日本の文学賞

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残虐記 (新潮文庫)

柴田錬三郎賞

残虐記 (新潮文庫)

桐野夏生

かつて少女誘拐事件の被害者だった作家が、失踪前に残した手記を通して過去を語り直す長編。虚構と現実、加害と被害、見られる身体が重なり合う。

犯罪記憶誘拐虚構と現実女性の身体

作品情報

封じられた事件の記憶が、手記のなかで別の顔を見せる。

桐野夏生の長編小説。少女誘拐事件をめぐる語りを多層化し、被害者のその後、世間の視線、書くことの危うさを緊張感のある筆致で描く。

レビュー要約

  • 設定や題材への関心が強く、人物の迷いや社会的背景を丁寧に追う読み方が目立つ。展開の重さや専門性を負担に感じる読者もいるが、読後に残る余韻を評価する声がある。

書籍情報

出版社
新潮社
発売日
2007-07-30
ページ数
255ページ
言語
日本語
サイズ
14.8 x 10.5 x 2 cm
ISBN-13
9784101306353
ISBN-10
4101306354
価格
649 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

自分は少女誘拐監禁事件の被害者だったという驚くべき手記を残して、作家が消えた。黒く汚れた男の爪、饐えた臭い、含んだ水の鉄錆の味。性と暴力の気配が満ちる密室で、少女が夜毎に育てた毒の夢と男の欲望とが交錯する。誰にも明かされない真実をめぐって少女に注がれた隠微な視線、幾重にも重なり合った虚構と現実の姿を、独創的なリアリズムを駆使して描出した傑作長編。

レビュー

  • 無限大の謎

    少女誘拐監禁事件を扱った作品であるが、読み進むに従って、物語は謎が謎を呼ぶ。 冒頭で示される手紙の中で、何故「私も先生を許さない」と書かれているのかが当初の大きな謎だ。 そして、謎が一つ増え、また一つ増え、最終的には、謎が謎を呼び、無限大の想像が可能となる。 「先生を許さない」という言葉の意味すら、幾通りもの解釈が成り立つ。 本文中でも、この事に対する解釈が示されているが、それすら、想像の域を出ていない。 一般の推理小説とは逆のパターンの作品だ。 推理小説は、最終的には謎が解明されるのであるが、本作品は、謎が深まるばかりだ。 しかし、被害者となった少女の「他人は信じられない」という姿勢は一貫していて、 その上、他人の心を読む能力は卓越しているので、真実を語ろうとしなかったので、さらに謎は深まる。 その心理描写の深さには、唸らされるばかりだ。 作品中で被害者は、自らを性的人間と語るが、この意図も曖昧模糊としている。 この事に対しても、読み進むに従って、謎がさらに深くなる。 謎が無限大である本作品。 小説という表現手段の、一つの境地が追求されている。

  • なかなか重い内容

    どうしても読みたかった本。思ったよりも重い内容でズッシリきました

  • そこまで残虐ではないが、薄気味悪い。

    ラストには少し驚きました。 作品としてはまぁまぁ。もう少しタイトルから残虐なものをイメージしていましたが、そこまで。 一応ラストまですべて読み終えることができたのでおもしろかったかな?と。 最近こういう誘拐事件なども多いので、興味深い題材でした。

  • 女の「現実」

    異様で、不可解な欲動に晒された少女 彼は、なぜ私を抱かなかったのか それだけは、誰にもいえなかった 女は強姦の屈辱を恐れない。強姦の栄誉を恐れているのだ 不可解なのは男の欲望だけではなく、自分の心なのだから 彼の欲望を希求した性的な妄想は同性愛に行き着く 妄想は結局、自分の頭の中だけのことで、少女の心性の内部に留まることは間違いがない 結局、景子は妄執の中に入ったのではなく、彼女の妄執の中に出たのだった。 それが、現実を失う、ということである。自分が自分を瞞すというトリックである。これ程セキュリティの高いシステムもない 他者に、自身に、呼吸をするように欺瞞を続ける女にとって、何が夢で何が現実かという境界は非常に難しい 小説は不可解を、もう一つ大きな不可解のシールド覆うことで結末する。それは、強かで、軽蔑されるべきこの女にふさわしいラストといえる

