全委員会を下に見るが、アメリカとはセッティングが違うことを指摘しておこう。アメリカのシステムでは事故調査は民事刑事と分離されているので、本件のような問題は起きない。なぜなら、そもそもこのような事件で船員が送致されることはないから、検察が事故調査報告書に頼ることもないし、弁護士が船主に有利になるよういろいろ画策することもないのだ。保険会社が事故調査報告書にすがりつくこともない。事故調査機関は純粋に再発防止を追及すればよいことになっている。つまり、運輸安全委員会だけでなく、残念ながら、日本のシステム全体が後進的なのに、みんなが気づいていない。運輸安全委員会は、さらに変わる必要があるし、ジャーナリストも、事故調査をもっと勉強して欲しい。 本書のメリットは、まずは、あまり日の当たらない船舶事故に読者の関心を引き付けたことである。多くの箇所で誤りだったり、ミスリーディングだったりするが、普通の読者には気にならないようだ。それにしても、著者の取材に費やしたエネルギーと本書の構成のうまさ、ストーリーテラーの卓抜の筆力は素晴らしく、官庁ものミステリーエンターテイメントの面白みさえ提供していることを評価したい。 ここからは追加だが、最初にレビューを書いてから時間も経ち、本作は数々の賞を受賞した。著者の訴える力の強い類い希な表現力とジャーナリスト魂が共感を呼んだものと思う。著者の伊澤さんにお祝いを申し上げたい。 本書のメーキングについて読むと、子育ての最中の執筆だったようで、寸暇を惜しみ憑かれたように執筆に取り組んだのも好感の要素だ。しかも著者は、流石にイギリスの経験者だけあって、sense of humourがある!余計なコメントだが、一般的な話として言えば、例えば天下りの老人がゆったりと回顧録を書く場合は別だが、フルタイムで別のことをやっている者が、コンテンツの多い本を作る場合には、出版不況のなか主として図書館しか買わないような本の場合でも、余暇時間のほとんどすべてを捧げ尽くして憑かれたようにやらないとできないだろうという点では同じようだ。個人的な損得勘定では莫迦なことをやっているようにしか見えないが、そういう本もなければいけないように思う。WEB上にあっても認知されないからだ。 本書で鮮烈なデビューを果たした著者は、さらに大きなのびしろを持っているように思え、今後のさらなる一層の飛躍が期待できる。これからの一生を潜水艦だけを追い続けて送るようにはとてもイメージできないからだ。
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ジャーナリズムの真髄を見た思いです
意思と行動のみが結果をもたらす事ができる、というメッセージを受け取りました。
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すごい
引き込まれる文章。釘付けになる始まりと、ミステリーのような複雑に絡み合う内容。想像を絶する取材力で想像を絶するような苦悩の重なる運命を追い続ける。そこに深い人間味と生き続けることの苦労と意味という実存の問題を描き出す。自分の人生を一生懸命生きていた小さな人々の理不尽な死。その声を埋もれさせまいと、真実と正義を追い続ける信念と耐久力。脱帽。感動した。
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スッキリ‼️
ニュースでアレ何か変という疑問が頭の引出しに有りました。あれから随分時が経ちました。腑に落ちました。取材お疲れ様でした。ありがとうございます。
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丁寧に取材し事実を積み上げた本
丁寧に取材し事実を積み上げた本。 しっかりとした読み応えのある一冊
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渾身のルポ!
一気に読了しました。 「黒い海」というタイトルに込められた意味が深い。
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運輸安全委員会の問題点がよく分かるが、処理水に関する部分は余計
海難事故を起こした場合の日本の調査の問題点が示されている部分は良く書けているし、読み応えが有る。 ただ、福島県発の処理水に関する部分になってくると怪しくなってくる。 前半部分の海難事故に関する部分は、論理的に書かれていて関心しながら読み進めていけるが、後半に処理水の話しが出てくると怪しくなってくる。明らかに関係が無い、福島原発の処理水と水俣病をからめてくる程度の知能しか無い人が前半部分を書いたとは信じられない。別人が書いたのかな? 処理水以外の部分は星5つで素晴らしい。