マッカーサーの二千日 改版 (中公文庫 そ 2-3)
『マッカーサーの二千日』は、袖井林二郎が連合国軍最高司令官マッカーサーと日本占領の時代を描いたノンフィクション。占領政策、天皇制、日米関係を、人物像と制度の両面から読み解く。
作品情報
占領期日本を、マッカーサーという人物の二千日から見渡す。
1974年に中央公論社から刊行され、のち中公文庫で改版された。敗戦直後の日本政治と社会にマッカーサーが与えた影響を、歴史研究と読み物としての構成力で描き、大宅壮一ノンフィクション賞を受けた。
書籍情報
- 出版社
- 中央公論新社
- 発売日
- 2004-07-25
- ページ数
- 446ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784122043978
- ISBN-10
- 4122043972
- 価格
- 456 JPY
- カテゴリ
- 本/ノンフィクション/思想・社会/戦争/その他
第6回(1975年) 大宅壮一ノンフィクション賞受賞
レビュー
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期待した通りの本で満足
地元の図書館・蔵書になかったのでAmazonさんから購入しました。安価で且つ綺麗な本を入手でき 何時もながら丁寧な梱包で、早く届き大満足しました。ありがとう・・・
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平和的な日本の生みの親?
太平洋戦争中に生まれ、敗戦直後の米軍による占領時代を小学生として過ごした我々 の世代にとって、ダグラス・マッカーサー最高司令官の存在は、色々の意味で今 日ある我々の人格形成に大きな寄与をしてきたといえる。その意味で、彼による戦 後日本の民主化の在り方、歩み方をもう一度顧みて、その是非を問ってみる一助と して、この本は大変参考になると、私は信じる。1978年出版の英文伝記「General Douglas MacArthur」(American Caesar) by William Manchester はアメリカ人の 目で見たマッカーサー伝であるが、この占領史は、占領時代を成人途上にある日 本人として過ごした著者による観察であり、(既に3人の子供を抱えた)私の両親 の目に写ったマッカーサー観と比較しながら、面白く読ませてもらった。「マッカー サー憲法」とも呼ばれている今日の日本国憲法の作成は、彼の占領政策の中でも、 最高の傑作であるといえる。第9条(戦争放棄)が現在でも問題になっているが、 私の個人的見解では、天皇に関する第1ー8条は時代遅れになっているので、も う破棄して、天皇制を廃止すべきだが、あとは「先見の明」のあるリベラルな内容 であり、そのまま維持するのが賢明であろう。 さて、最近の米国(ブッシュ政権)による泥沼「イラク占領政策」と比較して、マッ カーサーの日本占領政策は抜群に勝れていた(老獪そのものだった!)。昭和天 皇の戦争責任を問わぬ代わりに、象徴化した天皇を巧みに背後で「隠れ蓑」として 使って、敗戦直後の混乱した日本の統治を「無血」で(旧日本軍部の反乱を完全に 抑えながら)成功。いわば「男から武器を取り上げ、女に参政権を与える」近代日 本を見事に築き上げた! 彼は、占領国を丸腰で堂々と歩く、恐れを知らぬ大君だった。 実は、日本の民衆が彼の身を守ってくれると確信していた、敵の将軍だったが実に 「あっぱれな人物」である。。。 1951年の朝鮮動乱の勃発に伴い、マッカーサーの日本占領政策は終了して、日 米平和条約と日米安保条約の締結によって、日本は米国に軍事基地を提供する 「独立国」(実質的には「属国」!)になった。その後、1972年に沖縄の日 本本土への返還を条件に、本土内にある米軍基地をほとんど全部、沖縄に移転さ せた。さて、その基地を日本国外(つまり、米国領土内のグアム島など)へ移転 させ、日本が真に独立できるのは、一体いつの日になるだろうか?
