作品情報
『蟹と彼と私』
『蟹と彼と私』は、伊藤整文学賞の受賞作として読まれる荻野アンナの作品。刊行情報が確認できるため、受賞履歴から作品へたどれる書籍として扱える。
書籍情報
- 出版社
- 集英社
- 発売日
- 2007-08-03
- ページ数
- 256ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784087748727
- ISBN-10
- 4087748723
- 価格
- 1396 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
爆走する、妄想と情熱の長編“闘病記"小説 「癌を味方にしたのは、僕がいけなかった」食道がんに冒された最愛のひと。あなたの命と、私の気力が、生の境でせめぎ合う日々がはじまる。
レビュー
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これこそ愛
昨年度読んで一番胸を打たれた小説。 難解と言われがちな部分に関していえば、荻野アンナ女史が仏文学専攻の教授であることを思い出していただきたい。日本で言えばシュルレアリスムの系譜を一部継いでいる。よって難解であるとか、わかりにくい、ついていけないと思われがち。 これぞ純文学。 出版社さん、文庫化して是非後世に遺してください。
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お金のかかる病気。
2000年代の話なので 現在はわからないが がんはお金がかかる病気であるということだ。 (今では軽減している気もするが) 荻野氏の場合、お金プラスで大変なのは 闘病中の本人も大変ではあるが、 看病している当事者であるのにも 関わらず、筆者は「友人」だったり 「内縁の妻」であったりする。 その辺の辛さは最後まで続いている。 入院時の保証人の問題も含めて この辺は法整備をしていただきたいとおもう。
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暫定的人生
蟹とは癌のこと。同棲中の男性が食道癌になり、その死を看取る話です。 第1部では、治療法を懸命に探し、様々な治療法を求めるのですが、肉体的・精神的に 疲れ果て、ときには彼につらく当たってしまうこともある。1年と少しで彼はとうとう 亡くなります。淡々と抑えめに書いたドキュメンタリーのような文体だったら、苦しくなって とうてい読めないでしょうが、軽妙に冗談めいて書かれています。本来のユーモアとは こういうものだと思います。 第3部は彼の菩提寺にお参りし、周辺のお地蔵様に詣でたり、石の採掘跡などをまわる うちに彼の生き方と、自分の生き方に納得していきます。「一応は職があり男があり、 男は変われど孕まない。産めよ増やせよ、の圏外で農耕民族の落ち着きが身につかない。 人生は暫定的処置の連続、と心得ている。」という風に自己を定位させます。彼の死は 「石の蟹が、石の彼にへばりつくが、相手も石、もはや手出しは出来ない。」というふうに 心の中に受容していきます。 第2部は二つをつなぐ幻想的な中間部。 久しぶりに生と死について真剣に考えさせられました。 なおこの作品は多分に作者の自伝的な小説だと思われます。彼は雑誌の編集者だと言われています。 第3部の舞台は、JR両毛線の岩舟駅・佐野駅あたりがモデルになっています。
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食道癌に倒れた彼「パタさん」との、二人三脚の闘病記。
ガンと人との闘いは数多く本になっている。 どれが優れていて、どれが稚拙かなどと優劣をつけられるものではない。 人の死を扱い、生きざまを綴る真実は、等しく重いと思う。 といいながらも評価を“5”とするのは、そこここに、著者の作家としての本能が窺がえるからだ。 「つらい」はあっても「悲しい」はない。「泣く」もない。 淡々と自分の気持ちをつづり、ヒステリーを起こして自棄になる様を告白する。 楽しい思い出を反芻し、去年と同じことをしようとしても、身体が利かず、できなくなってゆく 「パタさん」を見つめる。 病を見つめ、療法に迷い、愛する人を失う不安に駆られる。 死の影に怯えながら、仕事をこなし、介護が必要な両親を支え、パタさんの闘病を支える。 赤裸々に語られる日々は、壮絶の一語につきる。 著者は、「パタさん」と出会い、ともに暮らした。 しかし、幽明境を異にした今、それが墓の下であっても、再び共に眠ることはないのだろう。 傍目にはそれが、悲しい。
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う〜ん、蟹かぁ
蟹とは、キャンサー、癌のことです。 荻野アンナくらいの年齢の、ちょっとさばけてるイイ女の陰には、 年上やり手の男が寄り添ってます。そのことを、チョット年下の女(わたし)は さみしく思います。デキル自由な女は、ファザコンが多い!?そんなことはあるまいに。 年齢差があれば、病や老化や、看取りまで付き合うことになる。 大切な彼の癌の闘病。荻野アンナもふつうの女性だなぁと思うばかり。熟年になったら 若くて健康で、やさしくかしずいてくれる男がいいですよーと教えてあげたい。 生病老死、みんな、みんなに必ずやってくるものだし、仕方ないですよね。
関連する文学賞
- 伊藤整文学賞 第19回(2008年) ・受賞