作品情報
高丘親王の旅は、史実を離れて夢と異界の海へ漕ぎ出す。
晩年の澁澤龍彦が、唐へ渡った高丘親王の伝説を幻想文学として再構成した長編小説です。南海の異国、奇怪な生物、仏教的想像力が連なり、歴史と夢の境界を漂う航海譚になっています。
書籍情報
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 1987-10-01
- ページ数
- 234ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784163098401
- ISBN-10
- 4163098402
- 価格
- 2350 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
幼児からエクゾティシズムの徒であった親王は、占城、真臘、魔海を経て一路天竺へ。怪奇と幻想の世界を描ききった読売文学賞受賞作
レビュー
-
不思議な夢、見た事もない世界を味わってください。
澁澤龍彦氏の遺作となった長編小説です。長編と言っても約250ページくらいの小説です。澁澤氏は下咽頭癌で亡くなられたのですが、この小説の主人公高丘親王が小説の後半で真珠を飲み込んだ事から、喉の痛みを発症する場面があります。澁澤氏本人を主人公に重ね合わせて書かれたのかもしれません。とても不思議で余韻の残る素晴らしい小説だと思います。
-
高岳親王航海記
憧れの地天竺を目指すも容易に辿り着けず挫折しそうな高丘天皇、旅に病んで考えたことは。マレーシアから天竺へ渡りをする習慣を持つベンガルトラの存在を知る。虎に食われることで、自分の魂がトラに運ばれて天竺へ行けると言う考えに想いを致し、目標を虎に食われることに変えた。
-
なんかいい。それでいい。
"親王がはじめて天竺ということばを耳にして、総身のしびれるような陶酔を味わったのは、まだほんの七つか八つのころだった"1987年発表の本書は仏法を求めて老齢で入唐した高丘親王を描いた著者の遺作、怪奇と幻想に満ちた一冊。 個人的には読書会ですすめられて手にとりました。 さて、そんな本書は空海の十大弟子のひとりで、仏法を求めて老齢で入唐し、さらに天竺を目指して旅立ったのち消息を絶った『高丘親王』の史実をベースに【日本から天竺に至る七つの夢幻譚】鳥の下半身をした女、良い夢を食すると芳香を放つ糞をたれる獏、塔ほど高い蟻塚、蜜人、犬頭人の国など【怪奇と幻想の世界遍歴】が魅力たっぷりに描かれているのですが。 著者というといわゆる『悪徳の栄え事件』の被告人(サド裁判)や、沼正三のSM小説『家畜人ヤプー』を高く評価したりといった出来事やエッセイは知っていましたが、本書は未読だったので、航海記のようでいて【実際はその過半数が夢】という不思議な読み心地に驚きました。 また、何とも言葉にしづらくも、表層的なテキスト、物語の裏側から感じられる『普遍的な人生譚』は【感じるままに共感してしまう】わけで、とりあえず読んでくれ!と言いたくなります。 著者ファンはもちろん、30後半以降の方々にオススメ。
-
大好き
状態は良かった。帯がない
-
そこはかとなくずっと面白い
幻想的でエロチック、どこか飄々としてメタな感じもあり、まさしく澁澤龍彦ならではの独特の肌触りのある作品。どこがそうということではなく、最初から最後までそこはかとなくずっと面白い感じ。
-
幻想、魅惑、蠱惑、そのどれも。
仏文学、評論の泰斗である澁澤龍彦の遺作長編小説。 第51代平城天皇の第二皇子であり第52代嵯峨天皇の皇太子でもあった高丘親王。 甥にはあの有名な在原業平もいる彼が、父帝の寵姫であった薬子が起こした政変で、その皇太子の地位を廃されてしまう。その後彼は出家し真如と名乗り、空海について修行をした結果、十大弟子の一人に迄なった。 三島由紀夫の小説「金閣寺」の舞台の一つ、舞鶴市にある重文の三重塔で有名な金剛院は親王が開祖。 その後、求法のため唐土に渡り、彼の地では武帝の廃仏(第三代天台座主円仁も遭遇)が吹き荒れていたため、さらなる仏道を求め天竺を目指したが、途中マレー半島で消息を絶つ。 だがここに至るまでの薬子とのやり取りや、そこから先の渡航の筆致が、幻想文学の泰斗でもあったまさに澁澤が澁澤たる所以。 魅惑的な、そして蠱惑的な冒険譚。
-
故事を元にした、たいへん魅力的(蠱惑的)な幻想小説
実在した歴史上の人物である高岳親王は、本来なら天皇になれたはずの廃太子である。ある政治闘争の余波で出家させられ、後に空海の十大弟子の一人に数えられた。晩年に天竺へ向かって旅立ち、その途上で行方知れずとなる。ここまでが、歴史的事実である。 本作品は、歴史には詳細が残っていないその旅がどんなものであったかを、作者が想像を働かせて幻想的に描いたものである。 たいへん魅力的な小説で、その蠱惑的とも言える不思議で独特なこの雰囲気を私は上手く表現する言葉を持っていない。強いて言うなら、本作と相性の良くない読者も当然いるだろうが、ハマる人はすごくハマるだろうということだ。
-
循環同心円構造で描かれた夢の集大成
澁澤氏が先に執筆したエッセイ中の思索を、薬子の乱を主因として天竺を目指す事になった高丘親王一行の幻想的航海記に託して描いた集大成的物語。最低限の史実を除き、リアリズムは排し、奇想と非論理(無意味)から生じる笑いを主題としているようである。 一番感じるのは、「私のプリニウス」、「胡桃の中の世界」の影響である。薬子の"卵"生願望、高丘親王の重層"円"的思考法、人語を操る動物を初めとする珍奇な動植物、アンチボデスの概念(プリニウスは裏側の人間は何故落ちないのか疑問を呈している)、球・円形オブジェへの拘り、種々の蛮族、「鳥=女神」論、全てエッセイ中で語られている。また、一行中の円覚を「日本人離れしたエンサイクロペディックな学識」を持つと評しているが、これは作者の自評だろう。大蟻食いのエピソードが示す、真と偽に代表される弁証法的二元論も澁澤ファンには御馴染み。この物語の時制を整理すると次のようだろう。 (1) 薬子、空海が登場する、高丘親王の幼年・青年時代(過去) (2) 旅行中の現在 (3) (2)の中で見る夢の世界 (4) マルコ・ポーロ等の名が出る未来 (3)の中に(1)が現われ、(1)で(2)を予見し、(2)で(4)を予言すると言う、まさに玉葱の皮状態の循環同心円構造。秋丸・春丸、ジュゴンの転生にも輪廻思想が現われている。鏡の写像で生死を気にする姿は、"洞窟の影"の暗喩か。本作全体が高丘親王の"影(夢)"のようである。結末もファンタジックで集大成(遺作)に相応しい内容と言えよう。
関連する文学賞
- 読売文学賞 第39回(1987年) ・受賞