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君が異端だった頃

読売文学賞

君が異端だった頃

島田雅彦

島田雅彦が自らの若き日を「君」と呼び、作家としての出発、孤独、過失、文壇との摩擦を描く自伝的青春私小説。鮮烈なデビューの裏側にあった羞恥や愚行までをさらし、作家という存在が物語になっていく過程を語る。

自伝的私小説作家の青春文壇異端羞恥と過失

作品情報

異端と呼ばれた若き作家が、自らの愚行と羞恥を物語へ変える。

『君が異端だった頃』は、デビュー期の島田雅彦をめぐる自伝的青春小説である。幼年期から文学青年としての出発、文壇での注目、交友や失敗を「君」への語りとして構成し、自己神話を解体しながら、作家であることの滑稽さと痛みを描く。

レビュー要約

  • 若き日の自己批評を笑いと苦さを交えて描く点が読みどころとされている。文壇回想としての面白さだけでなく、作家が自分自身を素材化する迫力も評価されている。

書籍情報

出版社
集英社
発売日
2019-08-05
ページ数
304ページ
言語
日本語
サイズ
13.4 x 2.6 x 19.4 cm
ISBN-13
9784087711905
ISBN-10
4087711900
価格
1832 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

第71回読売文学賞【小説賞】受賞 恥多き君の人生に、花束を! 「誰にでも少年時代はあるが、誰もがそれに呪われている。」3月生まれの幼年期から、めくるめく修業時代を経て、『優しいサヨクのための嬉遊曲』での鮮烈なデビューへと――。「オレは必ず小説家になり、空回りと空騒ぎに終始した恥ずべき高校時代を全て書き換えてやる」と誓った高校時代。「英語とロシア語両方できれば、世界の美女の半分に自分の思いを伝えられる」とロシア語漬けの大学時代。ソビエト留学中に知り合った男性に、小説を持ち込むことを勧められ、『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー後、芥川賞候補になるも、その後5回も落選するとは想像もしなかった。そして、酒の席で知り合った文豪たち――埴谷雄高、大岡昇平、安部公房、後藤明生、古井由吉、中上健次たち――は、君に伝統を保守する正統なんか目指さずに異端のままでいよ、と教えられた。そしてその間に繰り広げられた、妻がある身の最低男による華麗なる遍歴と、不埒な煩悶に翻弄される日々……。デビューから36年を経た著者が赤裸々に物語る、自伝的青春「私」小説! 【著者略歴】 島田雅彦(しまだ・まさひこ) 1963年、東京都生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業。在学中の83年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー。84年『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、92年『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、2006年『退廃姉妹』で伊藤整文学賞、08年『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞、16年『虚人の星』で毎日出版文化賞を受賞。主な著書に『徒然王子』『悪貨』『英雄はそこにいる』『傾国子女』『ニッチを探して』『暗黒寓話集』『カタストロフ・マニア』『人類最年長』など多数。現在、法政大学国際文化学部教授。

レビュー

  • かんどうの巨編だ。

    高校時代からの話しが面白い。

  • これからも楽しみ

    実名を入れての半自叙伝 意外に地味な少年時代があり 笑える青春時代を過ごし 屈折の学生時代で 難攻不落の鉄の処女を落とし 未来予想図の中で 嫌われ愛され 崖から突き落とされ そこから這い上がり やんちゃな異端児の 修羅場もかいくぐって 還暦となり 時効を迎えた若き頃の愚行を 記憶が薄れないうちに 文書化したそうな 今はまだまだ次のステージがある お年頃 今まで一冊も読んだことはなかったが 今後の活躍に期待したい

  • 面白かった!

    小説家になるまでのプロセスとその文体は、非常に参考になり面白かった。

  • 読んで良かった!

    こういう青春もあることを大いに実感!このハチャメチャ元気を現代の若者に甦らせたい!

  • 続きが読みたい

    少年青年期から、幸福な作家デビューとその勢いを保っていられた(たとえ何度賞を逃しても) 20代終わりまでの自伝です。 なにより著者の行動力・旺盛な好奇心に、若い頃のこととはいえ、感心させられました。 多動性障害の幸福な事例を見ているようで。 とにかくマメ、その都度本気、 というプレイボーイの必須条件も見事にクリアし、 これは褒めたいけれど、生まれ持った本性なのでしょう、きっと。 個人的には、作家であり続けることの苦悩を伴う、30以降の自伝を ぜひ読んでみたいです。 中年になってから、いくつも文学賞を受賞していらっしゃいますよね。 正直言って、文豪や有名な批評家との交友などはあまり、というよりぜんぜん興味ありません。 私は島田氏より少し年上ですが、平成生まれの若人も同じ考えの方が多いのではないでしょうか。 そういうエピソードの数々をすごくありがたがる一群の人々がいて、 そういう人たちもわたし、好きではありません。 もちろん、ある作家の作品が、次世代の作家の作品にどんなかたちで影響を与えているかに、 興味はありますし、本作では先輩作家たちとの交流は、異端の系譜、というかたちで語られています。 この本のタイトルと考え合わせると、面白いですね。 羨ましいのは、才能のある人って、貴重な「出会い」がいくつも人生にあるということです。 そういう「出会い」がまったくなかった自分は、ほんとうに無才だったのだな、 とこの本で思い知らされました。 老年期に向けて、いっそうのご活躍をお祈りしています。

