作品情報
古典的恋愛小説の熱を、戦後日本の記憶へ移し替えた大長編。
『嵐が丘』を思わせる恋愛と一族の物語を、日本近代文学の自己意識と重ねた作品。語り手が重なり合う構成の中で、愛と執着、階級、記憶が長い時間をかけて展開する。
レビュー要約
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古典的な恋愛小説の骨格を日本語小説として組み替えた構成と、語りの層の厚さが高く評価されている。長さを重厚と見る読者と、読み応えと見る読者に分かれる。
書籍情報
- 出版社
- 新潮社
- 発売日
- 2002-09-01
- ページ数
- 469ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784104077021
- ISBN-10
- 410407702X
- 価格
- 1980 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
第54回(2002年) 讀賣文学賞小説賞受賞
レビュー
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いろいろな楽しみ方ができる小説
引き込まれて読んだ。心から楽しめた。 まずは構成の面白さ。 語り手が変わることで、流れが重層的になり臨場感が増す。 語り手が何回か変わることで、時間の流れが一方的でなくなり、さまざまに交差する。 セピア色に染まったような過去に、ビルが建ち並ぶ今の東京の景色が差し込まれる。 差し込まれることで、セピア色がいっそう濃く美しくなる。 同時に今の登場人物たちの姿は全て過去に源を持っていることが、交差する時間の中で徐々に明らかになっていくという尽きない面白さがある。 物語の大部分がフミ子の語りで進められているのだが、フミ子以外の語りを入れることで登場人物たちが別の光を帯びてくる。だから一度読み終えると、もう一度別の目で読み直したくなる魅力がある。フミ子が言葉に出して言わなかったことも、もう一度読んで、感じ取りたいと思うし、物語の最初の方、美苗によって語られる部分に出てきた太郎に改めてもう一度会いたいと思う。 次は時代の面白さ。 戦後すぐ進駐軍のいる時代から、20世紀の終わる頃までが時代背景となっている。 私自身がほぼよう子や太郎の世代。私が経験してきた時代の移り変わりを、ああ本当にそうだったと思い起こしながら読み進めた。 東京オリンピック以前に子供時代を過ごした者は、よう子や太郎が過ごした千歳船橋の描写には、懐かしさでいっぱいになるのではないか。 畳の部屋、障子や火鉢があるお祖母さまの家の佇まい、近所の空き地、子供の遊び。子供として感じたあの時代の空気感がここにあった。 さまざまな時代背景が出てくるけれども、私はよう子と太郎の子供時代がいちばん好きだ。
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登場人物の役を誰にするか?
長編小説ながら、登場人物の名前と人物像の輪郭が 読者なり想像していくのは、著書の物語が、読み進みながら、すりこまれていくからに違いない。 と思います。よう子と、太郎の配役を誰にするか?読み終えた人と、話すのが楽しみになります。 擬態語が気になるんです。「ひぃ~」そんな声・・出す?のは、想像できない。
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話が長い
上下巻とも一気に一読しただけですが、正直残るものが何もありません。私には作者が何を伝えたいのか分からず、ただ、長い話を聞いたというかんじ。 確かに、面白い人物がたくさん出てきてセリフひとつでも一人一人の個性があり、風景や心象の描写は素晴らしいし、読み応えはあるのですがなんだか夏目漱石を読んでいるような何とでも解釈できそうな小説だな、、と思ったら夏目漱石と関係あるかんじなので納得しました。 文章が上手くて上流世界を自然に描けるのにあと一歩の深みがなく、作者に興味が持てませんでした。 女中さんの語り物なら中島京子の「小さいお家」や、幸田文の「流れる」のほうが面白かった。
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切ない
とても切ない恋愛小説。 文庫で読みましたが単行本で欲しかったので購入
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重厚な小説
紹介文を読んでから推察して読み始めると、前置きの長さに圧倒します。ですが、考えてみると投げ出したくなる程つまらない話ではありません。なぜなら長い前置き抜きでは『本格小説』は完成しないからです。 この物語の中心となるのは伝説の億万長者、東太郎。 最初は読み手にとって最も現実的な存在である作者からはじまり、幾人もの語りを経て最終的に物語の中でも遠い存在である人物から語られる、東太郎を取り巻く物語。 私は、一般論として人はそれぞれの経験から自分なりの価値観が生まれ、少なくともそういった意味での色眼鏡で物事を見ていると常々思います。 同じように、東太郎を語る人物にはそれぞれの生まれ育ちがあり、そこで創られた各々の価値観の重なりを経て物語は進みます。 そういった視点で読み進めていくと、様々な角度から時代の流れの激しさ、そこに流されない人間の普遍的な純粋さが読み取れます。 そして、恋愛小説なのに愛を語る言葉もありません。代わりに、人間の利己的な純粋さゆえに出てくる相手への狂おしい程の深い想いは、愛という言葉では伝えきれないほどのもので、痛烈に胸に刺さります。 