作品情報
花柳界を生きる四人の女の明暗が、戦争の嵐の中で分かれていく。
『寒椿』は、高知の芸妓子方屋で共に育った澄子、民江、貞子、妙子の人生を描く宮尾登美子の代表作の一つ。男と金と戦争に翻弄されながらも、自分の才覚と意地で生きる女たちの姿を、松崎の娘・悦子の視点からたどる。
レビュー要約
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女性たちの生きる力と、花柳界の厳しさを濃密に描く点が支持されている。過酷な運命の中にも希望を残す語りが、読後の余韻を強める。
書籍情報
- 出版社
- 新潮社
- 発売日
- 2002-12-25
- ページ数
- 379ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-13
- 9784101293165
- ISBN-10
- 4101293163
- 価格
- 781 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
もう一生、涙なんか流すものか。 花柳界を果敢に生き抜いた四人の女。その運命の変転――。 高知の芸妓子方屋「松崎」で、揃って修業を積んだ澄子、民江、貞子、妙子。姉妹のように睦みあって育った娘たちも、花柳界に身を投じる時を迎える。男と金が相手の鉄火な稼業を、自らの才覚と意地で凌いでゆく四人に、さらに襲いかかる戦争の嵐――。 運命の荒波に揉まれ、いつか明暗を分けてゆくそれぞれの人生を、「松崎」の娘・悦子の目から愛惜をこめて描き、生きることへの瑞々しい希望を呼び起こす傑作連作集。 【目次】 一章 小奴の澄子 二章 久千代の民江 三章 花勇の貞子 四章 染弥の妙子 小説の肝心 伊集院静 本文冒頭より 高知の町がまだ戦火で焼けなかった昔、浦戸町の芸妓子方屋の松崎には入口の表格子から玄関まで五間ばかりのあいだ、飛石わきの芝のなかに、互い違いに椿の木が六本植えられてあった。 椿は肉厚の白や斑(まだら)の八重や素っ気ない一重の藪椿などそれぞれ種類が違っていて、寒の入りから春先まで長い期間替り合っては咲き、ひと頃、松崎に住込んでいた澄子以下四人の仕込みっ子とこの家の娘悦子との、楽しい遊び道具のひとつになっていた事もある。…… 宮尾登美子 (1926-2014) 高知市生れ。17歳で結婚、夫と共に満州へ渡り、敗戦。九死に一生の辛苦を経て1946(昭和21)年帰郷。県社会福祉協議会に勤めながら執筆した1962年の「連」で女流新人賞。上京後、九年余を費し1972年に上梓した「櫂」が太宰治賞、1978年の『一絃の琴』により直木賞受賞。2009(平成21)年文化功労者となる。他の作品に『序の舞』(吉川英治文学賞)『春燈』『朱夏』『寒椿』『宮尾本平家物語』『錦』など。
レビュー
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良かった
状態のいい本ですね すぐ届いたので助かったわ。 また、利用してます
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素人から見た娼婦と娼婦から見た娼婦
芸妓小方屋で育った4人の芸妓見習の少女のその後の人生を小方屋の娘の悦子がたどっていくという形式となっています。 悦子は、少女時代こそ彼女たちと姉妹同様に楽しく過ごしますが、年頃になり自分の実家の商売の有り様と座敷に出ていく他の少女たちの姿を見るにつけ実家や彼女たちに負い目を感じ、やがて遠ざけるようになります。 そこには、戦前生まれの高学歴の女性特に女性作家が抱きがちな女は全く自由がない、そして水商売は卑しく働かされている女性は人権がなく不幸である、という考えがあります。 確かに芸妓という貧しい家から身売りされてきた立場は「金で買われてきた娘」である以上自由も何もなく、戦争と終戦後の引き揚げもあり苦労のし通しではあるのですが、しかしその一方で彼女らはそれを恨むでもなく、楼主に愚痴を言い、こっそりさぼり、男にも惚れ、その惚れた男についていき苦労もすれば、財産を手に入れもする。 そこに芸妓だから、女だから、素人だからという違いはほとんどなく、一庶民として自分の生活を営む行き当たりばったりながらも逞しい人生があるだけです。 一方で当時の時代では珍しくよい教育を受け、女流作家という知的産業に就くことができた悦子は、おそらく高等教育や知識人との交流で得たであろう女性の権利や平等の思想に縛られ、実家とも疎遠になり、彼女たちへの独りよがりの罪悪感から打ち解けられない悩み多き人生を歩むことになります。 果たしてどちらが不自由なのか。 戦後の女流作家によって、自由なき女性の不幸を扱った作品は数多くありますが、彼女たちの多くは金銭的に恵まれた当時としてはかなりの特権階級出身の女性であることが少なくありません。 彼女たちの不自由さとは、果たして旧来の封建主義の日本社会の制度のせいなのか、それとも教育によって作られた特定の職業や性別を哀れな存在とする枠組みから生じたものなのか。 4人の芸妓と一人の裕福な娘のたどった人生はそれを問いかけているようです。