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労作にして歴史的名著
単行本は1974年(昭和49年)と古いが、昭和史入門者、とりわけ占領期を追求する人には欠かせない歴史的名著だろう。 児島襄『東京裁判』、田中隆吉『敗因を衝く』、清瀬一郎『秘録 東京裁判』などと並び、得られるものの大きい基本書籍だ。 「なぜ戦争を防げなかったのか」が主な関心で敗戦後に疎い私には得るところが非常に多かった。 研究者でも専門家でもなんででもない私のような一般人には、このような基本書籍があってこそ、次に調べることもはっきりするというものだ。 多くの文献を当たった著者の推測も、その後出てきた史実でほぼ正しいことが立証されたことだろう。 マッカーサー回想記に多く見られる自己正当化などの欺瞞を容赦なく暴く一方で肯定すべき点は肯定し、「侵略戦争」「戦争責任」と直截的な言葉で著者は日本の軍部や政治体制も批判しており、まず中立的と言える。 マッカーサーはマザコンや英雄願望が強い一方で、熱心なクリスチャンでもあった。 平和と民主の寛容な守護者、敵を全滅させるまで攻撃の手を緩めない好戦的な反共主義者、これは多くの人々に「分裂症的」とまで評されたマッカーサー本人の中では矛盾しないことだった。 解任され日本を離れるその瞬間まで絶対君主として振る舞い、決して素顔を見せなかったマッカーサーの実像とは? 日本の戦前のクリスチャンは20万人であったのに敗戦後は2万人まで激減したが、マッカーサーの指示を忠実に実行しようとした部下のやけくその粉飾で、報告を真に受けたマッカーサーが「今や日本のクリスチャンは2000万名に至った」と演説してしまうというマヌケ・・・というか人のいい一面も本書で垣間見れる。 そしてマッカーサー解任後の朝日新聞の感情的な社説。何回か発行停止を食らったことだけで、この心酔ぶりは説明できない。そうだ、これが一面的な情報だけで情緒的に反応する「騙されやすい」日本人だった。 しかし、私達がその時代に生きていたとしたら、誰が彼らを笑えるというのだろうか? 話はマッカーサー個人に限られず、本書の提起する問題は大きい。 だからこそ、本書のような文庫になって生き残っている基本を押さえた絶好の入門書は、占領期に関心のある方なら一人でも多く人に読んでもらいたい。 知識だけではなく、読んだ人の問題意識までが間違いなく広がる。 占領期は戦後の出発点であり、その枷は現在も生きているのだ。 (2013/5/3追記) 本書には新憲法が押し付けである決定的な証拠の記述がある。 幣原首相は側近村山有に「戦争放棄はわしが言い出したことにしよう・・・」とこぼしている。(おそらく村山『敗戦の頃』収録) GHQの初期政策、日本非武装化・弱体化(GS=民生局は左翼の牙城であっただけでなく、ルーズベルト大統領やその妻、側近の多くも共産思想シンパであったことが後日明らかになる)だけでなく、戦勝国代表らで構成される極東委員会の成立前に新憲法を「日本国民の自由な意志として」発布する必要があった。 おそらくは人間宣言同様に、戦前からずっと軍部の専横に悩まされ続けた昭和天皇の同意もあったのだろう。
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「オレンジプラン」への挑戦
フィリピンを「第二の故郷」とまでいう経歴や、ケソンとのパイプ、トルーマンとの確執、 ある種傲慢ともみえる人となり、といったマッカーサ伝記に留まらない。 対日戦以前のマッカーサのテーマを、米国の対日戦略「オレンジ・プラン」(日本を太平 洋における仮想敵国と位置づけた米国戦略案。日本の南進拡大にあたっては、フィリピン 防衛は困難となるというのがその基調)への挑戦と位置づけている。このプランは日露戦 争に既に検討を開始、米国の戦略構築の周到さに驚かされる。 「占領」をどう評価するかを主テーマにすえた、優れた太平洋戦争入門書となっている。 巻末に文献案内と索引もあり便利である。 鶴見俊輔との関係からか?中韓=被害者、日本=侵略者という基本的トーンはあるも、 それは「あとがき」に伺われる程度で、内容はきわめて抑制の利いた記述である。 東京裁判や山下・本間裁判の理不尽さを冷静に批判している点も信頼がおける。 「占領史」の中の一例としてみた場合、日本でのそれは極めて成功といえる、というのが 著者の評価である。
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現代日本の基礎がこの時期につくられた
2004年改版。初版は1974年。著者新世紀版へのあと書きにあるように、「…日本を占領したマッカーサー元帥とその時代を簡潔にまとめた本が、いまでも日本語ではこれしかない…」というのはいくらかさびしい。なぜなら、現在の日本のありようの多くが、この時期に具体化したからだ。 それは、日本国憲法、自民党につながる政治、財閥解体、農地改革、天皇の人間宣言、自衛隊の前身警察予備隊、公務員のスト権剥奪、共産主義の排除などだ。 これらについて、本書は整理した形でのイメージを与えてくれる。これまで以上に日本人が国際社会と関わっていく新たな時代が始まっているようだが、国際関係に対するはっきりとした見識を持つためには、自分たちの社会の構造を知る必要があり、その意味で本書の示すものは貴重だ。