  • 最後まで読ませる引きはあるが中身はありがち

    監禁少女という題材事態の吸引力がすごいのと、流石の文章力で読ませるけど、大したことはないという読後感。でも読んじゃうという中毒性。

  • 衆人環視のなかの弧絶感と想像することの毒

    私には、これが特定の猟奇的な事件の深層に迫ろうと試みた作品とは思えませんでした。 むしろ、センセーショナルな事件等の当事者として他人の興味本位の想像の対象となるということがどういうことか、を描いた作品だと思いました。 猟奇的な事件などがおきると、当事者に対しては他人の好奇の目と勝手な憶測という毒が集中します。例えば、なんらかの事件について、被害者に同情することも加害者に憤慨することも、無関係な他人が当事者の心情を一方的に想像しつつ正義感を楽しんでいるのであり、要するにセンセーショナリズムという商品を消費しているに過ぎないのです。当事者にとっては当然「毒」の一つにすぎないでしょう。 そんなセンセーショナリズムを中心として渦巻く他人の好奇の目と勝手な想像の暴風雨、そこから弧絶した当事者の心の奥底という台風の目、両者の相容れなさが見事に描かれています。 センセーショナルな事件の当事者として、他人の想像の対象となるという運命を生きてしまった人の弧絶感と想像することの毒性を、洞察力を稲妻のように走らせつつ描いた、力のある作品だと思います。 なお、具体的な事件の被害者の心情に対する配慮が足りないという趣旨のこの作品に対する批判も、その具体的な事件に関連していえば「勝手な想像の毒」の一種だと思います、なんていったら良識ある方に怒られちゃうかな?

  • とめどなく流れ出る高密度の創作空間 なのですが.

    気になっていた桐野夏生の最初のチョイス本としては、快心作じゃないものを手に取ってしまったのかもしれない. "残虐"とのタイトルから想像したままに、 一種甘美なエロスで物語を進める筆致、、というか、 ・・主人公を苦しめた世間の想像力が読む側と同質というニヤリも楽しめたが、 総じて後に何も残らなかったのが予想外だった. 聴いている間はとめどなく再生される密度の濃い想像に圧倒されるが、 終わると消えて何も残らぬようにできた音楽のようだ. その過程をダイレクトに楽しむことがこの作の本質なのかもしれないけど、 ならさらに「単なるヨミモノ」の域の中にあると感じた. そのように楽しむべき作なのかもしれないけれど. なお筆致と書いたのですが、 年齢的には"子ども"の少女の言葉づかいや語彙のセレクトに馴染めなくて、 そのリアル感のなさが手応えのなさというか、それでいまひとつ没頭できなかったのかもしれない. けれど、それがこの人らしい強い創造の世界を生みだす独特のテクスチャーかも、と予想する.

  • 「現実」を凌駕する「想像」

    なぜだかわからないが、気がつくといつも僕は桐野夏生の小説を手にとっている。 『顔に降りかかる雨』『OUT』『ダーク』『グロテスク』… 直木賞受賞作『柔らかな頬』は未読だが、そしてまた今回も、柴田錬三郎賞受賞作の『残虐記』を手に取っていた。 『グロテスク』では、有名な東電OL殺人事件、そして今作『残虐記』では記憶に新しい新潟少女監禁事件をモチーフにした桐野さん。 相変わらず、ずっしり重たい読み応えのある小説でした。 桐野自身はこう言っています。 「主人公の少女は大人の男の欲望にぶち当たり、それがどういうものなのかを想像します。つまり、自分にはない欲望について想像するのです。想像力がなくて欲望だけある人は、ある意味で犯罪者だと思うのですが、想像力を働かせるという方法こそ、想像力を持たず欲望だけがある人物と戦う手段になりえるんじゃないか、と思いました。そして欲望に取り囲まれ、肉体的にも精神的にも奪われるのは常に弱いもの―男性よりも、やはり女性や子供であると思うのです。―その闘争が残虐なのです。」(本書解説より) そんな「想像力」の力を小説で表現・主張し続ける桐野夏生。そうやって「文学・小説とは何か」を考え続ける作家に僕は惹かれる。

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