サンチョ・キホーテの旅
ドン・キホーテの従者を思わせる視点から、近代や社会をめぐる思索を展開する評論的作品。旅の形式を借りて、文明批評と自己省察を重ねる。
作品情報
サンチョ・キホーテの旅は、西部邁の受賞作として刊行形態でも確認できる作品です。
サンチョ・キホーテの旅は、新潮社から刊行が確認できる西部邁の作品。受賞歴と書誌情報を合わせて読むことで、同時代の文学賞が評価した題材や語り口を追える。
書籍情報
- 出版社
- 新潮社
- 発売日
- 2009-03-01
- ページ数
- 253ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784103675051
- ISBN-10
- 4103675055
- 価格
- 1240 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
Amazon.co.jp: サンチョ・キホーテの旅 : 西部 邁: 本
レビュー
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素晴らしくきれいな本
内容の話は読んでから書かせて頂きます。 とりあえず、注文していた本が届きました。 新品同様の綺麗な状態でした。 感謝しております。 ありがとうございました♪
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平成日本を代表する保守思想家 西部邁の人生の歴史
この本は雑誌表現者、北の発言の西部邁氏のコラムを 編集書き下ろしを加えた著者自身の半生の歴史をつづった本である。 いろんな人々との出会い、また幼少時代、学生時代の家族間での出来事や学生運動に参加し 東大でブントの幹部として過激な闘争をおこなっていた自身の行いや 心情を客観且つ思想的に深く見つめ直し文章にしている。 有名な保守思想家であった 福田恒存氏や田中 美知太郎 氏との出会いと関わり合いも詳しく書かれている 自分が心に残った章は、日本画家 秋野不矩氏との家族ぐるみでの付き合いであり 秋野氏と行ったインド旅行の話は感慨深いものがあった。 絵を嗜む私にとっても、同郷の画家である秋野不矩氏の絵は 自分も大好きであの褐色の黄色の世界と空の青は強烈であり 廃墟シリーズや渡河といった作品は自分のお気に入りである。 話を戻すが、秋野氏とその弟子たち、 そして西部夫婦によるインド旅行は失敗であると振り返っているが なんとも思想やイデオロギーというものは厄介なものであるとは感じずにはいれない話であった。 本当の真実に目を向けて本質を捉えていたのは 秋野氏と西部氏の両氏のみで、弟子たちはインドの本質を見る事無く 表層的なものしか見ようとしないという事を嘆かわしく思っていた心情の吐露を、 早朝のホテルで二人話す行は何とも人間というものの、 もっと言えば戦後日本人の悪い部分を端的に物語ってる様な気がしたのである。 この話以外にも学生運動で逮捕され 拘置所に半年間拘留された時の出来事も書かれていて私には興味深く 一個人の人生と言えどここまで劇的なものかと感嘆する。 本人は言わないが波乱万丈だなと。 また、東大教授を辞めるきっかけになった話も細かく書かれており、 知識人階級の陰湿で歪んだ世界も垣間見ることができる。 西部邁の私事の歴史を知るという意味でも、人生の先輩、先人の知恵に触れるという意味でも名著だ。 2009年度文化庁芸術選奨文部科学大臣賞受賞している本でもあり、 賞を獲ったから良い本とは言わない。 読めば考え方が変わる、心の視野が広がる己の精神を見つめ直す一石を投じることだろう。 人生という旅を半ば終えつつある著者の人生の歴史に触れる事で あなたは何を感じ、何を考えますか。 是非一読して欲しい。名著である。
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西部先生の一端を垣間見る事が出来ました。
先生から発せられる言葉の数々は、こうしたご自身の歴史の上に成り立っているのだなぁと面白く読む事ができました。
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世の中が違って見える
西部氏は政治評論家,経済評論家,,理屈っぽい男だなあ、、、と言う思いがあった。 しかし、最近の西部氏の言葉へのこだわりが、とても楽しく,為になり,凄いなあと感じていた矢先 この本のタイトルに興味を持ち読んだ。 一気に読んでしまった。 単なる評論家などでは決してなかった。小説作家として本物の人であった。 今もそうであるように、西部氏の生き方はすでに生まれた時からそうであったのだろう。 実はなにもブレていない。ほんとうのモノを求めて、切磋琢磨してこられたのだ。 なんともいえない優しさに包まれた読後感だった。
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小さき憶い出への、平凡で壮大な旅行記
表現者・北の発言連載 自伝的評論集 ここで何か書くことがあろうか。知識人の視点から庶民の 生活の針小棒大な物事への解釈は氏の真骨頂である。 庶民なら誰しも心に残る記憶というものを持っているが、 氏はいつでもそれに、自分をこえたキホーテ的、超越的な何ものか の存在をサンチョ的な明確な論理を携えて語ることができる。その 文体は超越と歴史的という二つの風車に互いに煽られながら 危うい綱渡りの道を、軽快に慎重に進んで行くような離れ業 を見せている。散文的な退屈さを残しつつ、健全な言葉で綴る 物語の落ち着いた信仰性を失わないでいるのは、氏が庶民の 平凡な非凡の驚異を何よりも大事にしている証拠であり、その 小さき説への思いやり、気遣いこそが、当代の稀なブレない 大説家となりえた理由でもあろう。 読後感は、大袈裟に聞こえるだろうが、私の首もとまで浸かっていた 大衆性の汚水をキレいさっぱり洗い落とし、またぞろぞろと庶民の 活力が湧き上がってくるといったものであったというのは本当の ことだ。本の装丁、題名も素晴らしい。 健全な退屈さと自分の人生に与える物語性、それを忘れた方はぜひ!