作品情報
天下人と茶人の交わりが、宿命的な破局へ向かっていく。
野上彌生子が、豊臣秀吉と千利休の関係を緻密な筆致で追った長編。中央公論新社の中公文庫版では、愛憎半ばする交わりの果てに迎える破局を描いた女流文学賞受賞作として紹介されている。2022年の中公文庫版は512ページで刊行されている。
書籍情報
- 出版社
- 中央公論新社
- 発売日
- 2022-01-20
- ページ数
- 512ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.7 x 2.1 x 15.1 cm
- ISBN-13
- 9784122071698
- ISBN-10
- 4122071690
- 価格
- 1320 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
勢威並ぶものなき天下の覇王・秀吉と、自在な境地を閑寂した茶事のなかに現出した美の創造者・利休。愛憎半ばする深い交わりの果てに迎えた宿命的破局――そこにいたる峻烈な人間関係を、綿密重厚な筆で描ききる、絢爛たる巨篇。女流文学賞受賞作。 〈解説〉山崎正和
野上彌生子 小説家。本名ヤエ。大分県生れ。明治女学校卒。英文学者,能楽研究家である夫野上豊一郎〔1883-1950〕とともに夏目漱石に師事し,《ホトトギス》に写生文的な小品を発表。1911年創刊の《青鞜》にも作品を寄稿した。《海神丸》《大石良雄》から長編《真知子》と社会的視野をもつ作品に進み,戦前から戦後にかけて大作《迷路》を完成。ほかに《秀吉と利休》がある。1971年文化勲章。
レビュー
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傑作だと思う 小説を読むしあわせを満喫した
〇 ふだんは早読みの方だが、この作品は一行一行味わいながら読まざるを得なくなったので、読み終えるまでにずいぶん時間がかかった。しかしそればなんと幸せな時間だったことだろう。 〇 これも心理小説というのだろうか、人物のこころの襞に分け入る描写が味わい深い。焦点はおもに利休に当てられるのだが、そればかりではない。脇役(秀吉、妻りき、古渓和尚、三男紀三郎、おちか、宗二)も含めて登場する人物はどれもが複雑なこころをもち、矛盾する心理をうちに蔵している。こうしてできあがるのは陰影ある味わい深い人物の群像である。 〇 すべてを権力誇示の道具とせずにおかない秀吉と、秀吉に仕えながらも茶の道ではその師匠であって決して精神までは売り渡していないつもりの利休とは、どこかで衝突する可能性を秘めていた。考えてみればこの構図は普遍的なものである。たとえば、絶大な権力を握るワンマン経営者と、それに服従しながらも内心ではその品性のなさを軽侮している部下。そんな連想も許すから、時代小説でありながらとても現代的なところがあると感じる。 〇 それに加えて、この文章はどうだろう。奇を衒うところのないじつに正統的な文章で、繊細で微妙な色合いを見事に表現するから、微妙な心理の動きや、季節の移ろいや、人物の姿かたちなどを、実に見事にしかも優雅に描き分ける。わたしはこの文章にすっかり感服して、もう早くは読み進められなくなった。悠々たる筆の運び、全篇の堂々たる構え。まもなく80歳に手が届こうという人がこの作品を書いたとはなかなか信じられない。このようにいくら賛辞を書き連ねても尽きないのだ。もう完全に参ってしまった。
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名作です。
予想した以上に緻密な書きぶりで文句なしに名作だと思いました。
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野上彌生子の美しい文章で、千利休の生と死について考えてみる
「秀吉と利休」との題ではあるが、秀吉よりも、利休の晩年を繊細なタッチで描いた物語である。初出は1962〜1963年にかけて、雑誌「中央公論」に掲載され、1964年に単行本として出版された、今から約60年前に書かれた小説となる。作家の野上彌生子は1885年、すなわち明治18年生まれで、文化勲章まで受章した明治の女流作家の代表格であり、この作品は70歳代後半に書かれたもので、物語の作り方は「老練な」という形容に相応しい。 あらすじを書いてみると、物語の始まりの時期は、小田原征伐を前に、一番弟子であり、秀吉から所払いされた山上宗二が、小田原にいることを、利休が知ることから始まる。そして、大徳寺三門の改修にあわせて、親しい古渓和尚から、改修の寄進をした利休の木像を作ることが提案され、利休はこれを了承する。その古渓和尚は、秀吉の勘気により、九州博多に配流され、それにより利休と三成との対立があらわになる(秀吉の弟、秀長の尽力により、古渓は一年で呼び戻される)。利休の最大の庇護者である、秀長の病気がいよいよ重くなる。小田原征伐が片付けば「唐御陣」であると、みなが噂している。そして、いよいよ小田原討伐が正式に決まり、その頃、利休木像は完成する。 物語は後半になって、利休にとって暗いものになってゆく。山上宗二は、小田原の包囲網から抜け出してきて、利休に再会するが、秀吉に拝謁した際に、秀吉の勘気に触れて、無残な殺され方をする。そして、豊臣秀長が亡くなり、利休は最大の庇護者を失う。奉行の石田三成は、利休の唐御陣に対する批判や、大徳寺三門に利休の木像を据え付けた不遜を、秀吉に讒言する。