作品情報
茶の器と記憶に導かれ、父の過去と青年の現在が妖しく重なり合う川端文学の代表作です。
『千羽鶴』は1952年に日本芸術院賞を受けた川端康成の代表作の一つで、『雪国』『古都』とともにノーベル文学賞の代表的対象として知られます。新潮社公式ページで新潮文庫版ISBN9784101002491、336ページを確認できます。英訳 Thousand Cranes もタトル出版から刊行されています。
レビュー要約
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茶の湯の静かな美しさと、人物たちの不穏な関係を対比させる構成が強く読まれてきた。優美な文体の奥に、愛欲、嫌悪、死への感覚が沈んでいる点が作品の緊張を生んでいる。
書籍情報
- 出版社
- 新潮社
- 発売日
- 2023-11-15
- ページ数
- 336ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 15.1 x 10.6 x 2 cm
- ISBN-13
- 9784101002491
- ISBN-10
- 4101002495
- 価格
- 737 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品
愛してはならぬ女だった―― 幽玄妖艶な美意識の結晶。ノーベル賞受賞作 菊治は、かつて父の愛人だった茶の師匠・栗本ちか子から、茶会の案内状をもらう。菊治に、弟子である美しい令嬢を紹介するというのだ。ところが茶会には、令嬢だけでなく、栗本の後に父の愛人となった太田夫人と、その娘も現れて……。 時代を超えて受け継がれていく茶器と、それを扱う人間たちの愛と哀しみの物語。ノーベル文学賞対象作品。菊治のその後を描く「波千鳥」(続千羽鶴)を併録。 著者没後50年を迎え、恩田陸氏による新解説を増補。
レビュー
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川端ワールドにはまります
川端ワールドにはまってます。美しい日本語,余韻の残るストーリー,goodです。
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「千羽鶴」だけならよかったのに……
「千羽鶴」と、その続編の「波千鳥」からなる。 「千羽鶴」は昭和24〜26年の作、「浜千鳥」は昭和28年の作。それぞれ短い章の連作として発表されている。 「千羽鶴」の最後がいささかショッキングで、劇的な終わり方なので、その続編である「浜千鳥」の部分が、蛇足と感じてしまう。 本文中に「*」マークでたくさん注釈がついているのが邪魔くさい。作者がつけたものではなく、後に全集の編集者によってつけられたようだ。作品の雰囲気を壊しているように思う。
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期待はずれ
千羽鶴の続編ということで期待して読んだが、アレでは無かったほうがマシかなと思いました。単なる紀行記と、不自然でムリな辻褄合わせに終わっている。天下の川端にして、あんな駄作を書いてしまうのだなぁと、ある意味目からウロコでした!
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凄い
最近は純文学が商業的に儲からないのか、名著がどんどん電子版になっていく。まさかこの作家の紙書籍廃盤はないと思うが、やはりこういう作品は1ページずつじっくりめくる行為を通じて味わうものだと思う。
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とても好き
川端康成の文学の中で、好きなタイプの一冊。 人間関係の対比や逃れられない運命等構図が美しくて、切ない。読みやすい。
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『波千鳥』が併録されています
新潮文庫の『千羽鶴』に、その続編ともなる『波千鳥』が併録されていると知り(以前はなかった)、今回、改めて本書を購入しました。 『千羽鶴』はほぼ三十年ぶりの再読。菊治も、太田夫人も、娘の文子も、しっかりと記憶に蘇ってきました。やっぱり、いい小説ですね。月並みですが、美と官能と幻想で彩られた独特の世界がこの小説の魅力です。決して「寝た」とか「抱いた」なんて直接的な表現を使わないところなど、川端らしさがよく出ています。 一方、今回初めて読む『波千鳥』は、菊治とゆき子、文子の『千羽鶴』後が語られ、不安と緊張をはらんだドラマを予感させる展開に期待も高まったのですが・・・物語が盛り上がりを見せ始めたところでぷつりと途絶えてしまっており、なんとも残念(未完ということはもともと知っていましたが)。 たしか三島由紀夫だったか、川端の作品は一部分だけを切り取っても、そこだけで小説が成立する、というようなことを言っていたかと思います。が、少なくともこの『波千鳥』に関しては、三島の言葉はあてはまらないようでした。『波千鳥』は、やはりきちんとした結末が必要な小説のように思いました。 というわけで、『千羽鶴』のみでは文句なしの星五つですが、トータルで星一つ減としました。
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徹底した美の表現と女の恐ろしさ
川端康成の文章から滲み出る美の表現は、くどくなくそれでいてとても美しいです。 流れるような文章、とでも言うのでしょうか。 それにしても此の話は父の愛人だった太田夫人と関係を持った上、その娘とまで……というとてつもなくどろどろした話なのですが、あまり沿う感じさせられないのも川端康成の文章力の賜物なのかもしれません。 しかし太田夫人は本当に男性から見たらいわゆる「男好きされる女性」そのもののような気がします。 女性からしたらこういう女性は……って感じです。 太田夫人が女として主人公の父から相手されなくなった元愛人ちか子からつらい仕打ちをされるのも、ちか子が大田夫人を軽蔑するように嫌うのも、女から見ればとても理解できる。 もしかしたら、男性と女性で太田夫人に対する印象はぜんぜん違うものになるかもしれませんね。 それも意図してこの小説は描かれているとしたら、すごい話です。
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美醜の「醜」が足りないようです
この作品は評価が難しい作品ですね。 前半の人間関係がドロドロしているとは言われますが、私にはドロドロしたようには思われませんでした。それはしつこさのない文体ゆえだと思います。それと唯美主義的で人の心の醜悪な部分が栗本ちか子一人に負わされているように思われるためでしょう。太田夫人と娘と関係した、菊治には自制や自省のような念がかけらもありませんし、悩みや葛藤等のようなものが描かれていない。それが言い過ぎなら乏しい。父との間の葛藤も乏しい。醜悪な側面のインパクトが弱いからドロドロ感が伝わらなかったのでしょうか。志野を割ったりするところもそれほど残らない。 菊治は栗本ちか子の茶会でであった太田夫人と関係を持ちます。同夫人は父の不倫相手でした。栗本ちか子もまた父の情婦のような存在であった過去があります。太田夫人のむすめの文子は菊治と母を会わせないようにしてしまいます。そのことが原因で夫人は自殺するのです。その後、文子とも関係する菊治。すっとテーブルの上にあったケーキを食べるようにして食べてしまう感じです。 あとで自分の妻となる稲村嬢とも茶会で出会っていますが、結婚に至った経緯は描かれておらずなんともインパクトが弱い感じです。 強烈な人間像はなく、文子らが太田夫人という死者に縛られるすがたがそこにありますが、死者の呪縛がもたらしたものは何だったのか、結局作者が何が描きたかったのかよくわからないまま読み終わりました。
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Really disappointing
A book full of elitism and misogyny. Kawabata's great command of language only throws these underlying ugliness into sharper relief. I guess if you are a privileged man you might be able to overlook the faults and still enjoy the book? (For reference, I enjoyed Koto, Yukiguni, and Maihime.) According to his Nobel Prize speech, he wrote this book so people would learn to hate the matcha culture. If that was the only goal of the book, it's pretty successful.
関連する文学賞
- 日本芸術院賞 第8回(1952年) ・受賞