作品情報
過去帳から父の生を追う青年の歩みが、静かな切実さを帯びて広がります。
表題作を含む三篇を収めた小説集です。父の死後に残された記録を起点に、青年が家族の時間へ近づいていく過程を描き、個人の記憶と世代の隔たりをやわらかな筆致で浮かび上がらせます。
書籍情報
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 1992-04-01
- ページ数
- 233ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 19.4 x 12.8 x 2 cm
- ISBN-13
- 9784163130101
- ISBN-10
- 4163130101
- 価格
- 1282 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
第20回(1992年) 泉鏡花文学賞受賞
レビュー
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何度も繰り返し読みたい本
迅速で丁寧な発送ありがとうございます。良い本でした。文章が繊細で丁寧、美しいと思いました。
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ありがたいです
鷺沢さんの本を再読しようと思って探して見当たらなかったので購入。配送料はかかりますけど古本を買ったと思えばさしたる値段でもないですし、手入れが行き届いていて到着段階では非常に綺麗な状態でした。 この本、今は出版社でも在庫なし、重版予定なしとなってますから入手できて嬉しいです。
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悲しさと切実さを伴う物語
「銀河の町」では、取り残された町にある飲み屋の小雪に集まる人々の今と昔の物語を描く。 「駆ける少年」では、亡くなった父の痕跡を辿る内に寄るはずもない場所に行くこととなる。 どちらも悲しさと切実さを伴う。 そして、決して答えがない問題を内包している。 曖昧だからこそ人は何事もなかったかのように生きることができるのかもしれない。 曖昧さがなくなり、すべてが明るみに出てしまうと、そこは逃げ場のない脅威の場所になってしまうのではないだろうか。 もし、同じ立場であったならば、自分はどうするのだろうか…。 そんな答えのない問いかけをしてしまう。
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影
鷺沢さんの本はどれも好きですが、これは年に何回か読み返すくらい大好きな本です。3作とも味わい深いんですよね。ちょっと物悲しいというか、しんみりするというか。光と影で言えば影の側の話。明るい方ばかり見てないで影の部分を見つめる事も時には大事だと思います。
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親子はどこまで行っても親子♪
複雑な人間関係の中で育った父。父の過去が見えてきたとき、龍之は父の寂しさを知る。父は寂しさを癒やそうとして走り続けたのか?心の隙間を埋めようとして、出来る限りのことをまわりの人間にしていたのか?父の気持ちが分かったとき、龍之は初めて父と心がつながったように感じたのではないだろうか。親子はどこまで行っても親子。心の絆は決して切れることはないのだと思う。
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なぜ少年は駆けるのか
「駆ける少年」所収の作品群は、彼女自身の問題と向き合って結晶したものなのか。「あとがき」には、鷺沢は父の使っていたペンネームだと告白している。「駆ける少年」で出てくる公木という姓も父のもう一つのペンネームだという。 父へのこだわり、出生の秘密への探求という自身の関心事が本作品群創作のモチベーションになっていると思える。 三作品とも場所も人物も全く違う設定で、やるせない状況が描かれているが、必ず気のおけない友人たちが登場する。この友人たちに主人公が囲まれて心のつっかえ棒としていることが鷺沢文学の大きな特徴かもしれない。 また、難解さを恐れない幻想的な描写が「駆ける少年」冒頭に配置されているが、それは、大空や草原を軽快に駆ける少年を想像して読み始めた読者の誤解を解くために前もってお断りしているような衝撃的なシーンだ。作者自身の心理状態でもあるのでは? と読み手まであらぬ方面へシンクロして心配してしまう描写である。 その少年は、浮き板が沈まぬ前に次々と乗り移らねばならない強迫的な状況に追い込まれて駆けているのである。この夢、作者自身の夢と見た!
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息子にとって父を知るということの意味を問う作品
十年来、鷺沢萠のエッセイのファンでしたが、小説となると映画化された「大統領のクリスマス・ツリー」程度しか読んだことがありませんでした。今回改めて本書を手にしましたが、この短編集に収録された表題作はとても心に染み入る、読み応えのある作品でした。 発表されたのは89年のことで、当時読んでいたらまた違う感慨を持ったかもしれませんが、社会人としてある程度の年月を過ごした今だからこそ、父親の人生について息子としてもっと知ってみたいというこの主人公の心が私にはとてもよくわかるのです。小説の中の世界に自分の気持ちがすっと入っていけました。 恵まれない家庭環境の中で孤独感にさいなまれていた父が、だからこそ「できる限りのことをまわりの人間にして」やろうと行動していたことを知り、息子の龍之は失った父の大きさを改めて感じます。一人の名もなき人間が生まれ、生き、そして逝く。そのわずかな時間の中で、何かを遂げようと努めていた父の中にあった孤独。それを誰にも気取られぬまま逝った父。 小説の終わりで、龍之が今また父の背を追うかのように町の人ごみの中に紛れて行く場面の描写は秀逸です。 こうした味わい深い短編を読むというのはささやかな喜びです。誰かにこの喜びを知らせたくなる小説だとも言えます。 そしてその喜びを作者の生前に知ることが出来なかったことを悔やむ思いが今の私の心にはあります。
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駅で、ぼーぼー泣きました。
タイトルどおりです。いや、おはずかしい。 通学の車中で読んでいたのですが、引き込まれてしまって、 駅のホームで一気に読んでしまいました。 それだけ力のある短編集です。 (講義はブッチ・・・。それより重要な事が書かれている書なのです) 中でも、表題作の『駆ける少年』は鷺沢萠氏の代表作だと思います。 主人公が、亡父の足跡を辿り、自分と亡父の人生を重ね合わせ、 亡父に疑問を抱いていたことへの答え(≒アイデンティティー)を模索していく内容。 ミステリー仕立の構成で、これが絶妙。 グイグイ物語に引き込む要素のひとつになっています。 本作は、作者の私小説的要素が高く、 鷺沢萠氏の父親を模索する様な内容になっています。 他にも、『帰れぬ人々』がその類で、<!BR>そちらもあわせて読むと、より作品の彫が深く感じられると思います。 個人的には、狂気に満ちた『痩せた背中』にもドップリ魅せられました。
関連する文学賞
- 泉鏡花文学賞 第20回(1992年) ・受賞