利休は、秀吉に命じられ、堺に蟄居するが、北政所や前田利家からの「秀吉に謝ったらどうか」という示唆に応えずに、秀吉から直接何かを言ってくるのを待っていて、秀吉から自死を命じられる。 以上があらすじであるが、ここで、私なりの、戦国時代、安土桃山時代を舞台にした歴史小説の魅力について、感じていることを書いておきたい。この時代の歴史小説の中心テーマが、戦争や権力闘争となるのは当然のことであるが、しかし、この時代を魅力的にしているのは、イタリアのルネサンス期と同様に、文化的な魅力がきわめて高いからであり(この点は、もう一つの歴史小説でよく描かれている時代、明治維新期とは全く異なる)、最近、こうした文化的側面に光を宛てた歴史小説に優れたものが多いように思っている。 文化的な魅力の一つは、この時代に、大きな城郭が建設され、その建築の過程が魅力的なテーマになっていることである。山本兼一「火天の城」(文春文庫)は、安土城建築のプロジェクトを見事に描いた作品だ。そして、城郭建築には、内装として、豪奢で迫力ある絵画が要求され、創造性溢れた絵師が活躍することになった。同じく山本兼一の作品で、狩野永徳を描いた「花鳥の夢」(文春文庫)や、直木賞受賞作の、長谷川等伯を描いた安部龍太郎「等伯」(文春文庫)は、絵師を描いた歴史小説の双璧と言えよう。 しかし、この時代の文化で、後々の時代、現在に生きる私たちにも最も影響を与えたのは、茶である。私がそのことに気づいたのは、井上靖「本覚坊遺文」(講談社文芸文庫)を読んでからであり、それから、この茶をめぐる歴史小説を、何冊も読んできた。これも直木賞受賞作の山本兼一「利休をたずねよ」(PHP文芸文庫)、伊東潤「天下人の茶」(文春文庫)、葉室麟「孤篷のひと」(角川文庫)が、優れた作品として印象に残っている。勿論、古田織部を主人公に描いた漫画、山田芳裕「へうげもの」も忘れてはならない。 その茶を描いた物語のなかで、千利休と豊臣秀吉との関係は、もっとも、多くのことを考えさせられる。まず、第一に、権力と権威の対立と、その勝者についてである。この野上の小説のなかにも、両者の対比を描いた、美しい文章がある。「むしろ、日本を一手に掴もうとしてもがいているあわれな賭博師にくらべれば、金屏風で外界を隔絶してそのささやかな空間に、彼のみがつくりだせる調和と、秩序の、ゆるぎない小宇宙をうち建てている意味から、神的な超越者であった」。確かに、秀吉は利休を自死させた。しかし、長い歴史を見たときに、権力は権威に勝っているのだろうか。 第二に、パトロンと芸術家という関係についてである。利休がいかにすぐれた才能があったにせよ、その美的な感性を実現するには、秀吉からの信用と財政支援がなければならなかった。しかし、秀吉というパトロンに、確かな目利きができなければ、利休の才能は見いだせなかったはずだ。利休と秀吉の出会いは、稀有なパトロンと芸術家の関係なのである。 第三に、利休は、なぜ秀吉に謝り、生き続けなかったのか、死に至ったのか、その心理が極めて謎めいている。利休には、まだまだ芸術的な野心があったはずだ。野上の小説のなかでも、堺に蟄居してから、新しくできる伏見城の造作に工夫を凝らしたい、という利休の思いを描いている。そうであれば、どうして、利休は、秀吉に低姿勢に出て、謝らなかったのか、なぜ死を自ら選ぶような形になったのか。この利休の死に至る際の心理は、作家が想像力を働かせることでしか描けないし、その描き方によって、作家の力量や想像力の深みがわかってしまうものである。野上は、ボタンのかけ違いのような描き方をしているが、真実に近いような気もする。 さて、野上の物語の作り方は老練であると書いたが、これは、ストーリーの展開や、登場人物や複雑な人間関係の描写が、実に流れるようで、上手であると思うからである。そして、もう一つ、特筆すべきことは、野上の文章が非常に繊細かつ詩的で、描写が細かく美しく、まるで北原白秋の「邪宗門秘曲」を読んでいる感じがしたということである(白秋の詩を引用すると、「われは思ふ、末世の邪宗、切支丹でうすの魔法。/黒船の加比丹を、紅毛の不可思議国を、/色赤きびいどろを、匂鋭きあんじやべいいる、/南蛮の桟留縞を、はた、阿刺吉、珍酡の酒を。」であるが、利休の生まれ育った堺も、とてもエキゾチックな町である)。野上の書いたような文章を書ける作家は、現代日本には、もはやいないのではないだろうか。60年前の文章であるから、文意が取りにくいところがあるのも事実だが、このような美しい文章を読んでいると、文章のなかに浸り切ってしまうし、日本語の表現の可能性の広がりを、改めて感じてしまうのである。 そして、利休と山上宗二が小田原で再会し、美意識がいかに変遷していくかを語り合うシーンでは、人生で行き着く「悟り」のようなものを感じ、そのような悟りを得られれば、死というものは軽く感じられるようにも思うし、利休が蟄居した堺で、一休和尚の死に様を振り返るシーンでは、「悟りを得られても、まだまだ生きたい」という思いが描かれていて、これもまた人間の真理を見るような気がするのである。このほかにも、この野上の小説を読むことで、多くの感情や感慨が生まれた。そのような懐深い小説なのである。評価は「最優秀の作品」の☆5つとした。これは私の書いた36番目のレビューである。2022年2月27日読了。
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