果たしてこの関係が救いようのない悲恋と言えるのか。よう子と結婚という形で結ばれることのなかった太郎は不幸だったのか。最後まで太郎の名を呼ばず、その存在を黙認する方法でしかよう子への愛を伝えることのできなかった雅之は不幸だったのか。当事者の視点での語りがないので、彼らを取り巻く者の価値観を通してでしか推測はできないのです。しかし、それらの価値観の範疇を超えた所に彼らの関係があったということは明らかです。それゆえ、物語の主な語り手である冨美子が批判的であるのにも関わらず、登場人物に皆が惹きつけられるのでしょう。 核となる話自体は決して長くありません。ですが何度読み返しても新鮮で、その度にこの物語がいかに奥行きのあるものであるかを感じます。 それは、物語を語る人間の背景が細やかに描かれているから。そして物語の最初の方であえてその全貌を明らかにさせたり、前後する時系列、含みを持たせて終わる構造など、小説という概念に対し挑戦的な作者の思惑があらゆる形で見えるからだと思います。 勢いのまま読み切れますが、想像以上に重厚な物語と感じることができるのは、作者の語り手としての凄さによるものだと思うと感嘆するばかりです。
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物語の世界にグイグイ引き込まれた。この醍醐味は本好きには堪らないはず…。
以前、文庫本で読んだのだが、やむなく整理処分。それが最近、水村熱が再発して入手したのだが、リサイクル市場では単行本が文庫本より安く出品しているケースが目立つ。保管場所は文庫サイズを上回るので敬遠されるのだろうか?かく言う私も文庫派なのだが、お気に入りの作家は稀に単行本で所有したくなる。本作品もそんな理由で購入、送料代程度で入手できる幸せにどっぷり浸かっている。
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上等なエンターテイメント小説
面白く三日で上下読み切りました。ただ本家嵐が丘の二代に渡る愛憎の嵐の後に浮かぶより大きなものへの感慨に匹敵するような余韻は残らなかったので、満点からは一つ外しました。 ブロンテ嵐が丘の語り手ネリーにない屈折と存在感を 語り手の冨美子に与えたのはよかったです。彼女は、初代キャサリンに当たるようこより存在感が濃く、語られた物語中では太郎/ようこの主演をサポートする脇役だけれど、作品全体の中では太郎と並ぶ主人公に思えました。 “本格小説の始まる前の長い長い話”は、もたつく感じがあり、後の物語のようには読み進めにくかったのですが、読み終えてみると、こちらのほうがリアリティーを持って浮かんで来ます。物語の人物たちは、全体的にちょっと造形物臭い気が。 文庫版で読んだのですが、挿絵がわりにの写真に図鑑の図みたいにタイトルがついているのも、「本格小説」というひとを食った作品のタイトルと呼応するようで面白かった。一目でわかるものにも“ススキ”とか“洋館”とか表記されてて(^^) 上等のエンターテイメント小説として楽しめたので、著者の作品はまた読むと思います。
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もう一息深めてほしかった
時代背景、小説の構造、舞台設定、すべて本格小説の名にふさわしい精密な組み立てとなっており、細かな描写やエピソードもさすがこの著者と思わせる洞察力と知性を感じられる。 上巻を読み終わった時点では下巻への期待がふくらみ、一気に下巻を読みきった。 …が、後半は見事な道具立てや知性的な洞察力に引き比べ、人物造形が浅く、辛い。 夫公認の三角関係を描きながらも、登場人物を卑しくさせず品格を保つのは難しいが、それに成功した例としては曾野綾子の「この悲しみの世に」がある。こちらの方は、もう一つしかけを作ることでさらに人生の深みまで到達させていっているが、「本格小説」はその領域に達していなかった、としかいいようがない。 よう子の最後の事件についても、客観的に見ればもうかなりいい年の女の振る舞いとしては違和感があり、読む側は一気にさめてしまう。年をとっても童女じみたふるまいが魅力に残る女性は確かにいるが、そういう造形に至っていないのが残念。 また、最後の冬絵の話は言わずもがな。いい年した読者なら、あの時期の描写だけで察することが可能であり「かもしれない」のままの方がはるかに余韻があったと思う。(実際に私はそう推定しながら読んでいたし、洞察力の鋭い源治おじが喝破していた描写すらある。)あそこまできっちりオチをつけなくてはいけないのが昨今の風潮なのだろうか。 ところどころに差し込まれる写真がまた興ざめである。ついつい、これは著者の土地なのだろうか、挿画にちょうどよい場所を探したのだろうか、などと余計な意識が入り込むため、写真が登場するたびに物語から醒めてしまう。要するに話の説得性を高める仕掛けなのだろうが、それが逆に興ざめさせる。文字の世界は文字だけで完結してほしい。 ただ、それ以前に物語に引き込む力、古き昭和の匂い、そして人生の後戻りができないという消失感を持つ小説で、昨今の小説ではめったに見られないほどの力があるのは確か。「醒める」という言葉を使って厳しいレビューになったが、醒めることができるのは基本的には酔わせる力がある小説だから。 人生を考えさせるほどの力はないものの、ほろ酔いの大河ドラマでひととき現実を忘れたい方にはおすすめできる小説である。
関連する文学賞
- 読売文学賞 第54回(2002年) ・受賞