都市の詩学: 場所の記憶と徴候
都市をめぐる詩、小説、写真、建築、映画などを横断し、都市が生み出す想像力と記憶の構造を論じる表象文化論の著作。場所の記憶と徴候を読み解く批評として評価された。
作品情報
都市を、記憶とイメージが交差する詩学として読み解く。
都市を単なる空間ではなく、記憶、神話、科学、景観、遊戯の規則が重なる表象の場として捉える。多様なテクストとイメージを通じて、都市に宿る無意識と想像力の経験を掘り下げる大部の評論。
レビュー要約
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文化理論に関心のある読者から、扱う範囲の広さと密度が評価されている。読むには集中を要するが、複数メディアを横断して都市の記憶へ迫る点が強みである。
書籍情報
- 出版社
- 東京大学出版会
- 発売日
- 2007-11-26
- ページ数
- 478ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784130101066
- ISBN-10
- 4130101064
- 価格
- 2756 JPY
- カテゴリ
- 本/人文・思想/哲学・思想/哲学
過去の記憶と未来の徴候とが揺曳している場所としての都市。都市こそが可能にしてきた想像力の経験の根拠を問う都市表象分析。都市論、建築論、神話、詩、小説等のテクストや絵画、写真、映画のイメージを対象に、表象文化論の一つの結実を提示する。
田中 純(たなか じゅん) 東京大学大学院総合文化研究科准教授。専攻は表象文化論。1960年2月27日宮城県仙台市生まれ。1985年東京大学教養学部卒業。国際交流基金勤務を経て、1991年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。東京大学教養学部助手などを経て、現職。2001年東京大学より博士(学術)の学位取得。本書以外の著書として、『残像のなかの建築』(未來社、1995)、『都市表象分析I』(INAX出版、2000)、『ミース・ファン・デル・ローエの戦場』(彰国社、2000)、『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(青土社、2001、サントリー学芸賞)、『死者たちの都市へ』(青土社、2004)など。
レビュー
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すごい密度
ベンヤミンのパサージュ論を一つの軸とし、 都市をモチーフにしたさまざまな芸術作品を読み解くことで、 現代人が都市に対して抱いているイメージを明らかにしようという意図の下に書かれた本です。 美学の観点が中心ですが、文化人類学や精神分析、認知心理学などへの言及もあり、 ただの美術批評を越えて現代人の一つの精神的風土を記述しようとする意欲が感じられました。 明らかにしようとする対象が一種の共同幻想のようなものなので、正解というものはなく、 それぞれの論に共感する部分を見いだせるかどうかということが大切だと思いますが、 その点では一つの一つの作品を捉える様々な分野の学問の視点が、類比的にではありますが明晰にまとめられていて、説得力のある内容にしあがっていました。 この辺りは東大総合文化研究科の面目躍如、といった感じです。 多くの気づきを与えてくれる非常に密度の濃い本です。
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目次
都市の伝記 メタ世界としての都市 忘却の詩学、類推の書法 青天白日覓亡市 光・闇・黄昏 自然の無関心 チマタのエロティシズム 神話と科学 ◆生者と死者のトポロジー アハスウェルスの顔 ◆時のかたちの形態学 装飾という群衆 神経系イメージ学へ 都市のアニミズム 遊戯の規則 犬の街 狩人たちの物語 都市という驚異の部屋 景観の論理 ◆無縁の根源 方法の生態学(ベンヤミン論) 郷愁と予感 都市の詩学(萩原朔太郎論) 註 跋 年表 書誌 索引
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街場の映画論
とっ…言ってしまうには断片的過ぎるしモッタイナイ高級な講義を連想させて しまう出来栄えでありまして一章一章、趣を変えてある意味講義をしています。 中井久夫やロランバルトや中沢新一や朔太郎とベンヤミン、セイゴウ… と錚々たる顔ぶれが章ごとに現われてはイメージを喚起して頂けます。 類書を読めば読めほどに筆者の術中にハマり迷宮の中に迷い込んだかのよう。 全然、本作を掴めてませんが、かなり野心的な作品であることは分かります。 ネオテニーなどへの言及もあり先見の明がある一作です。話は逸れますが 山PのNetflix映画『恋に落ちた家』が、制作中止になり残念です…。 案外にブラタモリしながら散歩するのが一般人にとっての本書への近道なのかも。
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