  • この赤裸々さ・正直さはとってもいい!これぞ私小説‼

    単行本は2019年8月刊。文庫版は2022年8月刊。これは先月読んだ「時々、慈父になる。」が島田氏30歳以降の自伝的私小説なのに対し、その「前編」とも言える彼の少年期から30歳までの回想的私小説。これも非常に面白く読んだ。島田氏と同世代の私は育った境遇こそ違えど、中学時代に初めて買ったクラシックのLPレコードがフルトヴェングラー指揮ウィーンフィルのシューベルト「未完成」とか(多分ベートーヴェン「第5」とのカップリング:私も初めて自分の小遣いで買ったのがこれ)、レコードは子供には高価なのでかつての巨匠たちの廉価盤(たしか当時¥1,500で売っていた)をよく買ったこととか、ラジカセでFM放送のクラシック番組を「エアチェック」したカセットテープを揃えていたとか~いちいち共感したし懐かしかった。しかし彼はこの頃から本気で小説家を目指していたようで、そこが凡人の私とは大きく違う。そして多忙で多感な10代の後、東京外大在学中に初めて「優しいサヨクのための嬉遊曲」が文芸誌「海燕」に掲載された経緯とか、その後の所謂「文壇」での先輩作家・評論家たちなどとの濃密な交流(要はひたすら新宿飲み屋街を飲み歩く)とか~柄谷光人・唐十郎・大岡昇平・埴谷雄高・野間宏・安部公房と大物が次々出てくるが、特に中上健次!~あることで「島田を殴る!」と息巻きながらもひたすら自分の舎弟のように島田氏を引き廻して新宿界隈を飲み歩く姿はちょっと強烈。今の時代はもう存在しない「最後の破滅型作家」とその薫陶を図らずも受け続けた島田氏。その特別な関係性は特に印象的だったし、毎夜のように酔いつぶれながらも「書くときは書く」過剰なエネルギーの発散こそが彼らが作家であり続けた所以なんだろう。島田氏はそういう意味では「文壇」の洗礼を受けた最後の世代なのかも知れない。 しかし1988年から米コロンビア大客員研究員としてNYに1年間滞在していた頃の現地学生との熱い恋愛関係=不倫関係も赤裸々に描いているのはアッパレ。よく書いたね、そして現地同行していた奥さんと離婚にならなくてよかったね。本著の最後に彼はこう書いている~「正直者がバカを見るこの国で本当のことをいえば、異端扱いされるだろうが、それを恐れる者は小説家とはいえない。小説、とりわけ私小説は嘘つきが正直者になれる、ほとんど唯一のジャンルなのである。」 ・・・異端万歳!私はただの凡人だが彼ら「異端児たち」が大好きである~(*^^*)

  • 面白い

    最近読んだ小説で一番面白かったです。自伝的青春小説とあるものの、どこからどこまでが本当かわからないのですが、物語として夢中になって読みました。作家というのがどういう人間なのか知りたい人にはたまらない内容なのではないでしょうか。私は作者と親子ほど歳が離れてるので書いてある内容にジェネレーションギャップはあるものの、親の青春時代を垣間見るようなドキドキもあって楽しかった。 じーんとしたり、面白ろおかしくて笑える場面も多いです。ところどころ爆笑しました。 実名でいろんな作家さんのエピソードが出てくるのも面白いです(これもどこまで本当かはわかりませんが。でもいかにもそんなことを言いそうな感じで描かれていてよい) あと最後の文壇バーのママさんの解説が良かったです。(文庫版だけですかね?)作家の人柄がわかるエピソードで素敵でした。他の作品も読んでみたいと思います。

  • 君が異端だった頃

    ある人の紹介で購入し読んだ。知的刺激のある本だが、少し翻ってこの本の読後感を考えると、一言で言って美しい、という印象は全くないように思った。小説の読後感は、そこにこそあると思っている。例えば文豪谷崎だとか、著名な作家のものは、心の中によく残る文章がある。本棚において、また再読したいとは思わない。

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