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異なった視点から描かれている
戦前の土佐の芸妓・娼妓の世界を陰影豊かに描く宮尾登美子の短編集。 四人の芸妓(娼妓)の物語だが、松崎という家に仕込みっことして売られてきて、その家の実子である悦子(宮尾登美子自身がモデルであり、「櫂」以降の綾子と重なる人物)と共に育ち、妓楼にはいってからは様々な苦労の中で人生を歩む。それが悦子の視点と絡まり合って描かれる。 四人の妓たちがと、作者の分身である悦子の関わり型がわかるという点は、また興味深い。「陽暉楼」や自伝的小説群を読む上で副読本的な意味合いがあると思うし、また別の視点でこれらの小説を見ることができると思う。 「寒椿」は、多くの宮尾の芸妓・娼妓ものの本が戦前〜戦中で終わっているのと対照的だ。四人の子が、戦中の満州の経験、戦後の焼け跡の時代も経て、戦後1970年代くらいまでどう生きていったかが描かれる。30代〜50代の戦後の生活ぶりが描かれるのも他の本ではなかなか読めないと思う。 四人の主人公達、生まれた家は別々で細かい環境は異なるが、貧困と複雑な家庭環境で育つ。それぞれの個性もあるが、その後の人生、特に戦後の生き方は対照的になる。それぞれの子の目から見た周囲の世界、人生をどう見て生きていったか…哀しくい世界だが、それに引き込まれる。 個人的には「民江」の父を慕い続けた生き方には動かされるものがあった。 この小説単体でもおもしろいが、宮尾登美子の他の妓楼ものの長編や自伝的小説群が好きな方なら、(「岩伍覚え書」とともに)読んでおいて損はない小説だと思う。 尚、降旗康男監督で同名の映画はあるが、設定は若干取り入れられているものの、ストーリーそのものは直接重なる部分は少ないと思う。
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マンネリ気味
高知の芸奴子方屋に育った芸奴達の生涯を描いた作品。 宮尾登美子お得意のテーマで、決して悪い作品ではないのですが、 綾子シリーズ(櫂、朱夏、春燈、仁淀川) のようにどんどん先を読みたくなる力作とは思えず、マンネリ感がありました。 オムニバス形式ですので短編集として気軽に読みたい方には良いかも知れませんが、 一般には、まず綾子シリーズをオススメします。
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過ぎ去りし時代の弱き女性達の懸命さに涙した
澄子、民江、貞子、妙子という四人の少女が、様々な芸妓としての道を辿るオムニバス形式の小説だ。宮尾登美子の一連の自伝作「櫂」→「朱夏」→「春燈」→「仁淀川」には、芸妓娼妓紹介業として富田岩伍が、その娘として綾子が登場する。 本作では澄子達四人を抱える芸妓子方屋「松崎」とその娘悦子がそれに相当するらしい。四人の芸妓達は、戦中戦後のただでさえ大変な時期に、途中公娼制度の廃止にも遭遇する激変の中、それぞれたくましく生きてゆく様が描かれている。 当時の花柳界の詳細な調査によるであろう数々の描写は、その時代に生きているかのような感を抱いた。特に無学で貧しい民江が、子供を売ったひどい父親を恨むどころか、一生懸命尽くす様には、最初はなんでそこまでと思っていたが、読み進むうち肯けて来るのは作者の力であろう。本作は「櫂」と「朱夏」の中間に発表されている。
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宮尾登美子ならではの視点。
紹介業という家に育った著者ならではの作品。 同じ家から、芸妓・娼妓となりそれぞれの道を行く。 人間性や運命によってまったくことなる人生が 開いていき、終わっていく。 フィクションじゃないだけに、当時の様子が ひしひしと伝わってきました。
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抱腹絶倒!
映画とは、全くと言っていい程、内容が異なる。また、苦界に身を落とした女の痛ましさはなく 民江の自由奔放な色恋の話は面白く、その遊び人の父親の精力絶倫ぶりは、瀕死の病床でも生 活保護と医療保護を受けながらも、看護婦を口説く。抱腹絶倒で、1日、思いだし笑いが絶えな かった。民江と土佐の海と照り返す太陽の浜辺での描写は、みごとで抜きんでている。 妙子の項では、辛酸をなめた後、事業家と結婚するが、夫の何度もの挫折と労苦と災難を超えて 幸せを掴む。妙子の辛苦を通して、作者の負い目と懺悔の吐露に思わず涙を誘われる。 人間は多くの失敗や挫折や困難を通して、魂は成長していくのだろう。肉体は年とともに滅んで 行くが、魂はむしろ、懺悔によって浄化されていくのだろう。
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ファンで、内容は素晴らしかったです。
新刊は高いので、此処でてごろ価格入手できうれしかったです、今後是非利用したく、友人にも紹介したいです。
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